要らないけど「あえて」付けたページめくり。
――i文庫HDで紙の本を読んでいるような操作感が話題になりましたが、開発の際にこだわった点はありますか?
浅田康之氏: 結局は、どう見せるかなんですよ。元のデータはテキストベースで書かれているだけで、何があるわけでもない。いかに雰囲気を持たせるかというアプローチをしてみたんです。
――見た目の部分では、グッドデザイン賞を受賞されるなど評価されました。やはりページをめくる機能などは成功だったと考えていますか?
浅田康之氏: 本当は、機能を付けるときに迷ったんですよ。もともとiPhoneのアプリを作っていたので、iPadにするときに、「めくり」が要るか要らないかの話になって、結論としては「こんなものは要らない」。落ちは着いたんですけど、「何かギミックがないとつまんないよね」ということになってあえて残しました。設定でも、ユーザーは選べるようにはしていますが、最初の設定値は「めくりなし」にしていたものを、最後の最後に「出しとくか」って。i文庫は、紙で読んでいたユーザーに、電子で読むという体験がどういうものかを演出するアプリだったと思うんです。
結局電子デバイスで見るなら、ブラウザーなどでぱっと見る方が早いんですよね。ページングの概念でやっていること自体バカバカしい。要らないのはわかっているけど、過渡期としてあってもいいんじゃないかっていうことになりました。しばらくすると電子デバイスでドキュメントを読む世代に全部変わりますから、そうなったら「あんなことバカバカしい」ってなるかも知れません。だから、これがゴールではなくて、多分その先にもっときれいな見せ方があって、そっちが正解だと思うんですね。「間」だと思います。紙から電子へ移行するにあたって、間を置かなきゃしょうがないと考えました。
――浅田さんご自身は、電子書籍の利用はされていますか?
浅田康之氏: 新しい本に関しては全部紙ですね。
――蔵書はたくさんあるのですか?
浅田康之氏: 昔はありましたけど全部捨てましたね。自分の部屋の本棚がパンクするんですよ。買ったら結構きっちり並べるので、もう無理っていう状態になっちゃったんです。そうすると今後は逆現象が起きて、新しいものを買いたくなくなるんです。必要な蔵書は、データで入れています。
――電子書籍が、出版や読書の形を大きく変える可能性はあるでしょうか?
浅田康之氏: どうなんでしょうね。こっちは努力しているんですけど、正直必要とされているのかわかりません。ただ、蔵書を電子データでアーカイブするのは、結構多いと思います。捨てるに忍びなく、残しておきたいっていう場合の妥協点かなと思うんですね。1回読んだ本で本棚がいっぱいになったらどうしようもない。でも明日のゴミに全部出すのは嫌だというときに、とりあえずデータだけにしておいて、ここにアクセスすれば何とかなるかっていう、アーカイブ的な用途に使われることはあるでしょうね。
iPad3で動かない?アプリ開発はドキドキの連続。
――i文庫のバージョンアップや改善の取り組みはどのようなことをされていますか?
浅田康之氏: もう地味なことばっかりですね。新しいバージョンのOSの話とか、どこかのサービスとの接続とか細かいことが多くて。UIもできるだけ改善していこうとしています。iPad3のときは危なかったんです。iPad3がRetinaになるだろうと予想してRetinaの対応は書いていたんですけど、iOSシミュレーターでやったら画面が「バタバタバタッ」と落ちた。シミュレーターがリリースされて、1週間後に発売というスケジュールで、審査には1週間程度かかるので、「うわ、これどうするの。あと10時間くらいで回避策探せ!」とか言って。Apple自体のバグだったんですけども、バグを徹底的に見て、どこで、どういう値でそうなるのか、それに対する回避策を何通りか考えてシミュレーターでチェックして、何か起きたらiPad3が出たときに対応するということになって、実機で実際にやってみたら回避できて、問題はなかった。どのアプリもそうですけども、新しいハードが出た瞬間に動かなくなることがあるので、タイミング勝負ですね。残された時間がほぼゼロなので何が起こるかわからなくて、ドキドキします。
――アプリを作って良かったと思われるのはどういうときですか?
浅田康之氏: ユーザーさんに喜んで使っていただけているというのが1番ありがたいですね。「良かった」という声は非常にありがたい。まあ、痛いのも多いですけど(笑)。
――「痛い」というのは苦情などですか?
浅田康之氏: バグ的なものとか、きつい話が多いですからね。最初のバージョンを出して、なぜか売れてしまった後くらいから、「これはやっとかないと、しょうがないかな」と思っているんですが、本当は逃げたいんです。基本的に作るのは好きな方ですから、機能とかを考えて付け足す方は楽しいんですけども、レビューなどが厳しいです。気持ち的にネガティブになるくらい。とにかくげんなり来ますね。
――ユーザーからの要望によって追加した機能はありますか?

浅田康之氏: こっちで要るか要らないかは判断しますが、結果的に要望に合致することはあります。アイデアとしては受け取りますけども、結局どうするかというのはこちらの判断。あとはハード的な制約とか、OS的な制約とか、速度的な制約とか。やりたいけども出来なかったこともかなり多いですね。ただiPad3のあの解像度はね、あの貧弱なハードスペックで動いてるのは奇跡ですよ。速度的なところとか、細かい動きとか。奇抜なことは出来ますけども、普通に動かすように見せる方が大変です。結局奇抜なものは、一瞬注目を浴びますけど、それが使えるのか使えないのか、必要なものか必要じゃないものかっていうのは違うので。何の問題もなく普通に動いたなっていうのが、いいなと思っています。
――iOSのアプリを開発する以前にも、ハードウエアの制約を前提としたものづくりはされていましたか?
浅田康之氏: ゲーム機のソフトとか、きついスペックで動かすっていうのをやっていました。PlayStation®が出る前あたりですよね。ファミコンは過ぎたけど、ゲームボーイからスーパーファミコンあたり。アセンブラでやってた時代ですね。
――われわれがやっていたゲームの中にも浅田さんがかかわっている部分があるかもしれませんね。
浅田康之氏: 大昔ならあるかもしれません。
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