小山忠義

Profile

電子書籍関連開発のほか、Mac用マルチメディアオーサリングソフト「GREEN」、衛星インターネット向けSLCPクライアント、テレビ実況アプリ「Balloo!」、Nintendo DS用「SDRMソリューション(DS vision Comic Viewer/DSRM(暗号化/改ざん防止)」、 Hybridcastデモ等、様々なプラットフォームで新しい技術やUIに取り組むソフトウェア開発を行ってきた。

App Information

bREADER

青空文庫やEPUB、PDF等の電子書籍を、縦書き、横書き、オートスクロール表示など自由なスタイルで読むことができます。

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良質なアプリは「自由研究」とビジネスのバランスから生まれる。



株式会社インフォシティは、パソコン草創期である82年に事業を開始したソフトウエア開発会社。企業向けのシステムに加え、最近ではiPhoneやiPod touchアプリ開発にも力をいれており、青空文庫、EPUBなどの電子書籍を読むためのアプリケーション「bREADER」も人気を集めています。同社代表取締役の岩浪剛太さんと、数々のアプリの開発者である小山忠義さんに起業、開発のエピソードなどを伺いました。

パーティションのないオフィスで開発を行う。


――お仕事の近況をご紹介いただけますか?


小山忠義氏: 今は、基本的にEPUBのレンダリングエンジンを作っています。

――レンダリングエンジンとはどのようなものでしょうか?


小山忠義氏: EPUBというフォーマットのファイルを、ドキュメントとして読めるように文字やグラフィックに変換して画面を構成するものですね。エンジンと合わせて、bREADERに関してはアプリ本体も自分でやっています。

――開発はどのような環境でされているのですか?


小山忠義氏: 特に変わったところはありませんが、ワンフロアでパーティションもないオフィスでやっています。

――パーティションを置かないのはなぜでしょうか?


岩浪剛太氏: 具体的に何か理由があるわけではないんですけど、パーティションを置くとギスギスするというか、何かしっくりいかないんですね。やっぱり人と話さなくなると、面白いアイデアが出てこない。今のオフィスに引っ越して来た当時、Intelさんと仲良しだったので、レイアウトは全部一式Intelさんに習って作ったんです。それで1.5mくらいのパーティションを置いてみたんですけれど、全然良くなくて、3ヶ月くらいでオープンな感じに戻したんですよね。

小山忠義氏: 最近は割と1人でやっているんですけど、やっぱりチームで開発するときには暇そうにしている人に声を掛けることも必要です(笑)。

プログラミングに熱中。テキスト表示へのこだわり。


――小山さんが開発者になったきっかけをお伺いしたいと思います。コンピューターとの出会いはいつごろでしょうか?


小山忠義氏: 小学校4年生か5年生の時です。僕は札幌生まれなんですけど、札幌に大阪屋っていうラジオのパーツなんかを売っているお店がありまして、そこにパソコンがあって触っているうちに、面白いなと思ったんです。日曜日の朝、店が開くころに押し掛けるとすでに何人も並んでシャッターが開くのを待っているんですよ。雑誌も1979年の11月ごろに、まだ薄い『週刊アスキー』(ASCII MEDIA WORKS)を買いました。

――プログラミングもそのころに興味を持ち始めたのでしょうか。


小山忠義氏: 紀伊國屋に行ってコンピューター関連の本を探したら、BASICの入門書が1冊だけあったので、それを買って文法を覚えた感じです。

――最初に作ったプログラムはどのようなものでしたか?


小山忠義氏: 誰でも最初はそうだと思うんですけど、同じ文字列をどんどん画面に出してスクロールしていく、PRINT文とGOTO文だけの2行のプログラムです。その後は簡単なゲームを作りました。

――自宅にパソコンはいつからあったのでしょうか?


小山忠義氏: 中学校2年生くらいかな。ベーシックマスターレベル3という日立のパソコンを買ってもらいました。「自分は高校に受かるだろうから、その前倒しでお祝いをくれ」といって(笑)、相当無理して買ってもらいました。

――その時はパソコンってかなり高いですよね?


小山忠義氏: 高いですね。20万円近くだったと思います。

――パソコンを手に入れてからはプログラミングに没頭されましたか?


小山忠義氏: プログラムを書いていると徹夜になることも非常に多いんですよね。趣味なのでいつ終わるというのもないので、とにかくいつも暇さえあればプログラムを書いていました。

――最初のマシンはいつくらいまでお使いになったんですか?


小山忠義氏: 高校2年くらいで、マイナーなものは良くないなということでNECのPC8800にしてみたんですけど、あんまり面白くなかったんです。それで、日立のベーシックマスターS1の6809という非常に面白いCPUが載ったマシンを買いました。Lispインタプリタを作ろうと思って。

――Lispって割とアカデミックな言語ですよね。


小山忠義氏: そうですね。人工知能系です。Lispインタプリタを作る時に、内蔵のフォントだとリストがかっこ悪いので、グラフィックで文字出力をするところから全て自分でやろうとしました。そして大学に入った時には、HP95LXっていうポケットコンピューターを買ってきて、日本語が出るようにしようということで、日本語エディターを作りました。テキスト表示っていうのを昔からずっとやっていて、考えてみれば今リーダーとか作っているのもその流れで、世の中はあまり進歩していないなと思います(笑)。

パソコン勃興期に早稲田大学で運命の出会いをする。


――大学に入学されてからはコンピューターやプログラムの世界により深く入っていくことになったのでしょうか?


小山忠義氏: そうですね。早稲田の理工学部数学科に入って、コンピューター関連のサークルに入ったんです。弊社の岩浪がやっていたサークルなんですけど(笑)。

――運命の出会いですね。どのようなサークルだったのでしょうか?


岩浪剛太氏: 早稲田大学情報科学研究会というサークルで、1982年に作りました。当時早稲田の理工学部には、情報科学という学科はなかったんです。実は東大でもそうなんですけど、早稲田にできたのは85年なんです。コンピューターの研究会はいくつかあったんですけど、全部汎用機だったんです。大型のいわゆる電算系ですね。当時はマイコン、パソコンの勃興期でしたので、うちの大学も東大も、汎用機系に対してマイコン系が対立するわけじゃないけど出始めていて、それでサークルを作って、1年後に彼が入ってきたんです。


――当時の小山さんはどのような印象でしたか?


岩浪剛太氏: いきなりビッグマウスでした。僕が覚えているのは、当時出たばっかりの60万円くらいのMacを持っていて、そのころ88とか98とかに対してMacのToolboxっていうのがあって、「俺はToolboxのアーキテクチャを全部86に移植できる」とかいっていました(笑)。「すごい奴が来たな」みたいな(笑)。

――小山さんにとって早稲田のサークルはどのような印象でしたか?


小山忠義氏: 麻雀ばっかりしているサークルでしたね(笑)。

岩浪剛太氏: 当時「半分は麻雀をしている」みたいなクラブだったので(笑)

小山忠義氏: サークルで早稲田の西門を出たすぐ近くに部屋を借りていて、どこからお金をひねり出したのか分からないんですけど、そこが元雀荘だったんですね。

岩浪剛太氏: 実は、そこの雀荘に通っていたら経営者のおばちゃんがね、「店を閉めるから好きに使っていいわよ」、みたいにいわれて「じゃあ借りまーす」みたいになった(笑)。もちろん家賃はサークルで払っているんですよ。

小山忠義氏: その部屋にパソコンがいっぱいあって、ずっといられるわけです。

学生起業から「遊びの延長」で30年。


――サークルでは主にソフトウエアの開発や研究をされていたのですか?


小山忠義氏: いや(笑)。占いソフトを作って、早稲田祭で占って大もうけするっていうのと(笑)、麻雀をするのがもっぱらのサークル活動です。

岩浪剛太氏: 多少まともな成果をいうと、83年に首都圏の、汎用機系じゃないパソコン系のクラブが44団体くらい集まって日本コンピュータークラブ連盟っていうのができて、その時に、IBMさんと協力して、全大学にコンピューターとモデムを置いて、最初は音響カプラでその後1200を借りて、ネットワークを配信したんです。当時はパソコン通信は御法度で、電話回線にコンピューターをつないでいいっていう法律が通るか通らないかくらいだったんですよ。汎用機系では、村井先生が東大、東工大、慶応の大型計算機センターを中心としてJUNETを作っていました。実は同年くらいなんですよね。

――その後のパソコンの発展を考えると画期的なことですよね。周りの反響はどうでしたか?


岩浪剛太氏: いやいや。「つながったね」くらいの感じだったですね。多少ゲームとか掲示板的なものができるなみたいな、その程度ですよ。

――つながった時は感動があったのではないですか?


岩浪剛太氏: どうだったかな。

小山忠義氏: いや、そうでもないと思う(笑)。

――インフォシティを立ち上げるきっかけはどのようなことでしょうか?


岩浪剛太氏: 早い話が、サークルでそのまま会社を作っちゃったんですよ。創業したのは82年で、登記したのは84年です。遊びの延長で今まで約30年みたいな感じです。彼が1年で入ってきた時にはもう始まっていました。

小山忠義氏: そこでバイトしてみて、そのままみたいな自然の流れですね。授業にあんまり出なくて、中退しちゃったんで会社に拾ってもらったみたいな(笑)

――岩浪さんには、もともと起業するという展望があったのですか?


岩浪剛太氏: そうですね。高校のころから皆で同じ大学入って何かやろうぜっていっていた仲間が4人くらいいたんですが、ばらけちゃって、1人がアメリカへ行ったんです。僕の先輩なんですけどね。その人が日本に帰ってきて、そのムーブメントが再燃したんです。テーマはいろいろあったんですけど、当時80年前後面白かったのがコンピューターってことになったんですね。

多くのアプリが 「自由研究枠」で開発された。


――インフォシティは一般ユーザーに向けたアプリでも人気を集めていますが、会社として良いソフトを開発するために心がけていることはありますか?


岩浪剛太氏: うちの1つの枠組みとして、仕事が空いた時は自由なものを作っていいというのがあるんです。その「自由研究枠」で色んなものを作っています。半分くらい倫理的にまずくて公開できないんだけど(笑)。自由研究の成果を学芸会で発表するみたいな感じですね。

――例えば2ch等の掲示板ユーザー向けの「Balloo!」や「BB2C」等のアプリでは、説明書がなくても感覚的に使えるユーザビリティが評価されましたが、どのようなお考えで開発されたのですか?


小山忠義氏: BB2Cでは、頻度の少ない機能は多少使いにくいところに押し込んで、頻度の高い機能を、目をつぶっていても実行できるようにしました。僕はバイクに乗るんですが、バイクの操作って、シフトなんかも足で上下させて、1と2の間にニュートラルがあって、というのは考えてみるとおかしいんですけど、慣れれば便利ですよね。そんな感じの操作を狙っていましたね。

――今、開発の現場では頻度の分析などはユーザビリティエンジニアなどに分業化されていますが、完全に小山さんお一人で開発されたのでしょうか?


小山忠義氏: そうですね。これがいいかなと思ったアイデアを人に作ってもらうと、駄目だった時にいろいろ面倒じゃないですか。でも自分でやれば「一晩無駄にしたな」くらいで済みますからね。ただ、BB2CもbREADERもアイコンばっかりで説明もほぼないんですけど、もっとガリガリに説明を付けて、ユーザはただここを押せといわれたから押しました、みたいな感じで使えるものにした方がもっと利用者のすそ野は広がるのかなっていう気が最近はちょっとしています。でも1日に何時間も使うアプリがそれだと、ちょっとうっとうしいですよね。

電子書籍にテキストファイルの利便性が残ってほしい。


――bREADERのお話が出ましたが、電子書籍アプリを開発されたきっかけもお聞かせください。


小山忠義氏: bREADERは、BB2Cを作ったのと同じころ、iPhoneを触り始めてすぐに、青空文庫アプリを作ってみようということで、とりあえず作ったんですが、もうかる手段がないということでいったんお蔵入りにしたんです。後で、有料のものも売れているってことで、多少の売れ行きはあるんではなかろうかということで、改めてやってみようという感じです。

――お蔵入りになっていたということですが、岩浪さんがbREADERに可能性を見い出したのはどのような部分ですか?


岩浪剛太氏:Peece.TV」っていうYouTubeとかをダウンロードできるソフトを出してみたら、発売して3日か4日目くらいから10日間連続、売り上げが1位だったっていうことがあって、有料もいけるっていうことでお蔵入りしていたアプリも出していったというのがあります。それとbREADERの大きなテーマがもう1つあって、EPUBを縦書きにする機能をいれて作ったことです。EPUBが縦書きになるよっていう話は当時からあったけど、実際縦書きができたのが2011年の10月です。bREADERは、それより前から縦書きにしていたということですね。

――bREADERの開発で最も苦労されたのはどのようなことですか?


小山忠義氏: 他のEPUBはみんなWebKit、あるいはdominoエンジンとかを使っているけど、bREADERは全部スクラッチで書いたことですね。CSSのパーサ、SVGのレンダラーにしても全てスクラッチです。Appleの支給品コードなんて全然使ってなくて、完全に無視して作りました(笑)。

――bREADERは動作から見て、標準のコンポーネントを一切使ってないことが明らかですよね。お一人で書くんですか?


小山忠義氏: そうですね。「1ピクセルずれている」というのを直していって。

岩浪剛太氏: 本当は仕事が空いた時にするものなので、人をアサインするなんてもってのほかですよ(笑)。

――アプリ開発に携わる中で、電子書籍の将来はどのようにご覧になっていますか?




小山忠義氏: 僕の興味の対象は昔からテキストなんです。ですから電子書籍という形できれいにパッケージングされてマークアップされたものは、僕から見るとむしろ退化しているんですよね。コンピューターは長い間非力で文字しか扱えなかったので、テキストが発達しました。テキストベースでコミュニケーションできるし、検索もできる。編集も簡単だし、どんな環境でもそれに合わせて読みやすく表示し直したりできます。それが失われていくのは止められない流れなのかもしれないですけど、僕はマークアップでは自由度が高くてデータとして扱いやすいものは、やっぱり不可能だと思うんですよね。今あるような電子書籍の流れだったら、スマートフォン用とiPad用の2種類のフィックスドレイアウトのポストスクリプトなりjpegなりを用意して済ませてしまえばばいいっていうことになる。世の中の本流はWebKitを使ってCSSで指定された通りにきっちり表示していくっていう風になるでしょうから、これはもうテキストではなくて、多少リフロー可能な電子出版物ですね。僕はそういうものには、実は全く興味がなくって、テキストがいつまでも生き残ればいいなと思っているんですけど、商業的にはどうなんでしょう。僕から見ると、電子書籍のために、今まではテキストであったものが段々侵されていってしまうという感覚です。

小山には、世界的なレベルのスキルがある。


――小山さんがご自分で使う際の使い勝手が開発のきっかけになるのでしょうか?


小山忠義氏: 「自分で使うものしか作らないぞ」みたいな感じはありますね(笑)。

岩浪剛太氏: だから開発が遅れちゃって、社長としては、困ったなぁという感じです(笑)。

――小山さんの今後の構想はありますか?


岩浪剛太氏: それは聞いてみたいですね(笑)。

小山忠義氏: 今後のことはちゃんと考えたことがないんですよね。飽きっぽいんですよ(笑)

岩浪剛太氏: モチベーション高く持たせるのが僕の仕事なんだけど、僕も同じノリになっちゃって、反省中なんです。でもドスンと大ヒットするようなものをひそかに狙っています。

小山忠義氏: コミュニケーション系で大当たりとか、最近よくあるパターンっていうのもいいかなと思うんだけど。

岩浪剛太氏: ぶっちゃけていってしまうと、小山には世界的なレベルのスキルが本来あると思います。もう付き合って長いですからね。そのスキルをどこまで遊ばせておくかっていうのが課題になっています(笑)。

小山忠義氏: 「自分は使わないけど、あればいいな」っていうものも、どのようなものが便利なのかをちゃんと考えて作ればいいのかなとは思うんですけど、いかんせん自分で使わないものだから(笑)。なんとなくこうかなという機能をおざなりに付けるというのは、書いても面白くないし、嫌だなという感じになってしまうんです。自分ではやらないこともできる様になった方がいいんでしょうけど、それは多分無理なので、今まで同様自分自身で何かはまれるものを考え出して、それを作るのがいいのかなと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 小山忠義

この著者のタグ: 『開発者』

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