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黒川伊保子

Profile

1959年長野県生まれ、栃木県育ち。奈良女子大学理学部物理学科卒業。 大学卒業後、コンピュータメーカーにてAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。脳機能論の立場から、語感の正体が「ことばの発音の身体感覚」であることを発見。AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である『サブリミナル・インプレッション導出法』を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した、感性分析の第一人者。 近著に『家族脳: 親心と子心は、なぜこうも厄介なのか』(新潮文庫)、『シンプル脳育術』(エクスナレッジ)、『キレる女 懲りない男: 男と女の脳科学』(ちくま新書)、『いい男は「や行」でねぎらう いい女は「は行」で癒す』(宝島社新書)など。

Book Information

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「世界初の日本語対応型データベース」の研究から、言葉の研究へ


――どのような研究をされていたのでしょうか?


黒川伊保子氏: 配属されたのは人工知能の研究チームでした。私が就職した1983年という年は通産省の研究機関である新世代コンピューター機構、通称ICOT(アイコット)と言われた組織が立ち上がった翌年でした。この組織は、来る21世紀に汎用化するはずのロボットに使うための、人工知能の汎用プロセッサを作るという10年計画の研究所。ここに若手エンジニアが大量投入された年に入社したので、縁あってこの研究機関の仕事をすることになったのです。

――その時はどのようなお気持ちだったのでしょうか?


黒川伊保子氏: 好奇心だけは誰にも負けないので、全く嫌ではありませんでした。そこで私に課せられたミッションというのは、“ヒトとロボットの対話”でした。コンピュータに自然言語を理解させるという試みは、言葉フェチの私には、あまりにも面白いテーマでしたし。その研究の果て、1991年の4月に稼働したコンピュータのデータベースに、日本語で話しかけて検索をさせるという仕事をしました。当時は原子力発電所の技師さんたちが、原子力発電の過去の事故トラブル情報を出すのに、SQL文というジョブ文を書いてバッチ処理を走らせていました。彼らはコンピュータ技師ではなかったので、そのジョブ文を書くのも大変で、1検索に平均40分くらいかかっていました。そこで、電力中央研究所から「日本語で気軽に問い合わせをかけられるデータベースを開発してくれ」と言われました。大型機のバッチ環境で、逐次型の対話処理を実現するなんて、当時としては荒唐無稽なこと。富士通も良く挑戦したものだともいます。多くの苦難を乗り越えて、その研究は無事成功して、電力中央研究所の最高研究賞をいただくことができました。

――「世界初の日本語対応型データベース」としてマスコミに発表されましたね。


黒川伊保子氏: 4月1日には、日本語での問い合わせに答えてくれるデータベースが動き出しました。でも、私が産休に入る直前の7月に、「『ハイ』が続くと冷たい」というクレームがきたのです。このデータベースは「35歳の美人女性司書」を想定して作られました。「彼女」はプロの司書さんですから、返事は「はい」。ただ、「こんな事故のケースはありますか」「はい」「それには図面がついていますか」「はい」「FAXで送れますか」「はい」などというように「はい」が続くときがあるのです。それが冷たすぎる、生身の女性だったら「ええ」とか「そう」とか言ってくれるはず、といった内容でした。「こんなクレーム、聞いたことがない。これはデータベースであって人間じゃないんだけど!」とその時は思いました(笑)。でもある程度会話をしていくと、実際に機械でもキャラクターを感じるのです。そこで、ランダム関数というのを使って「はい・ええ・そう」をランダムで入れることにしました。でも今度は「いや、ここは『そう』ではないでしょう」といったクレームが入り、結構苦労しましたね。

――同じ肯定の意味合いでも、「ここではこう言ってほしい」というのがありますよね。


黒川伊保子氏: ランダムだと処理できないというか、違和感があるのです。人間の場合は、脳が無意識のうちにそれをジャッジしているのです。2020年にはおそらく言葉に対応するロボットが出てくるのですが、その社会になるまでに、こういう違和感を、私たち人工知能の研究者たちが処理しておかないといけないと思いました。語感が持っている感触を数値化して属性化してコンピュータの上にのせないと、私たちはきっとロボットを通じて人を傷つけるだろうと考えたのです。
ふと「私は、16歳の時それを研究すると思っていたんじゃなかったっけ」と、忘れていたものを思い出しました。それで32歳の時に、言葉の研究を始めたのです。そうやって、結果として言葉の研究へと進むことになったので、「抵抗しないで流されてみるものだな」と私は思いましたね。

言葉とイメージのつながりを探る


――どのような研究から始めたのでしょうか?


黒川伊保子氏: 言葉とイメージの関係については、20数年前は否定されていました。確かにソシュールの論文などを見てみると、音韻と恣意の間には関係がないときっぱり言いきっていたのです。言語学の女教授に、「ソシュールが既に否定してますから、この世にないものです。黒川さん、キレイも汚いも『キ』でしょう?好きも嫌いも『キ』よね。『キ』という音には意味なんて無いの」と言われたのですが、私にとって言葉は触覚ですから、それでも納得できませんでした。そんな時、心理学の領域に“ブーバ/キキ効果”というのがあることを知りました。それは雲のような形状の絵と星のような形状の絵の2つを被験者に見せ、「片方はブーバで片方はキキです、どっちがキキだと思いますか?」というと、98パーセント以上の方が尖っている方をキキだと答えるというものでした。それで「やっぱり言葉とイメージの間には、なにか繋がりがあるんだ」と私は思いました。そこで、心理学の領域に答えを求めたのですが、当時も今も、ブーバ/キキ効果には心理学上の答えは出ていないのです。「どうしたらいいんだろう。脳に電極を刺すとなるとお金がかかるし、困ったな」と息子におっぱいをあげながら考えていました。そんなある時、おっぱいをくわえ損ねた息子が、美しい単体子音のMを発音したのです。

――心理学と息子さんの発音がきっかけとなったのですね。


黒川伊保子氏: 「美しいわ、このM」と思ったと同時に「おっぱいをくわえる口の形がMの音の形なんだ」と思いました。M音というのは舌の上に柔らかな空洞を作り、そこに息を溜めながら鼻腔を鳴らして出すのです。「ママ」という発音も、おっぱいを加えた時の口の形で発音をすると素直に言えますし、世界中のお母さんがM音で呼ばれています。「うちの息子は、やがておっぱいを加えた時の感触は忘れてしまうけれど、将来マ行音を発音した時に、この柔らかい感じに出会うんだな」とすごく幸せな気持ちになりました。「語感というのは、口などで起こる物理効果が、私たちの感性の領域に届くことなんだ」と私は考えましたが、後に分かったのは、横隔膜から上で起こることの物理効果を、私たちの脳に結ぶイメージが語感なのだということ。私たちが無意識で歩くことができるのと同じで、言葉を発することは運動制御としてはかなり難しく、小脳が無意識のうちにしていることであっても、イメージに大きな影響を及ぼしているのです。タカコさんと言うと、口を高く開けますが、モエさんというのとは、違った印象を受けますよね?赤ん坊だった息子の発音をきっかけに、そういった研究を始めたのです。

――研究において、赤ちゃんからヒントを得られることも多いのでしょうか?


黒川伊保子氏: ええ、勿論あります。私たちには生まれつき人の口腔周辺の筋肉の動きを、そのまま脳裏に写し取る力があります。新生児の共鳴動作実験というものがあるのですが、赤ちゃんの顔を20センチぐらいのところに持ってきて、舌を出してゆっくり揺らすと、それを赤ちゃんが真似をするのです。私は人工知能の研究者だったので、生後からたったの3時間の赤ちゃんが、そんな複雑なことができるということに驚きました。これをロボットにやらせようと思ったら大変なことなのですが、私たちの脳の中にある鏡の脳細胞といわれるニューロンにより、生まれたばかりの赤ちゃんがその動きを真似することも可能なのです。

また、クリスマスツリーの点滅に合わせて、生後3か月の赤ちゃんが口をパクパクするといった例も確かめられていて、人間には、見た目の現象を口でなぞらえたいという欲求があると言われています。目の前の人が発音をすると、自分と同じ構造なので写しとりやすいから、授乳の時に話しかけないのはとても惜しいことなのです。私は授乳中はずっと喋っていましたし、1歳8か月で保育園に預けた時には、息子はもう三語文などで話していました。早いからいいということはありませんが、脳の領域に3歳までしか書き込めない情報もあるので、仕込みはしておかなくてはいけません。だから、母語で喋りかけることは非常に大事なことなのです。今は、LINEなどで授乳中の母親がほかのことに気を取られてしまうことも多いので、「この国はどうなっていくのだろう」と私は少し心配しています。

――発音しないと語感というものは分からないのでしょうか?


黒川伊保子氏: 実は、8才の言語完成期を過ぎると、字面を読むだけでも発音した時と同じように脳が活性化するということが、研究を進めていくうちに分かりました。逆に言うと8歳までの脳はそれが足りないので、その感性を足してあげるためにも読み聞かせをしてあげないといけないのです。小学校1、2年生の時に、宿題で音読が出るのは、そういった理由もあるのです。

語感の物理効果を数値化する


――語感の研究というのは、どのような過程を経て進められていくのでしょうか?


黒川伊保子氏: この研究の素晴らしいところは、MRIなどが不要なので、お金がかからないところです。もう1つ素晴らしいのは、多くの人に聞いたり、確認する必要がないことです。例えば、「カ」という音は喉を固く締めて、息を強く出して擦り出しながら出す音ですが、この喉を開ける瞬間とその開け方がちょっとずれると「カ」には聞こえません。つまり、ものすごく狭い範囲で私たちは正確に運動しているのです。ですからほんの数人の研究者に聞けば済みます。例えば、カキクケコで大きく違うのは息の通り道の細さなのですが、どの位細いのかということは絶対値にする必要はなく、相対値でいいのです。私たちが「カ」を出す時と「キ」を出す時では、息が滑ってくる面積はどんな感じ?といったように、みんなで話し合って相対値をつけていきます。評価をする時はオノマトペ(擬声語)で評価します。例えば「キンキン」と「ギンギン」だったら「ギンギン」の方が重いですよね?日本語はオノマトペが豊富な国なのでオノマトペを使って微調整をしながら、言語のデータベースを作っていきました。例えばスポーツカーの名前を入れると、「確かにこの音野並びはスピード感がありますね」などというように、目で見えるものとして、語感の物理効果を数値化したという意味では、世界初でしたね。

――『サブリミナル・インプレッション導出法』 ですね。


黒川伊保子氏: そうです。それが私の人生を助けてくれたなと思います。小さな頃から思っていた「言葉は触覚だ」という一点だけに絞ってここまできてしまった、という感じもありますね。

著書一覧『 黒川伊保子

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