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世界中の本好きのために

結城浩

Profile

1963年生まれ、関東在住。 数学を題材にした青春小説『数学ガール』シリーズ(ソフトバンククリエイティブ)の作者。2013年7月から新シリーズ『数学ガールの秘密ノート』を刊行。数学、暗号技術、プログラミングの入門書を数多く出版し、そのいくつかは英語、ハングル、中文繁体字にも翻訳されている。
【公式サイト】 http://www.hyuki.com/

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読者が繰り返し読みたくなる本を書く



結城浩さんはプログラマーであり、技術ライターとしてプログラミングの入門テキストを中心に雑誌連載、翻訳、『数学ガール』シリーズなど、幅広く執筆活動を行っています。Kindleなどでも翻訳書を出版している結城さんに、本とのかかわり、電子出版についてのお考えについても伺いました。

数学ガールの新シリーズ『数学ガールの秘密ノート』制作中


――結城さんといえば『数学ガール』シリーズのヒットが有名ですね。


結城浩氏:数学ガール』のメインのシリーズはこれまで5冊が出ていますが、今度は新シリーズが始まります。メインのシリーズも人気があるのですが、内容に難しい部分もあるんですね。そうすると読者さんの中には「面白そうだけどちょっと難しいかな」という方もおられるようです。今度始まる新シリーズでは、メインのシリーズを難しいと感じる方、中学生や高校生、それに「昔は数学が苦手だったけど」という社会人にも楽しんでいただけるような「やさしい数学対話」にしたいと思っています。やさしくて軽いタッチの『数学ガールの秘密ノート』という新しいシリーズです。

――数学ガールの新しいシリーズを作られたのはどのようなきっかけからでしょうか?


結城浩氏: もともと「やさしい数学をやりたいな」という気持ちがあったのと、新しいメディアであるcakes(ケイクス)という読者さんとクリエイターをつなぐサイトでウェブ連載を始めることになったというきっかけが重なったのです。初めはおそるおそるでしたけれど、書いているうちに「やさしい数学でも、面白みのあるものが作れる」という手応えがありました。
学校で算数や数学を教えるときって、普通は先を急ぎすぎるものです。方程式を一つ解いたと思ったら「基本は分かったね。それじゃ、次はこれ。次はこれ。次はこれ」といったようにどんどん進んでしまう。生徒自身がじっくり楽しんだり、味わったり、「こうしたらどうなるかな?」のようなことを試す余地がない。生徒は大忙しです。でも本来は、ちょっとした問題でも「どうなると思う?」「こうかな?」なんていう対話を友達とできれば楽しく学べていいのになあと思います。

何かに役立つ、役立たないと考えることこそ、数学離れに拍車をかける


――最近は理系離れと言われて久しいのですが、結城さんのご本が、そういった現象の緩和にすごく役立つと思うのですが。


結城浩氏: うーん、それは微妙なところがありますね。きっと私の本は理系離れの役に立つとは思いますが、それとは別に「理系離れに役立つから使おう」という短絡的な発想はまさに理系離れを作っている面もあるのじゃないかなと思います。「これは役に立つからOK、役に立たないからダメ」という発想だけで考えると、算数や数学は面白くなくなってしまいます。そうではなくて、むしろ本当の意味で数学を楽しむ方がいい。そこに語られている数学の意味をじっくり考えるきっかけを与えることが大切です。いい題材は数学にたくさんあります。それが目の前に出されたときにていねいに味わうのが大事です。教師の大切な役割は、考え・学んでいる生徒をきちんとガイドすることです。「これは役立つから使う。これを使いさえすれば大丈夫。役立たないものはダメ」というやり方は、理系離れを促進してしまうと思います。
本当の意味で楽しければ「もっと知りたいな」と思います。「そういえば、あの本に詳しく書いてあったな」と調べ始めたり、「あいつの解き方面白かったな。もっとすごい解き方を自分でも考えてみたい」と思ったりします。そういうやりとりを経験した生徒は学んだことを忘れませんし、自分でどんどん先に進んでいくものです。

キャラクターに勝手にしゃべらせてそれを記録する


――結城さんご自身も楽しんで書いていらっしゃるのではないでしょうか?


結城浩氏: その通りです! 私の普段の書き方はこうです。自分の中にいるキャラクターに問題を与えて、勝手にしゃべらせる。そのしゃべっていることを、ブログを書くように、私が記録していく。「僕」という高校生、いとこの中学生ユーリ、元気いっぱいの高校生テトラちゃん、それに才媛ミルカさん。そのキャラクターたちがやりとりをする。それぞれのキャラクターが、自分なりのアプローチで問題に取り組むわけです。そうすると彼女たちは自然に「こう計算したらどうなるかな?」「難しいよ。その説明じゃわかんない!」などと騒ぎ始めます。かわいい妹分から上目遣いで「わかんない」なんて言われたら、「しょうがないな」と言いながら教えるしかないですよね。確かにそれは楽しいことです(笑)。

子供のころから読書好き、講談社のブルーバックスシリーズに育てられた


――今日は幼少期のころまでさかのぼって、読書体験も含めてお伺いしたいと思います。


結城浩氏: 本を読むのは大好きでした。小学校のころですと、地域の図書館で、江戸川乱歩の子供向けに書かれた『怪人二十面相』や『シャーロックホームズ』などの探偵ものを読みましたね。自分の貸し出しカードだけじゃ足りなくて家族全員分のカードを私が一人で使っていました。そのときはじっくり読むというよりは大量に読んでいましたね。小学校から中学校のあたりですが、父親に連れられて行った大きな本屋で講談社のブルーバックスシリーズを買いました。相対論や四次元の宇宙をテーマにした科学読み物や物理パズルの本などを読んでいました。私が大好きだったのが、マーチン・ガードナーの『数学ゲーム』です。ボロボロになるまで読んですごく楽しかったのを覚えています。ブルーバックスシリーズには中学高校と育てられた感じで、お小遣いを貯めては買っていました。

――『数学ゲーム』では、どのようなことに影響を受けられましたか?


結城浩氏: その本は、マーチン・ガードナーが、『サイエンティフィック・アメリカン』という雑誌に連載した理数系の読み物なんですが、数学的なパズルや、ストーリー仕立てになっているクイズがあって面白かったです。私は『プログラマの数学』という本も書いたんですが、それを書くときには『数学ゲーム』を結構意識していました。『数学ガール』シリーズもガードナーの『数学ゲーム』の影響を受けているかもしれません。

――中高生のころから、今の執筆の素地はあったのですね。


結城浩氏: 社会人になるあたりでプログラミングの雑誌に原稿を書き始め、人に読ませる文章を書くことを意識するようになりました。でもそのときにはあまりガードナーは意識していなかったかな。だから『プログラマの数学』や『数学ガール』で、「数学もの」に一回りして戻ってきた感じがあります。

単行本を作るということは、フルコースのディナーに似ている


――本をお書きになろうとしたきっかけはどんなことでしょうか?


結城浩氏: プログラミングの雑誌に連載記事を書いていたのですが、そのときには「本を書く」ことはまったく意識していませんでした。あるとき編集者が「結城さんは本を書かないの?」となにげなく言ったんです。私はそのとき初めて「そうか。本を書いていいんだ」と思いました。それがきっかけで本を書き始めました。最初に書こうとした本はC++というプログラミング言語を使ったオブジェクト指向の本だったのですが、結局それは完成しなかったんです。そのころ私は独身で、自分が使える時間はたくさんあったはずなんですが、本が出せるようになったのは結婚してからです。不思議なものですね。
それで思い出したんですが、そのころ、ある編集長さんから「連載記事と本の違いは何か」という話をうかがったことがあります。「連載記事は一品料理のようなもの。でも一冊の本はコース料理のようなもの。コース料理は前菜から始まってメインディッシュ、最後にデザートとコーヒーがくる。その全体を味わって、コース料理を食べましたという感じになる。そのようなまとまりが本には必要だ」というお話でした。言い換えるなら、連載記事をただつなげただけでは本にはならないということですね。二十年前に言われたことですが、今でもそれは意識しています。ただつなげただけではだめで、ひとまとまりを作る必要があるのです。

――自分の本というのはどのような存在でしょうか?


結城浩氏: それに答えるのは難しいですね。まず「いま書いている本」が一番かわいいです。でも書いた後は、自分の本であっても少し距離を置くというか、他の人が書いた本と同じように「ある人が書いた一冊の本」という感じがします。だから読み返して「いやあ、この本面白いなあ!」と自分の本に対して思うこともよくあるんですよ。(笑)

ベストセラーよりもロングセラーを狙っていく


――執筆スタイルについてお伺いしたいと思います。


結城浩氏: 普段はドトールやスターバックスで、ノートパソコンで地道に書いています。

――編集者とのやりとりというのはどのようにされますか?


結城浩氏: 『数学ガール』の編集者さんはもう長いつきあいなので、執筆中の細かいやりとりはほとんどなく、ときどき「今こんな状況です」と連絡をするくらいですね。だから特に締め切りなどもあまりなく、原稿が書き上がった時に本ができます。

――そういう風に、着実に書いてこそ、ロングセラーになるわけですね。


結城浩氏: 私は、ベストセラーよりもロングセラーを書きたいといつも思っています。いま私たちが本屋に行くとたくさん本が並んでいます。でも二十年経ったらそのうちの大半の本はなくなっているはずです。でも私は二十年後も本屋さんに並んでいる本を書きたいです。いや、たとえ本屋さんに並んでなくても、読んだ人がちゃんと覚えている本、あるいは自分の本棚に置いておいて繰り返して読みたくなる本を書きたいと思います。

自分も電子書籍のユーザー、読者がスキャンして本を読む気持ちがよく分かる


――たとえば読者が本屋さんで買った結城さんの本を電子化して、電子媒体で読むことに関して、何か思いはありますか?


結城浩氏: 私も電子媒体で本を読みますので、抵抗はまったくありません。私はScanSnapで自炊もしますし、ブックスキャンも利用しています。電子化した本は現在800冊くらいあります。そのうちブックスキャンで電子化したものは100冊くらいでしょうか。電子化した本がなければ、私はいま仕事ができないです。ノートパソコンを持ってスタバに行って『数学ガール』を書いているときに「あの参考書にこういうことが書いてあったな」と思い出したら、PDFを検索して読みます。電子化した本は普通に仕事の道具になっていますね。

――電子書籍の魅力や可能性についてもお伺いできればと思います。


結城浩氏: 電子書籍という言葉は意味がずいぶん広いと思います。いわゆる自炊したものの話は含めるのか、アプリ形式はどうか、ウェブは入れるのか、メルマガはどうか。意味の範囲が広いですよね。もっとも、私は電子書籍だからどうこうという気持ちはあまりありません。書き手としては「読者のチョイスが広がるのはうれしい」という気持ちが一番大きいです。私はいつも読者のことをイメージしていたい。電子書籍をめぐる環境はまだまだ過渡的です。たとえばDRMをどうするか。読む機械は何を使うか。電子書籍のフォーマットはどうするか。プラットホームを作ろうとしている側の人は何とか大きなビジネスにしようとするでしょう。でも電子書籍をめぐる状況がどう変化していったとしても、エンドポイントをしっかり把握していることが大事ではないかと思います。つまりは書き手と読み手ですね。書き手は、途中にある特定のチャンネルのどれかにコミットしすぎるのは正しくないと思います。どういうことかというと、紙でなければいけないとか、電子書籍は絶対だとか、フリーこそが至高とか、DRMは必須とか…そういう偏りはどうかなと思います。未来を予測するのは難しいですが、プラットホームやメディアは、書き手と読み手を適切につないだものが生き残ることになると思います。

中古書店も図書館も、自分の本を宣伝してくれる貴重な媒体


――中古書店についてはどうお考えですか。


結城浩氏: 書籍が中古市場に出て、さらに再買い取りのようにぐるぐる流通していると、著者に一銭もお金は入りません。それはまさにその通りです。でもよく考えると、間接的にはそうではありません。なぜかというと、中古市場も重要な宣伝媒体だからなんです。たとえば、『数学ガール』の本やコミックスに中古書店で出会う人はいるわけです。それは図書館で出会うのと全く同じです。つまり私は一銭もお金をかけていないのに、本を読みたい人に宣伝してくれているといえなくはない。

――そういう捉え方なのですね。


結城浩氏: Twitterで「『数学ガール』の本が高いなあ」というツイートを見かけると、私は「ぜひ図書館をご利用ください」とリプライすることがあります。図書館で借りても返さなくちゃいけない。学校の図書室で読んだけど卒業した後に読み返したくなる。そのときに「『数学ガール』はやっぱり買うか」という人はとても多いです。書き手として私が心がけているのは「繰り返し読みたいという本を作ろう」ということです。どんどん湧き出て流れ出すように面白い本を作りたい。そしてその流れをみんなに見つけてほしい。それで「うわっ、こんな面白いシリーズがある。結城さんという人が面白い本を書いている」と気がついてほしい。そのためにはきっかけが中古書店だろうが図書館だろうがなんでもいいんです。
『数学ガール』の翻訳本は、初めの2章を無料でPDFで読めます。私も『数学ガール』の前身となったPDFを無料で読めるように公開しています。そうすると何が起きるかというと、既に読んだ人が友達に「試しにウェブで読んでみたら? 面白いよ」と紹介できるんです。読んだ本が面白かったら友達に勧めたくなるものですよね。

――必ずしもお金の問題ではないわけですね。


結城浩氏: もちろん、誰も書店で本を買わなくなるような状況は困りますが、合法的な範囲で流通しているのであれば、あまり必要以上に目くじらを立てるのもどうかなという気はします。

――図書館にすら置いてほしくないという方もいらっしゃる中で、やはり自分が書いたものが広まってほしいというのは、書き手として本来の希望ですね。


結城浩氏: 自分が書いたものを読んでもらいたいというのは確かにそうです。もちろん「図書館に置かないでほしい」「中古書店で買わないでほしい」という書き手がいらっしゃるのは理解できますし、そのような方々を非難するつもりはまったくありません。でも、私個人としては自分の著書に関してそうは思いません。さまざまな経路を使って私の本に出会ってほしいと思います。

中高生に読んでもらうためにも、多次元なメディア展開は重要


――流通の経路としての電子媒体の可能性というのはどうお考えですか?


結城浩氏: 電子媒体はもちろん非常に重要です。たとえば、今度から始まる『数学ガールの秘密ノート』シリーズは、ウェブで連載していたものを本としてまとめたものです。内容は中学生や高校生を対象にしているんですが、ウェブでの決済の都合上どうしてもクレジットカードが必要になってしまい、対象読者とはちょっぴりずれてしまいました。ですから、毎週最新回が公開されるたびに時間指定で無料で読めるリンクをTwitterでツイートしています。読者さんの中にはそのリンクを楽しみにしてくださる人がいます。また「ウェブでも読んだけど、紙でじっくり読みたいです」という方もいます。そういう意味でも多次元なメディア展開というのは、とても大事かなと思います。読者が読むチョイスを増やすということですね。

――最後の質問になりますが、今後の展望を伺えますか?


結城浩氏: メインの『数学ガール』のシリーズは、少し間があいても継続して出版したいですね。『数学ガールの秘密ノート』シリーズは、ずっと続いているウェブ連載をまとめて、だいたい一年に二冊のペースで続けていきたいと思っています。さらにずっと先の新しい展開としては、数学とはまったく別の「物語」を書いていきたいという思いもあります。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 結城浩

この著者のタグ: 『数学』 『考え方』 『可能性』 『古本屋』 『プログラマー』 『図書館』

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