ないアプリは自分で作る。アプリは自分で使うために開発する。
――コンピュータや、プログラミングとの出会いもお伺いできればと思います。最初に買ったPCは何ですか?
浅田康之氏: 最初はシャープのMZ-2200です。80シリーズが有名なところですけれども、ディスプレイ一体化になって、MZ-80Bの次にMZ-2000が出たんです。それのディスプレイが分割されてMZ-2200になって。29年か30年くらい前ですね。NECはPC-8801とかだったんですけど、シャープとNECのどっちを買うかということになって、さすがに子どもなのでお金がないので安かったMZの方を選んだのですが、ゲームがないんですよね。NECの88はゲームがいっぱいあったんですけど。だからプログラムするしかなかったんです(笑)。
――ないなら作るしかない、ということですね。それがおいくつくらいのときだったんですか?
浅田康之氏: 中学生くらいのときですね。あのときはゲームやプログラミングばかりしてロクに勉強していませんでした(笑)。
――最初のプログラムでは、どのようなものを作ったのでしょうか?
浅田康之氏: いやあ、あの当時ですからね、画面でピコピコって動くだけで満足っていうガラクタばっかりです。電波新聞社さんから「BASICマガジン」とかが出されていたと思うんですけども、それ見ながらいじくったりとかして、ただ動いて楽しいっていうレベルの時代でしたね。
――パソコンの発展、インターネットなど、コンピュータの環境の変化はどのように感じていますか?
浅田康之氏: すごく変わりましたよね。パソコンを触った当初は、インターネットってものさえ存在しない時代で。それから数年して、NECの98とか、シャープのX68000とか、あれくらいでようやく皆モデムを買ってきてBBS(電子掲示板)で、「ピー、ガガガ」とやって、Windows95でやっとインターネットっていう世界ですからね。あの当時では想像もつかない世界になっていますね。昔は、パソコンを触っていたら親に、「そんなガラクタばっかり触って」って怒られていましたけど、いまは「パソコン教えて」って言われますから(笑)。
――今後、新しいアプリの開発や、新規事業などの構想はありますか?

浅田康之氏: 私はアイデアマンとか、何かを立ち上げる起業家的なタイプではないので、そこは難しいところですね。i文庫も、iPhoneとかiPadが出たタイミングで、「これなら出来るんじゃないか」と思ってやったことですし。iPadはジョブズのKeynoteを見て翻弄されたクチですからね。自分自身もiPadの可能性にあこがれていただけで、フタを開けたら「こんなんやったんかい」って落ちだったんですけど。
――最後に、アプリの製作で、大切にしていきたいことを教えてください。
浅田康之氏: より良くしたいというのはあります。自分で使いたいからアプリを作っているようなものですから、自分で使ってみて不便なところは何とかしたいですね。だからある意味自分が最悪のクレーマーですよ。開発が別の人間だったら、病むと思うんですけど、自分で作って自分でつっこんでいるから何とかなっている。思いついたらそのまま作り始めることも多いんですよ。とりあえずプログラムを書いて、失敗したら戻せばいいので、とりあえず書いちゃう。その自由度が、ある程度収益によって与えられてる部分はありますよね。全く収益がないのに、時間だけ掛けたら怒られますからね。そこを正当化する理由にはなっています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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