青木眞

Profile

1979年、弘前大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で研修後、米国ケンタッキー大学等にて臨床研修。聖路加国際病院、国立国際医療センターを経て、2000年より感染症コンサルテーションを全国の病院で開始。米国感染症専門医。教育者としても評価が高く、全国から講演会のリクエストが絶えない。
【ブログ】「感染症診療の原則」
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iPadを導入して、論文を読む量が3倍に


――今回のインタビューのテーマの1つが電子書籍なのですが、医学の分野では電子メディアはどのような影響を及ぼしていますか?


青木眞氏: 14、5年前までは紙しかなかったので、例えば僕がある病気について論文を書こうと思ったら、まずその論文が既に出ていないかどうか調べるために何か月も過ごすわけです。医学図書館の3分の2ぐらいの空間はインデックスメディックスという過去に発表された論文ですので。それで誰も書いていないみたいだって言ったら書き始めるわけですよね。仮に新しい画期的な論文が出ても、出会わなければ2度と会えないかもしれませんでしょう。ですから毎週毎週出てくる一定量の情報量に、ある程度目を通して大事なものは破っておいておく必要もある。ですから僕が留学している時は教授の部屋は壁全面にはってありました。それが全部いま電子化されています。しかも何億倍の速度でスキャンできる。毎日関係あるないにかかわらず、論文に全部目を通しておくっていうことをしなくていいじゃないですか。あとで必要になれば探しにいけるんですから。それはとてつもないメリットですよね。いまの若い先生たちは、それがないというのはあり得ないんじゃないかなと思うんですけれども。

――青木さんもいまiPadをお持ちですね。


青木眞氏: 実は僕、iPadは長いことばかにして買ってなかったんですよ。というのは、僕にしてみるとキーボードのないパソコンでしかないと思ったんですね。でも周りの教え子たちがこれを持ってないと人類じゃないみたいなことを言うので、つい数か月前に買って、いまは手放せなくなっています。医療情報なんかはiPadに入れていますけれども、文献をたくさん入れてもかさ張りませんでしょう。自分は頸椎が悪いので、あんまり重いものはたくさん持てないんですよね。いまは医療情報ってインターネットに全てパブリッシュされたものがあるからどこでも運べて、講演に行く電車の中なんかで読めます。あと実は最近、老眼で論文の字があまり読めなくなっていたんです。iPadなら文字が大きくなるでしょう。適当な大きさにするとすごく読めて、論文を読む量が3倍ぐらい増えたんですよ。これだけでも買ったかいがある。それから線が引けて書き込みができますよね。僕は書き込みをしたあと、紙に印刷するんです。それを見ながら自分でまた紙と鉛筆で資料をまとめていくんですね。



――教育の分野では、電子メディアの利用によってどのような変化がありましたか?


青木眞氏: 薬剤師の教育でも、やっぱり単位時間あたりの教育効果というのが上がりました。いま、僕は定期的にインターネットを使って僕の教え子たちに講義してもらっているんですけれども、ウェブの教育でも、マニュアルはPDFで読んでおいてくださいというように電子媒体が使えますよね。この間もウェブで講義をやって、1回の放送に1万人ぐらいの人が聞いてくれたのですが、その時にレクチャーに使う教育マテリアルはもうPDFで渡っているわけです。そういうのはものすごく電子の大きな利点だと思うんですよね。薬剤師さんの中には女性で育児中でという方も多いので、そういう方は自分の家のパソコンで見ればいいんですからね。

――青木さんのご著書も電子書籍として発刊することは考えてらっしゃいますか?


青木眞氏: いま、医学書院で本を書き始めたんですけど、書いているうちに情報が古くなっちゃうんですよね。で、この章にこう書いてあったんだけれどもいまはこうなって変わっています、みたいなのがリアルタイムで伝えられると良いと思います。夏目漱石とか、文学ならばもちろんフィックスしたものですけれども、特に自然科学というのは変わるんですよね。山中先生のような抜きんでた研究でさえ、やっぱり5、6年はノーベル賞受賞まで様子をみられたわけでしょう。

自然科学にはもしかしたら間違っているかもしれないという謙虚さみたいなものが必要なのです。だから僕の新しい本も、ぜひ電子化して、新しくなった部分は買った人がPDFをダウンロードして更新できるようにしてもらえないかと言っているんですが、多分コピーされちゃうとか配布されちゃうとかということの懸念なんでしょうね、なかなか実現しないんです。例えば薬の用量の記載間違いを読者から指摘されると、第2刷とか3刷で直していくわけですけれども、普通使う側になったら使っちゃいますよね。だから新しいチャプターとかをPDFで落として、生徒とか研修医とかに渡せば、大事な情報の共有というのにはいいと思うんですね。もし、活字にしたあとに、それが田舎の病院の図書館にあって、ドクターの目に留まって、それが実はその直後に変更されていたものだということをちょっと恐れるんですよね。

――医療の現場ではカルテの電子化も注目されていますが、電子カルテについてはどのような見解をお持ちでしょうか?


青木眞氏: 僕、電子カルテというのは良くないと思っているんです。とても使いづらいんですよね。電子化された情報だと、例えばABCっていう薬があるか調べる時に検索するのは早いですよね。何億倍の速度で探せるじゃないですか。決まったものを順繰りに収集する時には電子媒体ってとてもいいと思うんです。ところが一方で、僕が例えばコンサルタントとしてどこかの病院のICUに呼ばれて、「この患者さんを診てほしいんです。カルテはこれです」という時、普通の紙だと大体パラパラと見ると、何か大きな山があった時ってドクターもナースも一生懸命書いているから同じ日付ですごい量があったりするわけですよね。そうするとこの人は入院して3か月だけど山が5回あったなとかわかるわけですよね。ところがディスプレイだと、画面の向こうに3ページあるのか300ページあるのかわからないし、どこがヤマ場だったのかというのがわからない。おそらく紙の時と比べると2倍、3倍の時間が掛かるんじゃないかなと思うんです。

比較的、診療内容が均一化されていて繰り返しの多い診療、どっちかというと開業の先生は割と患者さんの訴えも似ているし処方も似ているので、電子カルテってすごく便利だと思うんですけれども、入院患者さんはものすごく複雑で、個別性が高く、コピー・ペーストとかの世界じゃないんですよね。そういう場合は僕なんかは紙のほうがずっと情報を得やすいんですよね。ですので、病院の画像データや検査データ、医薬品情報など有用な面もありますから、うまく組み合わせられたらいいんじゃないかと思いますね。アメリカは論文はNLM(National Library of Medicine)というところが何百人使ってやっていますが、電子カルテの普及はまだ3%ぐらいでしょう。何か日本では電子化すると全てが良くなるみたいなイリュージョンがありますね。

――電子メディアにはメリットもデメリットもあるということですね。ほかに電子メディアに関して懸念されていることがあれば教えてください。


青木眞氏: 僕はエイズ診療をやっていますでしょう。84年から診ていますから現役で僕、一番古いほうですよ。いまはだいぶ薬が良くなったので心配は少なくなったんですけれども、今でも「僕もう即死するんですよね」みたいな感じで外来に見えるんですよね。どうしてそう思うのか聞いたら、「ネットで調べました」って。インターネットにはたくさんのガセネタもあるわけです。その玉石混合の情報を交通整理する役目の人というのが、もっと要るんじゃないかと思うんです。

――例えばジャーナリズムのような存在がそれにあたるのでしょうか?


青木眞氏: アメリカだったら放送局で、パブリック・ブロードキャスティングシステム(PBS)みたいにオーソライズされた組織が、一応ニュートラルな立場で例えばオバマとロムニーを見ていて、一般の人にわかりやすい言葉で説明しています。医学の分野ではCNNにはグプタというお医者さんがいて、この発見はこんな意味があるとか、新型インフルエンザでみんなおびえているけれども100人中99人にとってはただの風邪なんだと言う。すると途端に、人が診療所に押し寄せるのをやめて、診療所が通常の心筋梗塞のケアができるようになる。ところが日本の場合は厚労大臣が真夜中に会見したりして不安をあおるようなことをやりつつ、学会は学会で全員検査して全員薬をもらえ、みたいなことをやって、ただでさえパンクしている病院がさらにパンクするわけですよね。僕は新型インフルエンザでも最大の悲劇というのは注目されてないところで起きていると思います。



すなわち、たくさんの病院からドクターたちが無理やり成田空港に連れて来られて、全く意味のない検疫というのをさせられて、その間、彼らが自分の病院に置いてきた心筋梗塞とか肺炎の患者さんが十分なケアを受けられず亡くなる。原発事故があった時に、「なんとかベクレル」とか言う情報が出たけど、聞いている方にとっては、「だから今日の飯をどうすればいいんだよ」みたいな感じですよね。例えばニューヨーク市には原発の問題が起きた時に、それが一般市民の生活にどういった意味を持つのかということを翻訳できる医療の専門家というのが必ずいて、ベクレルで説明しないんですよね。

――新型インフルエンザが起こった時の青木さんはまさにそのような存在だったのではないでしょうか?


青木眞氏: それほど大したことはしてないですけど、自分は仲間とブログをやっていて、新型インフルエンザの時に「インフルエンザ」で検索すると国立感染症研究所の前に僕のブログが上に来たんですよね。それは僕のほうが信頼されているっていうんじゃなくて、国がそんなに信頼されていないんじゃないかってことじゃないかと思うんです。だから、政治家には「慌てないで」と言って、動かない基礎研究者には「動け」と言い、右往左往している保健所、一般の方々にも「心配ありません」と説明できるような人、機関があると良いと思いますね。そういった情報を提供するのに、電子媒体というのはすごくいいと思います。例えば新型インフルエンザについてお医者さんが読むPDFがあって、一般の人も怖かったらこのPDFを読んで、「安心しなさい。あなたには何も起きません。」みたいに書いてある。電子媒体にはそういったリスク管理的なものに使える可能性もすごく大きいと思いますね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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この著者のタグ: 『価値観』 『医師』 『教育』 『留学』 『自由』 『感染症』 『医局』

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