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松谷明彦

Profile

1945年、疎開先の鳥取県で生まれる。東京大学経済学部経済学科、同学部経営学科卒業。大蔵省主計局調査課長、主計局主計官、大臣官房審議官等を歴任。1997年より現職。2004年東京大学より博士(工学)の学位取得。2010年国際都市研究学院を創設。専門はマクロ経済学、社会基盤学、財政学。著書に『人口減少社会の設計』(中央公論新社)、『「人口減少経済」の新しい公式』『2020年の日本人』『人口流動の地方再生学』(日本経済新聞出版社)、最新刊に『人口減少時代の大都市経済』(東洋経済新報社)がある。

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市場経済は、「ベター」であるが「ベスト」ではない



松谷明彦氏: 今の経済はいわゆる市場メカニズムで動いています。その根っこには貨幣経済があって、貨幣を媒介としてものが作られ、流通していく。貨幣を媒介としているということは、貨幣を持ってない人は経済に参加できず、経済に対する発言権がないので、「本当の意味で人間の幸せにつながるシステムなのか」という問題があります。仮にアフリカで10万人が亡くなる疫病があっても、その10万人はお金を持っていないため、治す薬は開発されない。でもアメリカで100人の人が亡くなった病気があれば、たちまち薬は開発される。お金のある人が相手でないと商売にならないから、お金のない人の意志は経済に反映されない。しかし民主主義の政治では、人間として生まれた以上、1人1票としての意見を言えるのです。経済ではお金が100あったら、1の人よりも100倍発言権があるという仕組みです。
しかし、例えば権力によって資源が好きなように配分される経済は貨幣経済よりもひどいでしょう。専制君主であったり貴族であったり、ごく一部の人々の意志によって資源が配分されるよりは、貨幣経済の方がはるかに多くの人が市場に参画できる。共産主義的な計画経済も、計画を作っている人の意志であって、多数の意志は反映されていません。中国だって、結局市場経済になってきました。



――市場経済の欠点を解決するためにはどのような視点が必要でしょうか?


松谷明彦氏: 市場経済は人類が発明した中で、多分一番ベターな制度でしょうが、ベストではありません。ベストな制度は何かということを、常に追求しなければいけないわけです。追求を忘れて、「貨幣経済以上の制度はないんです」と言ってるような経済学者は、経済が何のためにあるのかを忘れています。ベストな制度を考えるのが私の経済学に対する視点の1つです。もう1つは企業について考えることです。企業があるから、より効率的により良いものが生み出される。いいことです。しかし良かったのは、日本で言うと昭和40年代くらいまで。その頃までは確かに企業が豊かになると従業員も一緒に豊かになって、企業の発展と国民の豊かさがパラレルに実現されていました。でも今では、企業は豊かになっても、個人は豊かにならなくなってきています。

余暇時間が、人の豊かさを表す



松谷明彦氏: 大学の時に読んだ新開陽一さんの『マクロ経済学』という教養課程で使う教科書に、「企業は個人の欲求をよりよく満たす限りにおいて、その社会的存在を許される」という、とても興味深いことが書かれており、私はそれを非常に重要な視点だと思っています。企業は人々がより豊かな生活を送るための道具に過ぎない。ところが最近はその道具の方が強くなってしまった。今、日本では家計貯蓄よりも企業貯蓄の方が多いという異常な事態に陥っています。通常、企業は貯蓄せずに借り入れをして、家計が貯蓄する。そして家計が貯蓄したお金が、金融市場を通じて企業に貸し出され、企業はその資金で設備投資をして、ものを作る、すなわち富を生み出していくのです。どこの国でも、企業貯蓄はマイナスか僅かなプラスです。ところが日本だけは、生産活動によって生じた利益を、労働者に回していないから、企業貯蓄の方が家計より大きい。ものとマネーの循環が、ものを買う方に向かわず、循環から抜け落ちているのです。すると需要不足が起きます。デフレの正体は、企業が自分のお金貯め込んでいるからです。それが経済の低迷、及び、国民生活の貧しさにつながっています。



――経済学は異説が真っ向から激しくぶつかる分野でもありますね。


松谷明彦氏: イデオロギー的な議論は不毛なところが多くて、もっと実態に即した議論をした方がいいと思います。私は、イデオロギーではなく「どうすれば人々の生活が豊かになるのか」ということを根源から考えたいと思います。経済は、分業によって、より少ない労力で、自分が生活していくために必要な物資を手に入れられるようになったことから始まります。その結果、余暇時間が生じることで人々が豊かになりました。経済にとって一番大事なのは余暇時間だと思います。より多くの余暇時間を生み出す経済、ビジネスモデルがより良いのですが、今はビジネスモデルに対する評価基準がちょっと違ってきています。政府が「どういう経済政策を打ち出すか」という時に真っ先に考えるべきは、「より多くの人々をより豊かにする」ということだと思います。残念ながら今の自民党がやっていることは、既に時代に合わなくなっている既存の制度や社会の枠組みをなんとか維持したいということです。それが彼らの政治資金の源泉だからでしょう。でも、より多くの人が安心して豊かに暮らすためには、制度が機能しなくなったらもう変えるしかないのです。

――余暇時間を多く生み出すために日本が進む道はどういったことでしょう。


松谷明彦氏: 65歳以上で働いている人が、男性では30%と、今の日本は就業率が高過ぎます。フランスは1%、ドイツも2%程度です。働きたいという人が働けるのは、決して悪い社会ではありません。しかし、歳を取ったのに働かなければ食っていけない社会というのは確実に悪い社会です。65歳以上の人たちの就業率を下げることが経済政策の目的であるべきなのに、年金の収支が悪いから、定年を延長していつまでも働けと言っている。それではなんのための経済、社会システムなのか、と私は言いたいです。私にとって経済は、より多くの人をより豊かにする手段であって、その観点から経済を常に見直す姿勢を忘れてはならないと思います。

著書一覧『 松谷明彦

この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『考え方』 『研究』 『教育』 『クリエイティブ』 『メディア』

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