新しい技術は必要から生まれる。電子書籍に「ビジョン」を。
iPadやiPhone で利用されるiOSのアプリ開発を専門に行っている株式会社フィードテイラー。2011年にPDF管理と高速閲覧に特化した電子書籍リーダー「Book+ 」をリリースし、ユーザーから「読みやすさ」「管理のしやすさ」で好評を博しています。同社代表取締役の大石裕一さんに、起業のきっかけや、Book+開発の経緯、電子書籍の未来などについて伺いました。
いかに会社が「とがる」かを、いつも考えている
――まず、フィードテイラーの事業概要や、近況をお聞かせいただけますか?
大石裕一氏: iOSのアプリ開発事業を始めて、ちょうど4年半になります。現在も変わらずアプリ開発を主軸にさせていただいておりますが、2、3年前くらいから少し状況が変わってきています。App Storeを介した、「BtoC」と呼ばれる消費者向けのアプリ開発がある一方で、企業向けのアプリ開発の話が非常に多くなってきていまして、お問い合わせの半数は業務用アプリの開発に関することになっています。特に2012年に入ってからは、エンタープライズiOSに特化するという方針を強化させていただいています。エンタープライズiOSに限定した会社はあまりないんですが、あえてもっと「とがろう」ということで、エンタープライズでやっていくという姿勢で事業展開をしています。
――いわゆる「BtoB」の事業を本格化するきっかけがあったのでしょうか?
大石裕一氏: 私がどちらかというと、エンタープライズの要件に触れる方が好きだというのが理由の一つだと思います。App Storeを介したユーザーはたくさんいらっしゃるんですけど、ちょっと遠い感覚があります。企業の業務を理解した上でアプリケーションの開発をさせていただくというSIer的な動きをiOSという分野でさせていただいているのは、どのような企業向けソリューションが求められているのかという発見と、新たなサービス提供が、やっていて面白いからかもしれません。あとは、競合が少ないんですよね。いかに、「とがる」かということを考えているという感じもありますね。App Storeを介してご提供するアプリケーションは、おそらく一般消費者さんのiPadやiPhoneにおける問題解決をご提案しているということだと思うんです。その一方で、iPad、iPhoneといったiOSの向こうに企業さんがたくさん見えてきましたので、そちらの問題解決っていうのをもっともっとやっていきたいなという思いが最近は強いですね。
エンジニアが開発に集中できる環境を作り出す
――大石さんは社長業をされながら、技術者でもあるわけですが、普段はどのようにお仕事をされているのでしょうか?
大石裕一氏: ちょっと変わっていまして、この場所は、ミーティングルーム兼、倉庫兼、受付なんですが、ほかにもう一部屋借りていまして、そちらが開発室で、エンジニア5人と一緒に仕事をしているという感じなんです。
――エンジニアにとっての、職場環境の良さを重視されているとお聞きしましたが、どのような工夫があるのでしょうか?

大石裕一氏: 私が元エンジニアというのもあるんですけれども、「自分が勤めたいと思えるような職場を作ろう」という考えです。開発室を完全に分離して、開発以外の仕事が入らないような仕組みにしています。私はもちろん対外的に話をしたり、電話したり、メールしたりするんですけれども、エンジニアは電話禁止で、会社の電話は支給していないんですよ。メールアドレスも用意はしているんですけど、対外的にメールのやり取りというのは一切禁止しているんです。社内に閉じこもって朝の9時から18時まで、ひたすら開発ができるようにという体制を整えているんですね。固定電話も引いているんですが鳴らなくて、お電話を掛けていただいても「開発効率を上げるために取りません」という留守番電話のメッセージが流れて、私の電話に掛けてくださいと言うようになっています。外からのメールも基本的にはなくて、私をゲートウェイとして通していただいています。そして、エンジニアがそれぞれの案件で何をすべきかのタスク管理表が社内のサーバーにありまして、それを見ながらひたすら1日ずっとキーボードを打ち続けるという体制を築いているんです。一度開発が始まると、われわれは「ゾーンに入る」と言ったりしますけれども、極度の集中状態に入ります。その状態を長く保たせて、目下の作業に集中できるようにしています。
――エンジニアにとっては、開発に集中できるというのはありがたいことでしょうね。社内の評判はどうでしょうか?
大石裕一氏: エンジニアも評価はしてくれていると思いますね。「転職しても、これ以上の環境はないんちゃうか」とボソッと言ったりしています。
試用期間なし、副業OK、そのねらいとは
――労働条件についても、残業や休暇制度などの工夫をされているそうですが、詳しくお聞かせください。
大石裕一氏: 例えば、結婚記念日と家族の誕生日は必ず休むということを制度として定めています。有給休暇も通常は入社して半年間とか、1年間使えないとかあるんですけれども、入社翌日から取れます。試用期間がないんです。
――試用期間なしという制度にはどのような意図があるのでしょうか?
大石裕一氏: 試用期間とは、結局リスクヘッジで、その人と共にやっていくんだという決意が甘いので設けているんです。人の人生を動かすのが雇用ということなので、覚悟を持って採用しなさいよという自分への戒めも込めて、試用期間は設けていません。
――社員を募集、採用する時には、どのような方法を取っていますか?
大石裕一氏: 求人は出していないんですよ。人づてに、働きたいっていう人たちが集まっているような感じです。これが一番大事なところかもしれないですね。エンジニアの中に、個人のプレーヤーとしても有名な人間がおりまして、そういった人が、会社と違ったところで個人としての発信もしますので、「何々さんが行っている会社オモロそうやな」みたいな感じで受け取られるんですよね。
――会社の中で行われたことは、外部にかん口令を敷くという企業が多いと思いますが、個人の発言を自由にしているのはなぜでしょうか?

大石裕一氏: 信頼しているからこそ、というのはあるんですけれど、個人の発信が会社のブランディングにもつながります。もちろん最低限秘密保持はしてもらいますが、それ以外は会社と個人を分け隔てることにあまり意味はないかなということで、そのようにさせてもらっています。また、副業もやってもらってOKです。自分で会社をやって、代表取締役もやっている人間もおります。個人事業主として、App Storeの売り上げ次第ではうちから出している給料よりも多い額になる月もあるという人間もおります。社内でアイデア会議をやっているんですが、「こんなアプリが欲しいね」といったアイデアを出した人間には、アマゾンギフト券500円が進呈されるんですが、「これだったら個人でやったら」みたいなことも普通に言うんですよ。ただ、個人事業主ではやっぱり上場会社を相手にするのはなかなか難しいですし、業務用システム開発みたいな面白いこともなかなかできないだろうということで、会社でないとできないことは会社でやろうといった感じです。
――エンジニアの皆さんもまさに個性派集団といった感じでしょうか?
大石裕一氏: ちょっと変わっていると思いますね。その分経営者はしんどいですけど。とがった人間たちの集合体なので、扱いには困ることもままあります。
ブラック企業への反発、「自分で会社を作るしかない」
――職場環境や制度についてお伺いしましたが、そのような会社作りをしようと思ったきっかけがあったのでしょうか?
大石裕一氏: 私はジョブホッパーと呼ばれるような、転職族なんです。自分の会社が7社目で、社会人7年目にして創業しているので、年1回ペースで転職をしていたんですね。エンジニアにとって本当に働きやすい環境というのをずっと考えて、経営者とけんか別れしてきたこともあって、じゃあ自分で作るしかないんじゃないかというのがきっかけです。自分の考えるエンジニアのための会社が成り立つのかっていう社会実験という面もありました。最近はエンジニアにとってという考えだけではなく、対象を広めに取っているんですけど、いまのご時世における理想的な就労環境っていうのはどういうものかっていう、ライフワークバランスの理想郷を追求するという観点で、自分の会社をとらえているところはありますね。自分が昔疑問に思っていたことを、無くすようにやっている感じです。
――エンジニアにとって最も働きにくいのは、どのような会社でしょうか?
大石裕一氏: 単純に「ブラック」であるのは良くないですよね。私もいたことがありますけど、労働力を搾取される環境っていうのはやっぱり良くないと思っています。例えば、裁量労働制という名目でありながら、始業時間は9時って決まっていたりというおかしなことが平気でまかり通っています。そもそも裁量労働制なので時間が決まっていること自体がおかしいんですけど、6時以降の労働については一切残業代が出ない。それで「なぜですか」と聞くと、「裁量労働制なので」と言う。弊社では、そもそも残業させるのも良くなかろうということで、残業禁止、定時はきちんと守りましょうという制度にしています。雇用契約は、あくまで彼らのプライベートな時間を使って、会社がやろうとしている価値提供に力を貸してくれっていう契約なので、それ以外の時間で口出しする権利は経営者としてはないはずという考え方なんですよね。そういう考え方でない就労環境は全部良くないと思いますね。
大学を首席卒業。大学院推薦を辞退した理由
――大石さんの、エンジニアに至るまでの経緯について伺います。プログラミングとの出会いは、いつごろだったんですか?
大石裕一氏: 多分10歳になるくらいの時だったと思いますが、当時MSXというのがありまして、それをいじくり始めたのが最初だったと思います。うちの父親が買ってきたというそれだけの理由なのですが、プログラミングの本もあったので、入力して遊ぶというところから始まりました。深入りはしていなかったですけど、こういう世界があるんだっていうのには小学校の時から触れたという感じですね。
――そこから、プロとしてプログラミングを行うまでには、どのような経緯があったのでしょうか?
大石裕一氏: プログラムをちょっと知っています、という程度で、小学校、中学校、高校、大学と来て、形になったのはサラリーマンになって、製品の開発に携わった時からですね。いまの優秀な人たちはフリーウェアを作ってネットで公開するとか、いまでしたらiPhoneのアプリを作って公開するとかそういうことをされると思うんですけれども、そういうことはやっていなかったです。
――学生時代はどのような勉強をされていたのですか?
大石裕一氏: 大学は数学と物理を専門にする学部がありまして、そこで数学、特に統計学を専攻していたんですけれども、あんまり優秀ではなかったですね。とりあえず成績は取るようにテスト対策というのをやっていたくらいで。あんまり何も残していないですね、そういう意味では。
――かなりご謙遜されていますが、大学は首席で卒業されて、大学院の推薦枠を獲得されているんですよね。
大石裕一氏: 学年で5人推薦枠をもらえて、面接だけで大学院に行けるっていう状態だったんですけれども、「もういいです」という感じでお断りしたんです。ほかの人間も、5人中2人ぐらいは辞退していたと思いますね。
――大学院の推薦を辞退したというのは、どういうお考えからだったのでしょうか?
大石裕一氏: 大学院に行って勉強をするぐらいだったら、社会人経験を積んで生き残るための能力やスキルや経験を蓄積した方がいいのではないか、ということを漠然と思っていたんだと思います。多分統計学がそんなに面白くなかったんだと思いますね、そもそも。
自炊したPDFを読むため、理想のアプリを開発
―― Book+を開発されたのはどのようなきっかけだったのですか?
大石裕一氏: いわゆる「自炊」というのを好きでやっていたんですよ。『日経ビジネス』とか『日経トレンディ』とかの雑誌を裁断してはPDFにして、iPadで読んでいて、著名なアプリを色々使わせていただいたんですけれども、「ちょっと違うな」というもんもんとした思いがあったんです。それで、せっかく自分の会社がiPhone、iPadのアプリ開発しているのだから、作ってみるかということで社内で開発のプロジェクトをスタートさせたんですね。
――既存のアプリへの不満というのはどんな部分に対してでしたか?
大石裕一氏: 一つはファイルの管理ですね。通常、WindowsでもMacでも、ファイルシステムという概念で、ツリー構造でファイルを管理しているにもかかわらず、PDFをiPadで読もうとなった途端に「本棚」モデルなんですね。確かに本なのでメタファーとして本棚という入れ物があるのはいいんですけど、結局、頭の中ではフォルダ、ツリーを無制限に作れる階層構造で管理している。なぜ、階層構造に制約のある本棚のメタファーにわざわざ落とし込まなければならないのか、という思いがあったんですね。色々な本を自炊していたからかもしれないんですけれど、手元のマシンで整理をすると本棚モデルでは追い付かないわけです。それなら、ファイルシステムをそのまま持ってくればよいということで、MacのFinderライクなインターフェースを持ってきた。社内の人間もそういう風に思っていた人間がいて、その人間が担当のエンジニアなんですけれども、ファイラーを作ることから始めて、自炊したPDFをもっと管理しやすくしようとしたんです。ただ、Book+のファイラーを気に入っていただいている方もいらっしゃるんですけれども、i文庫さんとか、コミック系のビューワーは幾つもあって、やっぱりそちらもすごく人気で、本当に人それぞれですね。本棚モデルの方が簡単でとっつきやすいっていうメリットはあるのかなとは思いますね。
――PDFの管理に関して、ほかに工夫した点、強みはありますか?
大石裕一氏: 管理のしやすさは、探そうと思うPDFにたどり着きやすいということです。普段Macをお使いでしたら多分おわかりいただけると思うんですけれども、Finderには、検索条件が埋め込まれたスマートフォルダっていうのがありますが、そういうフォルダを自由に作ることができるようになっています。例えば『日経ビジネス』というキーワードを含むPDFだけが勝手に入って来たり、直近3日に1度でも開いたことのあるPDFを集めたりする。そうすると読みたい瞬間に『日経ビジネス』の最新号にたどり着くことができます。そのような管理のオペレーションを可能にしているのが特徴です。また、Book+の中にある全PDFの中で、あるキーワードが含まれるPDFを一覧で出す機能は評価していただいています。それと、スマートフォーカスと呼んでいる機能。これは、私自身がiPhoneで、電車の中でつり革を持ちながら片手で『日経ビジネス』を読みたくて、それを実現するためのインターフェースで、段組のコンテンツを読みたい場合にワンタップで終わらせられないかという発想で作りました。ダブルタップすると拡大するというユーザー体験は根付いているので、それを延長するような概念で、ダブルタップの2回目の指を離す前に読みたい領域を設定して指を離すと、そこが読みやすい大きさに表示される、ズームの支援機能みたいなものです。読み進めて、戻って、というのが全部片手で終わるので、そういうことをされる方にはご評価いただいていると思いますね。
端末は出そろったが、いまだ「電子書籍元年」?
――ご自身で自炊もたくさんされているということですが、デバイスはどういったものをお使いですか?
大石裕一氏: iPhoneとiPadがメインですね。koboも持ってはいるんですけど、まだ全然使っていないですね。積読ならぬツンコボになっています。
――koboを使っていない理由は何かありますか?
大石裕一氏: 読書体験としてスムーズ、スマートじゃないなあという感想を持ったんですよね。Appleのデバイスのユーザー体験と比べるとちょっと質が落ちる。届いて箱を開けて読書を始めるところまでのプロセスが、ちょっと違うんじゃないかなという気がしたんです。コンテンツの数をそろえることに奔走しているばかりで、ユーザー不在の感じが見え隠れするので。最近の例だと、新しい書籍一覧っていうのがkoboの楽天さんのサイトに掲載されているんですけど、ウィキペディアのコンテンツをそのまま1冊の書籍データとしているだけみたいなことを平気でやっていたので、それはないよと。結局、iPhone、iPadを使ってPDFで自分で読むか、一つのアプリでコミック全部読めるようなアプリを買ってっていう感じが多いですね。
――iPad、iPhoneとkoboの違いというのは、理念の違いなんでしょうか?

大石裕一氏: ユーザーのことを考えているかどうかだけだと思いますね。もうちょっと読書端末としてしかるべく備わっているものがあるんじゃないかなという点ですね。
――端末が出そろったこともあり、いよいよ電子書籍が出版業界を変えると言われています。電子書籍の可能性についてはどのようにお考えでしょうか?
大石裕一氏: 多分、10年たっても「今年は電子書籍元年だ」って言っていると思うんです。何も変わらないのではないでしょうか。半ばあきらめの感じでとらえていますね。端末が出るたびに「元年」と言っていましたが、さんざん失敗してきていますからね。今回もちょっとなあ、という感じはありますね。技術的なキーワードに書籍の業界の人たちがみんな引っ張り回されているという状況で、しかも引っ張り回されているということにもあんまり気づいていないような感じをお見受けするので、国内では無理ではないかなという感じがあります。
テクノロジーは手段にすぎない。技術に振り回されるな
――日本の電子書籍業界の問題点はどこにあると思いますか?
大石裕一氏: 私は出版の専門家ではないのでわからないんですけど、日本語による出版物というコンテンツを、電子と出会わせて、どうしたいのかっていうビジョンが業界にないと思うんです。日本という国と一緒だと思うんですけど、将来的にどうしたいのかが全然わからない。EPUB3.0がドラフトからきちんとした仕様になりましたと言っても、急激に進んだのかというとそういう感じは全然ありませんし。いまアナログに持っている本はどうするのかというソリューションが何も与えられていないんです。それで、「自炊屋、いい加減にしろ、違法だ」みたいな声を業界声明として投げていたりするわけじゃないですか。結局、ユーザー不在なのではないでしょうか。ユーザーが何を望んでいるかっていうことと、読書の電子化で何がしたいのかということを考えていないような気はするんですよね。電子化をやらなければいけないから、仕方なしにやっている感じがぬぐえないのだと思います。
――電子書籍の話題といえば、「紙vs電子」といった対立の構図が描かれることが多いですが、紙の本はどうなっていくとお考えですか?
大石裕一氏: 本を読んでいる人たちは、結構アナログのままでいいっていう人もいるじゃないんですか。私も一部の書籍についてはアナログのままの方が、むしろ良いです。どちらかというと大型の雑誌とか配布物、定期刊行物系は紙よりも電子の方が良いと思っています。でも、そういう人たちがいるっていうことも、あんまり知らないか真剣に考えていない気がするんです。決して本好きな人が全部アナログを否定しているわけではないんです。デジタルに何を求めているかというところを、きちんと分析せずに語っているだけのような気がするんですよね。
――そういった現状を、技術でカバーするような解決点、突破口というのはあると思いますか?
大石裕一氏: 多分、技術ではないんだと思います。技術は、こういうものを作るっていうビジョンがあって、それを実現するために必要な道具という観点なんですね。うちのプロダクトの発想も全部そうです。ビジョンがないところに新しいテクノロジーをかぶせても解決しないと思うんです。何をしたいのかが不透明なままEPUB、EPUBと言ったところで何も確立しないんです。何かいまEPUBが救世主みたいな感じでとらえられたりするじゃないですか。でもそうじゃないっていうことに気づかれたほうが良いと思います。日本には新しいテクノロジーで作ったから良い、と考える企業が多い気がします。Android対応洗濯機とか最たる例ですよね。ユーザー不在の議論がまん延しているんだろうと思いますね。
PDFとEPUB、新しいリーディングの可能性
――EPUBについて、ブログで「全部PDFで良いじゃないか」というご発言をされていましたが、あらためてEPUBについてのお考えをお聞かせください。
大石裕一氏: さんざん批判していますが、私はEPUBを全否定しているわけではなくて、EPUBにも興味はあります。技術のバックグラウンドを考えたらEPUBっていうのはこういうリーディングを提供すべきでしょう、ということを考えて何かを作ると面白いかなとは思っています。私はページにとらわれたEPUBの概念に批判的な考え方をしていて、それであればPDFでスキャンしたものでいいです。ページという概念をなくしたEPUBのとらえ方っていうのはありますよ。特に技術書なんかはその方が読みやすかったりします。O\'Reillyさんとかがそうですけど、HTMLでダーッと長いページを単に公開しているような電子書籍コンテンツのサンプルの提供の仕方もあります。EPUBが行こうとしている方向はページの概念に囚われない読書体験の世界なんじゃないかなと思っています。
――Book+の今後も含め、PDFでのリーディングに関して新たな展開は考えていますか?
大石裕一氏: 最初にお話したエンタープライズという観点では、弊社は国産のPDFエンジンというのを持っているというポジションにありますから、他社さんよりも良い企業向けPDFのビューワーを作れるという自負があります。それを広げていきたいと思っています。コンシューマー向けの話では、PDFをベースにしたソーシャルリーディング的な世界を、技術的な検証も含めて模索してみたいと思っています。みんながそろってPDFを持っているという状況にして、コンテンツの一意性を担保すればPDFベースでソーシャルリーディングができるんじゃないかっていう構想はあるんですね。難しくて、なかなか進んではいないんですけど。理想は、著作権違反にならないように、例えば日経ビジネス最新号を自分で裁断、スキャンして、iPhoneやiPadの中に取り込んで、クラウドと連携して、そこで何月何日号と検索をすると、その号のメタデータは既にクラウドにあって、それを自分の持っているPDFとひも付けるみたいなことをしてやると、同じようにスキャンして何かしらのブックマークを付けた人のデータが自分の手元のPDF上に表示されるというユーザー体験ができたら面白いなあと思っているんですよ。PDFがページで構成されて、何ページ目に何をしたっていう情報がきちんと伝わればそれで良いと思っているんですね。
――Book+もこれから進化が期待できるということですね。
大石裕一氏: いまは、安定性を増すとかバグフィックスばっかりをやっていますが、Book+が完成しているとは思っていません。メジャーバージョンをアップするような大きな機能拡張を、新たな読書体験の提供ツールと位置付けて進化させたいなあというBook+2的な構想はあります。われわれもまだわかっていないところもあるので、試行錯誤しながら、「こんなものできちゃったんですけど」という出し方ができれば面白いかなとは思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 大石裕一 』