能力を引き出し、成長させる
――苫野さんにとっての編集者というのはどのような存在ですか?
苫野一徳氏: 客観的に見る機会を作ってくださるのがとてもありがたいです。あと、「この人ならこれができるだろう」というような、洞察力がありますよね。「お前ならこれができる」と、ある意味、自分の能力を引き出してくれるようなところがありがたいです。自分でも「こんなこともできるんだ」って思わせてもらえました。これまでお世話になった編集者の方、皆さん、本当に優秀な方たちで、たくさん力を引き出していただいたなと思っています。
――能力の引き出し方とは?
苫野一徳氏: やり取りをしている中で、“自ずと気付かせる”ということだと思います。例えば、処女作は講談社選書メチエから出させていただいたのですが、「この若いのに書かせてやろう」という、その冒険心というか(笑)、無名の若造にいきなり書かせてくださって、それによって自分自身を成長させることができました。その後、中高生向けの本でも「こいつは分かりやすく書ける筈だ」、「中高生にも届く言葉を書ける筈だ」と、その方が僕の能力を見つけてくれました。今、自由論の哲学というのを書いているのですが、これも毎月ミーティングして、細かく原稿チェックしてくださっています。
――まさに今の世代、そして次世代の文化を作る担い手であり、その土台を作るという意気込みなのかもしれませんね。
苫野一徳氏: そうですね。それを本当に二人三脚でやっているという感じです。
――最近、電子書籍が登場して、出版すること自体の垣根は低くなっていると言われますが、今後も依然として編集者の役割は、大きいと思われますか?
苫野一徳氏: 僕は編集者とやりとりを重ねていって、本当に良い本ができたと思っています。第三者の視点が無いと、結局は独りよがりのものにならざるを得ない部分があるんじゃないかと思います。ですから編集者の力は、電子書籍が普及していく上でも必要だと思います。
――執筆に対する思いをお聞かせ下さい。
苫野一徳氏: 色々な人が抱えている問題を解くきっかけを少しでも作れたらという思いがあります。
あと、教育に関して言うと、立場によってそれぞれの思い込みや思い入れが渦巻く世界で、自分の経験を一般化してしまうので、議論がいつも迷走してしまうんです。なので、哲学的に「こう考えるのが一番原理的で、教育ってこういうもので、だからこうあればいいんじゃないか」という、皆が納得できる考えをちゃんと示した上で、そこを土台にして建設的な議論をしていかないと、本当に教育の議論ってどこにも行きつかないと思うんです。政策にしても、学校の実践にしても、「ここが土台ですよ」というのを示すのが、ひとまず教育における自分の仕事かなと思っています。
考え抜いて、解くこと
――取り組みや活動におけるご自身の理念やミッションは、改めて何だとお考えですか?

苫野一徳氏: なかなか難しい質問ですが、哲学者というのは、自分にとってどうしても解かなきゃいけない問題を徹底的に考えて解くのが、ある種、仕事だと思うんです。僕にとっては、「多様で異質な人がどうすれば承認し合えるか」というのが最大のテーマで、それがたまたま他の人にも大きな普遍的な問題だった。そのため、このテーマをとにかく考え抜いて解きたいという思いがあります。それをやるのが哲学者。自分にとっての問題を徹底的に解くということが、社会、そして世界にとっての問題を解くことにも繋がり得るような仕事をしたいなと思っています。
――読書や本というのはどのような存在ですか?
苫野一徳氏: 空気みたいな存在。本が無いということは考えられません。哲学書は何百、何千年もの歴史を持っていて、それを読むことは、その過去の偉人、哲人たちとの会話です。「皆同じことを考えていたんだな、同じことで悩んでいたんだな」とか、「この問題をこう解いたのか」ということを知ることができます。実は、竹田青嗣先生のもとでは、「世界の名著」というシリーズを全部読んで、レジュメを作って竹田先生と議論するという修行の時期があるんです。結局、今の哲学とか思想とか、どれだけ思いつきでものを言っても、過去の人がもっと優れた解を出しているんです。それを踏まえた上で、もっと先の、というのをやらないとダメだということは、竹田先生から学んだ大きなことの一つだと思っています。とにかく、本から過去のものを徹底的に吸収してやろうという気持ちは凄く強いです。
――電子書籍について、感じてらっしゃることをお聞かせ下さい。
苫野一徳氏: 研究者として本当にありがたいです。とにかく最高の環境が整っている。もう家に本が入らないので、それこそBookscanじゃないですけど、僕は徹底的にiPadに入れてます。自分で裁断もしています。
僕は基本的に、読んだ哲学書は全部レジュメを作って、ものによっては、それをかなり短くしてブログにアップするんです。そうすると、本を読んでレジュメにして、更にブログにあげるので、計3回くらい読むことになるんです。その作業を経ると自ずと頭に入る。そういう効果があるんです。そのレジュメ作りの時に、自分の言葉で纏めるのと同時に抜き書きもたくさんするんですが、その抜き書きを、電子書籍、或いはデータ化すると、簡単にコピペで出来ちゃうんです。研究効率を3倍にしてくれますね。あれを手打ちで作業していた時とは、もう格段に違いますね。
――今後の展望をお聞かせ下さい。
苫野一徳氏: 生涯テーマは、多様で異質な人たちがどうすればお互いに了解、承認し合えるかということ。とりあえずこのテーマを原理的に哲学する本の仕事を、40代ぐらいまでにはやりたいなと思います。もう原理は大体分かっているのですが、「このためにはこういう考え方」というのを原理群として、もっと具体的に展開するんです。まずその原理群を作り、例えば「社会はこうあると良い」とか、それこそ、「教育はこうあるべき」など、今やっていることを体系化していく感じでしょうか。「国際的にはこうあるのが良い」とか、「経済はこうあればいいんじゃないの」とか、そういうことをある程度体系化するような仕事を、これからはしていきたいなと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 苫野一徳 』