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世界中の本好きのために

米光一成

Profile

1964年生まれ、広島県出身。広島修道大学人文学部英語英文学科卒業。1987年、コンパイルに入社。同社初の専門企画職として、「魔導物語」や「ぷよぷよ」などを生み出す。1992年退社、スティングに移籍。2001年に退社するまで看板クリエイターとして「バロック」などを手がける。最新作は「想像と言葉」。 『ベストセラー本ゲーム化会議』(共著。原書房)、『自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法』(日本経済新聞出版社)、『仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本』(ベストセラーズ)など、著書多数。電子書籍を電書と呼び「電書フリマ」等を主宰。関連著書に『電子書籍宣言』(山城パブリッシング)など。

Book Information

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ゲーム業界の勃興期を体感


――ご出身は広島ですよね。


米光一成氏: そうです。廿日市に長く住んでいました。本やゲームにのめり込んでいました。当時はゲーセンというより、プレハブ小屋でおばちゃんがやっているような時代で、そこに行ってよくゲームをしていました。

――本はよく読んでいたのでしょうか?


米光一成氏: 小中高校生までは筒井康孝や星新一、江戸川乱歩などを読んでいました。
最近気が付いたんですけど、本を読むのも好きですが本を探す方が好きです。近所の図書館では貸出期間は2週間で1度に15冊まで借りられるので、15冊借りてきます。でも、目的はどの本を借りようかと探すことなので、読むのは大体1、2冊。あとは読まずにパラパラめくっただけで返すことが多いです。本屋でも同じで、それこそジュンク堂に行くと、朝に行ったのに、気づいたら閉店だったりすることもあります。ひたすら本を探しています(笑)。
もちろん読むのも面白いのですが、探している時は、ある種の宝探しをしているような感覚なのです。面白そうな本も開けてみると意外とつまらなかったり、逆にシンプルなタイトルでつまらなそうだけど、実はすごく面白かったり。
本屋ほど、新しいものが随時入ってくる場所って他にないと思います。例えば喫茶店なら、メニューが何千種類もあることはまずないでしょ?

――大学は英文科を卒業されていますね。


米光一成氏: 僕の時代にはゲームの専門学校みたいなものはありませんでしたから。ゲーム業界がまだなく、しっかりとした企業としてやってるところも少なかった。ですから、「ゲームを作ろう」という発想が大学に入る時にはなく、英文学科を選んだ事にも、それほど深い思いはありませんでした。ただシンプルに「英語と日本語の違いが面白いな」と高校3年生の時に思っていました。岩谷宏さんの『にっぽん再鎖国論』という本に、英語と日本語を比べて、いかに日本語が素晴らしい言語かが書かれていました。それが面白くて日本語と英語の考え方の違いや、物事の捉え方の違いに興味を持って、英語を勉強しようと思ったのです。

――ゲームの世界との出会いは?


米光一成氏: 大学時代に、ガソリンスタンドの顧客名簿のデータベースを作るアルバイトがあって、採用の条件が、「コンピューターでプログラムができる人」でした。僕はプログラムはつくれなかったのですが、時給がすごく良かったので一か八か行ってみようと思って。それで、面接で「プログラムができるか」と聞かれて、「できる」と言ってしまいました(笑)。
面接に受かった後で同時に受かった他の2人に、「本当はプログラムできないんだよね」と打ち明けたら「アホか」と言われて(笑)。「バイトが始まるまで1週間あるから、MSXを買って勉強しておけ」とアドバイスされて、29,800円ぐらいのホームコンピュータを買うんです。
でも、勉強しようと思った1週間は、パソコンと一緒に買ったゲームで遊んでしまって(笑)。結局、プログラムはできないままバイトが始まって、使いっぱしりのような仕事をして過ごしました。
買ったゲームは、「ロードランナー」という名作です。ムチャクチャ面白かったんです(笑)。初めて徹夜しました。一週間やり続けました。ゲームが好きになったきっかけで、その後はどんどんゲームを買って遊びましたね。当時はまだ仕組みが簡単なので、何となく自分でもゲームを作れる感じがしました。データベースを作るバイトに行っていたおかげで、作り方を見ていればどのくらい時間を掛けるとどんなものができるのかは知っていたので、「じゃあ真似してみよう」と。

――ソフトウエア開発のコンパイルを選ばれた理由は?


米光一成氏: 求人が出ていたので応募したのですが、当時コンパイルはまだ本当に小さくて、マンションの2部屋をオフィスにしていました。インターフォンを押したら、社長がスーツにスリッパで出てきて。面接している間にデザイナーとプログラマーが、冷凍カツオでチャンバラごっこをしていたのを覚えています(笑)。「この会社、マズイわ」と思う反面、「でもここなら僕でも勤められるかも」という気持ちもあって。勤められるかもという気持ちが勝っちゃいました。
僕自身は就職をそれほどシリアスに考えていなかったので、「ひとまず行けそうな所に行こう」という感じでした。セガなんかは当時も大企業でしたが、広島の会社説明会に行った時に、社長の言葉がビデオで流れている途中、退屈で寝てしまいました。「これはまずい、会社に行っても寝ちゃう可能性がある」と思ってやめておこうと。その程度の基準でしか会社を選んでいませんでした。セガは大きいから一生勤めるのに値する会社だとか、コンパイルは小さいからもしかしたら潰れるかもとか、そういうことは考えず「近所だし、楽そうだな」と思って決めました。

――実際にお仕事をされて、いかがでしたか?


米光一成氏: ゲーム業界の勃興期だったので、コンパイルも僕が入った時には20人ぐらいだったのが年々増えて、ゲームもどんどん売れていきました。ですが、親戚からは「ゲーム会社に入るなんて」と言われていました。テレビゲームなんて、すぐ廃れるというイメージだったようですが、僕はゲーム好きだったので「そんなことはない」と確信していました。ですから、それほど不安もなく、しかも業界自体がどんどん大きくなっていったので、面白かったですね。

――当時のゲーム業界についてお聞かせ下さい。


米光一成氏: ファミコンがスーパーファミコンになるなど、技術革新そのものがどんどん進んでいく時代でした。新しい技術が出れば新しい発想も生まれる。「こんなこともできる?」という提案も、出してみるとプログラマーが「やってみよう」と答えてくれる。成熟していないだけに、常に新しいチャレンジができる場でしたね。

真逆の発想で


――「ぷよぷよ」は反響がすごかったですが、そうした反響のあった時はどんなお気持ちでしたか?


米光一成氏: 「ぷよぷよ」は、世に出る前のテストプレイヤーの反応が良くて、それがすごくうれしかった。新人が、仕事を終えた後にプレーしてくれてたのですが、終電の時間が来て、「そろそろ帰ったら」と声を掛けても、「面白いから、まだまだやりたい」と言ってくれて。「これは本当に面白いんだ」と、その時に実感しましたね。
ただ、その時点で売れるかどうかまでは、あまり考えていませんでした。というのは、最初に出たのがファミコンのディスク版とMSXなんです。ハードが衰退気味で売れなくなっている時期でしたから、「出しても売れないかもしれない」という予感もあって。実際に、最初に出したソフトは売れませんでした。他のハードに移植した後に売れましたが、テストプレーであの反応を見て「面白い」という確証がなかったら、「他の機種に移植しましょう」ってことにならなかったかもしれません。

――「ぷよぷよ」はどのようにしてできたのでしょうか?


米光一成氏: テトリスのように落ちて、溜めて、消すという、いわゆる「落ちゲー」を、他の人が作っていたんです。でもちっとも面白くならない。「どうにかしなければ」ということで会議があり、「上の人たちは忙しいから」と、半ば押し付けられるような形で、下っ端だった僕がやることになりました。
それで、はじめに“テトリスがなぜ面白いのか”を、思いつくかぎり紙に書き出したんです。テトリスは硬いブロックが落ちてきて、一列埋まったら消える、一言でいうとソリッドなイメージです。数学パズル的なイメージで、キャラもいないし、柔らかいイメージが全くない。テトリスの魅力は、ソリッドさだ、と。だから二番煎じにならないように、その最大の魅力を反転させて、柔らかいものにしよう、ぷよぷよしたものにしようと考えたのです。
僕がやっていた1つ前のプロジェクトは、「魔導物語」というコミカルRPGでした。その雑魚キャラにスライムのような「ぷよぷよ」という名前のキャラがいて、こいつがやわらかくてかわいいので、使うことにしたんです。

――就職してから5年ほどで、転職されていますね。


米光一成氏: 「ぷよぷよ」を作った後、コンパイルを辞めました。辞めたメンバーが東京で「スティング」という会社を作っていて、「来ないか」と誘われていました。広島に支社を作るというので、「それなら」と転職しました。

著書一覧『 米光一成

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