著者の肩書はプロレスのチャンピオンのようなもの
――組織の中で個人が埋没してしまうということもありますか?
常見陽平氏: はい。ネット上の実名発信問題については、それは企業社会の問題でもあって、企業ブランドをつけた状態で世に出にくいっていうのも事実なんですね。やはり会社のしがらみというのがあって、僕も会社員時代に著者デビューをしてたんで、そのころは面倒なことがいっぱいありました。当時おもちゃメーカーで人事をやっていたのですが、陰口をたたかれたくないので一生懸命働いて、空いている時間で執筆していましたが、そういった時にも、「本に会社の名前を出すな」とか、「本を書いてる暇があったらもっと働け」と色々言われて、「小さい世界だな」と思ったものです。リクルート時代の先輩や同僚からも「あいつは会社にいた時は大したことなかった」とかいまだに言うんです。本当にくだらないなあと思いつつ、世の中、そんなもんですよ。
――すごい人のロールモデルが表に出ないと若者も戸惑ってしまいますね。
常見陽平氏: ビジネスパーソンとしてのすごさとか、著者としてのすごさは測定するのが難しい中で、皆が背伸びをしなくちゃと思っているから、ずれるんですね。比べてしまう気持ちもよく分かります。名刺に載っている社名が気になるとか、役職がついているかどうかを見てしまう。僕はまだタイトルなどを取ったことがないので、「無冠の王者」なのですが、僕をバカにしてきた人に対して理解してもらうために、また、今まで応援してくれた読者のために、タイトルも必要かなとたまに思ったりしますね(笑)。
本当に良い本はじわじわと評価される
――本の世界では「何万部突破!」といった部数が肩書になることもあるようですね。
常見陽平氏: 何万部売ったというのは確かに偉いのですが、発行部数ですからね。実売何冊という表記はあまり見たことがない。あとは「何とか書店で第何位」とか。友人がある日そういうランキングに載ったんですけれど、同じ会社の人が、1つの書店に駆けつけて皆で買ったらしい(笑)。著者もいい加減な世界で、社長であればわりと簡単に著者になれたりしますし、実際に自分で書いていなかったりしますしね。ただちょっとフォローすると、完全なゴーストライターってのは良くないと思いますが、口述筆記っていうのは手法としてはありかと思います。編集者の方が、口述筆記の方がその人の本音が出ることがあるってことを教えてくれたんです。自分で書いていると恥ずかしくて書けないこともありますからね。インタビューで色々世間話をしながらエピソードを編集・校正した方が本が良くなることもあるようです。
――本当に実力のある著者とはどのような人でしょうか?
常見陽平氏: すごい著者ってどういう人だろうかと、僕もよく考えます。世の中を動かしているかどうかとか、学術の世界とか含めて支持されるかどうかとか、出版社が頑張らないで売れるかとか(笑)。売れた本と売った本があるじゃないですか。部数刷って棚作って売れたかのような事実を作るんじゃなくて、自然に売れていくような本がいい。例えば、ニルヴァーナの「ネバーマインド」。赤ちゃんが泳いで釣り針のお金を追いかけている有名なジャケットのものですね。あのアルバムの売れ方は、ビルボード初登場178位くらいだったはず。当時僕は高校生だったのですが、何か音楽雑誌で人気がじわじわと上がっていって、最終的に全米ナンバー1になった。半年位かかったんじゃないかと思います。ああいう形でナンバー1になったら良いなと思ったりします。
――ロングセラーでずっと売れ続ける本もありますね。
常見陽平氏: 日本の書籍では、例えば『思考の整理学』は、リバイバルヒットで大増刷しましたし、木下是雄先生の『理科系の作文技術』という1980年前後に出した本は毎年、新入学新学期シーズンに東大の生協と京大の生協でベスト10に入る。大前研一さんの『企業参謀』もずっと売れ続けています。ああいう息の長い本は、本当に良書だと思います。そういう認められる本を書きたいですね。
同世代では、僕は稲泉連さんと速水健朗さんをとても尊敬していて、稲泉さんは、とにかくすごい取材をするし、文章がうまい。大宅壮一ノンフィクション賞を最年少受賞していますからね。『仕事漂流』もすごく良くて、一字一句大事に書いているなと思います。速水健朗さんは1つ年上なんだけど、やはり1冊1冊掘り下げてよく調べてまとめているし、冷静と情熱の両方の視点を持っていて文章も面白い。
僕が最近出した本では、『僕たちはガンダムのジムである』とか『自由な働き方をつくる』とか。『「意識高い系」という病』も継続的に評価されているでその可能性があるのではないかと思っています。白河桃子さんと共著の『女子と就活』も。じわじわと評価されたいですね。