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世界中の本好きのために

宇多丸

Profile

1969年東京都生まれ、早稲田大学卒。日本のヒップホップ・シーンを代表する"キングオブステージ"こと「ライムスター」のラッパーであり、またラジオ・パーソナリティとして、自らのTBSラジオ番組「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」でギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を受賞するなど活躍中。

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読む本がないと、落ち着かない。僕は「活字中毒者」なんです



ラップグループ「ライムスター」のラッパーとして活動する一方で、ラジオ・パーソナリティや映画・音楽・アイドル評論家など、幅広いジャンルで活躍している宇多丸さん。現在、多数の雑誌でも連載を抱える超うれっ子コラムニストでもある宇多丸さんに、最初に文章を書きだした理由や好きな本、電子書籍の未来について聞いてみました。

人生最初の仕事は、ラップでもラジオでも映画でもなく「原稿を書く」ことでした


――早速ですが、今現在のお仕事についてご紹介いただけますか。


宇多丸氏: 一応メインは日本語ラップのグループ「ライムスター」というのを89年に結成して。そして、93 年にアルバムを出して、そのぐらいから、ほそぼそと活動を続けています(笑)。同時にラジオのパーソナリティをやったりとか、最近はぼちぼちテレビにも出演させてもらうようになっています。

あと、実はラップでお金をもらうより前に、原稿でお金をもらう仕事を先にしていましたね。連載とかもいくつかずっとやっています。例えば一番長くつづいているのは、月刊誌BUBKA連載中の「RHYMESTER宇多丸のマブ論」というアイドルソングの時評の連載。これは、12年やってます。実は、僕自身、書き仕事は、かなり長くやっているんですよね。最初は音楽ライターとしてお金をもらっていたこともありますが。

――ラップよりも先に文章でお仕事されていたんですね。原稿を書くきっかけはなんだったんですか?


宇多丸氏: 大学で「ソウルミュージック研究会」という所に入ったのがきっかけでした。これは別に何か自分たちで演奏とかをするサークルではなく、レコードを買ってきてそれについてお互いが品評しあう愛好家集団のようなもので。でもそのサークルは伝統があって、ものすごく音楽に詳しい先輩方がたくさんいた。さらに、そのサークルで、小冊子を出していたんですね。いわゆる同人誌です。それを、当時の輸入レコード屋とかに、直接卸して売ってもらったりしていたんですね。今で言うZINEみたいなやつですかね。

もちろん、冊子の中身は、サークルメンバー全員で書くのですが、原稿を書いて売っているうちに、「ブラックミュージックレビュー」という伝統ある音楽批評誌から、まあ、先輩に間に入ってもらって「ちょっとレビューをやってみないか?」と言われて書き出して。

当時ヒップホップ・ラップ専門の洋楽にも、当然ライターが存在したんですけど、もともとブラックミュージックの人がラップ・ヒップホップにも記事を書いているという感じだったから、僕らからすると読んでいるとすごく不満が多かったんです。

だから、当時は、非常に攻撃的な筆致で、「前号のあの記事は間違っている」みたいに、ほかの記事を批判する記事をひたすら書き散らかす、ものすごい生意気なスタイルでライターをやっていました(笑)。それをものすごく硬い文章で書くみたいな。当時は、ライター・佐々木士郎(宇多丸さんの本名)として、最初はそれで生計を立てようとしていました。

「本」がキレると禁断症状を起こします!


――そこから宇多丸さんのコラムニストとしてのキャリアが始まるんですね! これまで、たくさんの文章を書かれるにあたって、沢山読書もされてきたと思うんですけども、どんな本を読まれてきたんですか?


宇多丸氏: 本当によく読む人に比べると、僕なんかは全然読んでいないと思います。そんななかで、やっぱり一番多いのは映画評論本や監督のインタビューなど、とにかく映画関係の本ですね。それは昔から好きでした。

――ちなみに、これまで何冊ぐらい読まれたんですか?


宇多丸氏: 何冊?(笑)いや、数えた事がないですけど。ただ、だいたいいつもバッグに2~3冊は入っていて、平行して読んでいるという事ですかね。文字通り活字中毒という言葉がありますけど、本当に一人でご飯を食べる時とかに、何にも読まないと気が狂いそうになるんですよね。出掛けた先で、読んでいる本がもうちょっとで終わりそうだとするじゃないですか。そうすると「これが切れたらまずい」って焦る。万が一何にも持たずに出てしまってご飯となったら、しょうがいないからメニューとかを読んでたりします。

――宇多丸にとっての本というのはどういった存在ですか。


宇多丸氏: うぅ~ん…。どんな存在…。常に欠かせない状態なので。切れると怖い、シャブですよね。本とはシャブ……ってこんなの書けないですね(笑)。

でも要はさ、シャブで例えると、本で覚醒、目がさめたりする事もあるんですよね。やっぱり、有害な読書だってあるというか、だから面白いんで。先生方とかPTA的な感じで「本を読みましょう」って言うけど、本って大雑把すぎだろと。だからそういう意味でもやっぱり麻薬的というか、薬に近いものがちょっとある気がします。ぼくは無いと、「あぁぁぁ…」っていう感じですね。だから切れるとつらい薬のような(笑)。

トイレとかにも必ず置いていますし。項目毎に見開きで細かく分かれているような本は、トイレまわしですよね。それで、ようやく半年かけて終わった、みたいな。すげえ汚い本になっていますけど(笑)。

佐々木マキさんの絵本「やっぱりおおかみ」は小さいころからの愛読書


――ところで最初の読書体験はどのようなものだったんでしょう。


宇多丸氏: 最初はね、たぶんね、読み聞かせというのをすごくしてもらっていたんですけど。自分でページをこうめくってというと、たぶん「かがくのとも」「こどものとも」とか。これは、福音館書店の絵本で毎月出るやつ。「こどものとも」が物語系で「かがくのとも」が理系っていう両ラインがあって、そのシリーズがとにかくすごく好きだったし、今でもたまに読みかえすぐらいです。佐々木マキさんの作品が入ってたりして、なかでも「やっぱりおおかみ」が大好きで。今思うと、けっこう豪華なメンツですよね。今でも本屋に行けば並んでいると思うんですけど。

――小さいころから周囲に本が多かったんですね。


宇多丸氏: 父も母も本好きだったので、たぶん平均よりは本がある家だったんですよね。

SF、カルチャー、ガン……とにかく雑誌が大好きでした 


――数々の本の中で人生の転機になったものをご紹介頂ければと思います。


宇多丸氏: 僕は年齢的に、本よりも雑誌の世代なんですよね。僕の中で一番比率が大きいのは、むしろ本より雑誌だったかもしれない。それこそ本屋をフラフラしていて、「あっ」と思って手に取って見た物から広がっていくというのが多いんですよね。

例えば「スターログ」というSF雑誌があって。手に取ったきっかけは、スターウォーズが好きになって、そういう映画にのめり込み始めた時期だったからなんですけど、「スターログ」は一応SF専門誌でありながら、同時に海外文学とか、もっと広いくくりのファンタスティック映画だったりとか、アメリカの古いテレビだとか、SFアートだとか、とにかく何かサブカルチャー全般にすごくオープンな媒体だったんですよね。だから、それ以降の趣味嗜好には、「スターログ」をずっと読んでいた影響がすごく大きいですね。

あと80年代の「ポパイ」とか。それと、僕は銃器の類が好きなんですけど、小4のときに渋谷パルコのポストホビーというお店で「Gun」という有名な専門誌を見かけて、母親に買ってもらって、それ以来ずっと読み続けてたことも大きいです。

――そういった本を買ってもらうのに反対とかは無かったんですか。


宇多丸氏: 完全に自由ではないですけど、本と映画に関しては何かごちゃごちゃ言われた事はないです。そこはお金をケチるなみたいな感じでしたね。

『ヒッチコック映画術』を読んで、映画本にどっぷりはまりました


――宇多丸さんといえば、本当に沢山映画を日ごろからご覧になっているそうですが、正直飽きたなと思った事ってありますか。


宇多丸氏: 飽きてはいないですけど、大変だなって思います。でも本数の問題じゃないんですよね。むしろ、「シネマハスラー」を毎週一本やるというせいで、本数が観られなくなっているのが、すごくイヤなんですよね。要するにその1本のためにかけなきゃいけない、調べたりする手間やコストがすごくかかる。あと、その週に扱う物の事以外、あまり考えなくなったりしちゃうし。

ただ、その一方、見る映画の幅が広がって、豊かな経験をさせてもらっているなとは思っています。

当初、自分が観る予定じゃなかった映画を観るほうが多い。本の例えで言えば、「だいたいこの本にはこういう事が書かれているであろう」という、ある程度内容が想定できる本があります。こういう本のことを僕らは「強化系」と言っているんですけど、「もう知っているし思っているし」という事を強化するために読む読書ってあるじゃないですか。こういう読書はすごく自分にとっては心地いいし、これはこれで結構なんだけど、そればっかりやっているとちょっと視野が狭くなったりとか、考え方が貧しくなったりしてしまいがちなんですね。

映画も同じで、自分の好きなほうだけを掘り下げていくのはいいんだけど、自分が「イヤだな」と思う映画を観ることなどで、興味の対象の外側に触れていくというのも刺激的かなという気がするという感じでしょうか。ただ、これのせいで、本当に観るべき物とかを見逃していたりするのも事実なので。

でもイヤイヤ観ているから時間の無駄かっていうと、そんな事はないんですよね。例えば学校の教科書や課題図書などで、何でこんな物を読まされなきゃいけないんだと思ったものこそ、後から考えればちゃんと意義があったりとか。人間ひとりの嗜好や視野なんて放っておけば狭くなる一方だから、たまには外部の視点を無理くりにでも注入したほうがいい気がするんですよね。

あとやっぱり、最初は「イヤだな」と思っていたものでも、ごくまれにでもなく頻繁に「あ、結構いいじゃん」とか「こういう所がいいんじゃん」とか、そういう事もあるし。全く知らなかったいい事を知る事も多々あって。例えばその作品そのものはよくなくても、それに派生する何かで、「こっちのテレビシリーズはすごく面白かったなあ」とか。最低限「なるほど、人気がある理由は理解できました」という勉強にはなるかもだし。何も無駄にはならないという事でしょうか。

例えば「小林よしのりなんて…」って言っている人が、ちゃんと小林よしのりを読んでいるかっていったら意外と読んでない。まぁ、明らかに考え方が合いそうもない人の意見に触れるのって、確かにかなり体力使うのは間違いないですけど。でも「読んでもいないのに批判していいのかな」とは思うんですよ。



ネット検索では出会えない、「驚き」が本屋にはある


――趣味の一つに書籍の購入とあったと思うんですけど、どういったところで購入するんですか。


宇多丸氏: ぶっちゃけ、Amazonが多くなりましたね。本好きの友人とか、それこそネットであの人がコレを褒めているというのでチェックしておいて、即買ってしまう。本屋自体もすごく好きだし、本屋で買うべきだって思うんですけど。申し訳ないんですけど、どうしてもネット購入が増えたという感じですね。

ただフラっと店舗に行く楽しみももちろんあります。全く予定していないものが目に入ってきて、パラパラ読んでいて「これはすごい!」ってなったものを買ってみたり。

ネットで目的に沿ったものだけ触れたり買ったりするのは一見無駄がないんですけど、世界が狭くなりやすいんですよね。これは、自戒も含めてなんですけど。普通に歩いていて、全く今まで興味を持った事がない物を二度見して、「え!!?っ」て驚きたい(笑)。やっぱり「事故」が起きる瞬間が一番楽しいんですよね。その意味では書店が押してるものを一応手に取ってみたりとかもします。

――今、どれぐらいの頻度で本屋に行くんですか。


宇多丸氏: 厳密には言えないですけど。でも、もしも僕の歩くルート上に大きい本屋があって、時間がそれほどキツキツじゃなければ、その本屋に寄る行程をいれていますね、必ずね。10分でもいいから。

「ツンドク」は母親ゆずり? 家の各所に本の塔があります


――そうなんですね。ご結婚を機に色々と整理されたというのをチラッと聞いた事があるんですけれども。本はどうなっちゃったんですか。


宇多丸氏: これは本当にお恥ずかしい限りなんですけど、収納とかがヘタで、どんどん積んじゃうんですよ。だから積んであるタワーが、遺跡のように乱立している状態。一人暮らし時代は、あの辺にあの本はあるんだけど、取れないみたいな、もしくは取るのが面倒くさい、だからまた買う、みたいな最悪のパターンに陥ってました(笑)。

悪癖だと思うんですけど、とりあえず買っておくんですよね。それでここにずっとあって、「読まなきゃな」と思いながら、どんどん増えていって……。

――ある意味、本当の本好きですよね。


宇多丸氏: ちなみに、その本の遺跡を作る癖は、完全に母親譲りですね(笑)。家に帰って愕然とした。「あ、コレだ」って。本が縦に積んであって、「お前のせいだ!!しつけが悪かったんだ」って(笑)言ってます。本棚は一応あるんですけど、そこに入りきらないほど買っちゃうとか。うちの母の場合は持ってきちゃうという感じですね。図書館でいらないやつを「ご自由にお持ち帰りください」ってやっていたりするじゃないですか。そういうのとかを全部持ってきちゃうんですよ。母は出版社勤めだったりもしたので、そのせいもあったと思うんですが。

でも、積んでおくだけで読まないんだから本当に「本好き」って言っていいのか疑問ですよ。部屋の中に心苦しい物がある状態って、あんまり精神衛生上よくないと思うんですけど。

でも、結婚を機に、本は結構処分もしました。ちなみに、いまの話は一人暮らししてた部屋のことで、実家は実家でどえらい事になっているんです。今も遺跡が立ちまくっているんですけど(笑)。まあ、1度読めばいいだろうみたいな物は処分しましたね。

――もし書籍の電子化のサービスがあれば、引越の時に使ってみたいと思われますか。


宇多丸氏: 僕は結構こう見えて、アナログというかローテクなので、テクノロジーについていくのは遅いんです。でも僕でさえ、「いずれは全部データとかにしたい…」とか考えています。

自分の本を電子書籍するなら、索引とか脚注をいっぱいつけたい


――今現在、電子書籍端末とかはご利用はされていますか?


宇多丸氏: いや、僕はiPadとか持っていないし。ただKindleとかを見るたびに、使い勝手の評判次第ではちょっと考えちゃいますね、正直。さっきから言っているように新書とかのレベルならデータでいいだろうという気もするので。

――電子書籍がもうちょっとこうなったら取っ付きやすいかなというのはありますか。


宇多丸氏: まあ、使っていないので、使い勝手に関してはどうこうは言えないですけど。でもやっぱり紙の本がいいなと思うのはある種のランダム性があるからという気はします。バッと広げて、「だいたいこのへん」みたいな感じがいいっていう。

ただ、単に紙の本が電子書籍に置き換わると言うよりは、メディアの形式によってコンテンツとしての表現自体が変わってきたりはするんじゃないかなとは思いますよね。例えば漫画とか、電子端末で見開きという概念が無くなったら、それ用にコマの構成の仕方とかも変わっていくはずじゃないですか。視線をどうやって運ばせるかというのを計算して書いているわけですから。

――もし電子書籍で読まれるとしたら、ご自身で書いて出される時に描き方のスタイルとかって変わりそうですか。


宇多丸氏: 文章としてはそんなに変わらないんじゃないですかね? むしろ、例えば注釈とかがつけやすくなるんだったら、結構いいかなと。本当は、自分が書く原稿には、脚注・注釈を際限なくつけていきたいので、そういう意味ではいいですよね。ちょっとクリックするとイメージやキャプションが出てきたりして、いまみたいにいちいちそれを下で参照してみたいなのが解消されるんだったらいいかなって。映画の本とかだと、どうしても脚注が多いので。

――いま、出版社の9割が赤字と言われているんですけれども、その中において電子書籍の登場というのは助けになりそうですかね。


宇多丸氏: 電子書籍と普通の本の関係って、ちょっとラジオとインターネットに似ているかなっと思うところもあって。例えばインターネットって、要は大半が文字情報じゃないですか。若者が本を読まないって言われて久しかったけど、実はみんな「文字」自体はすごく読むようになってるってことでしょ。つまり、インターネットのおかげで文字情報文化が復権したとも言えるかもしれない。同じようにラジオも、完全に滅びかけの古いメディアだと思われてたけど、みんながスマートフォンなどを持っていて、道を歩くとき何らかの「音」を聞いているこの時代、音楽以外の情報コンテンツとして、むしろラジオ発のポッドキャストが人気だったりする。だから、悲観するよりもチャンス到来って考えたほうがいいと思いますよ。



――将来的に、電子書籍はどんな存在になっていたら良いなと思いますか。


宇多丸氏: もうちょっとディスプレイが軽くて薄くなってくれれば、やっぱりそれに越した事はないですよね。現状、いくら軽いといっても、やっぱりちょっと持ち運びには不便さを感じますよね。あれが、折り畳めたりして通常はコンパクトだけど、開くと全部画面だとか、そういう感じになったらいいなとは思います。そうなると紙資源問題とかにも役立ちますよね。ただ、手書きという行為自体が無くなるとも思いませんけど。絶対にそれは。紙に書かないとダメな事は絶対にあると思うし。

――今、手書きという話題が出たんですけど、アイデアや歌詞、ラジオで話す事のネタ帳ってあると思うんですけど、宇多丸さんはどうなさっているんですか?


宇多丸氏: 「シネマハスラー」だけはガッチリ、ノートを書いています。メモというよりは、自分用の台本に近いですね。当日放送する時間前に、家でやるんですけど、最近は2~3時間はかかるようになっちゃっていました。このネタを話したら、次はこの話…みたいに順番をつけているんです。

以前、もうちょっと台本が短い時期は、ドトールとかで書いていたんですけど、ちょっと書く量が多くなりすぎちゃって。あと、歌詞とかは家で書いていますしね。

一度使い始めたら、多分「電子書籍バンザイ!」ってなると思う


――電子書籍は使われていないということですが、現在、パソコンとかタブレットとか、外に出られる時は何か電子機器は持ち歩いていますか。


宇多丸氏: いやぁ、それがね、本当は持ち歩いたほうがいいんでしょうね。iPadかMacBookの薄いやつか何か、あった方がいいのかなって思い始めていますけどね。だったら外でも仕事できるのにって。別にアナログにこだわっているわけではないんですよ。

僕がさっき言ったローテクとか、ハイテクについていくのが遅いのって、単に引越しが面倒くさいとかそういうのに近いもので。「引越したら便利じゃん!」みたいなことなんだろうな、と思うんですよね。

だって僕、「初期はインターネットなんていらねぇよ、そんなもの(笑)」って言ってたんですよ。今はもちろん、そんな馬鹿な事、無いじゃないですか。そして、「何でそんな事を言っていたの?」って言われたら、「うぅん…偏見?」としか言えない(笑)。

例えばパスモとかスイカとかも、「あんなもん、先払いっていうのは本質的にこっちが損してるんだからイヤだね」とか言って、ずっと避けてたんですよ。でも、いざ、つかってみたら「便利だねぇ!! 本当便利だねぇ…」って言ってる(笑)。

――電子書籍に関しても十分その可能性が……。


宇多丸氏: すぐ「電子書籍バンザイ!」ってなると思いますよ。例えば今、歌詞書きはテキストデータでやっているんですけど、台本ノートは手書きであるように、使い分けしてくんじゃないですか。本だって、例えば新書とか、情報さえ入ってればいいみたいなものは電子書籍でいいけど、「印刷からして凝っている」とか、「ページの厚み、モノとしてのボリュームそのものにメッセージがある!」みたいな本とかは、やっぱり残していくしかないでしょう。

あと辞書とかも、今やすっかりネットでちゃちゃっと検索するのが主流になっているかもしれませんけど、物によってはやっぱりページをめくりながら大づかみ出来る方がいい。だから紙の辞書は紙の辞書で全然手放せないし。

特に映画本なんかは、例えば『ヒッチコックの映画術』という分厚い本が今でもありますけど、やっぱりその、ドンッていう重たい存在感が大事なんですよ。ちなみにこれは、僕が映画を分析的に見たりする事の面白さに目覚めた本でもあります。パっと開くといろんな図版が載っているのが楽しいんですよ。ずーっとヒッチコックとトリュフォーのやりとりが続いてくんだけど、ページをめくるとバーン!と『サイコ』のシャワーシーンの全カットが見開きで載ってたりとか。何かああいう感じがね……。

だから、仮に僕が電子書籍を使用するようになっても、やっぱり『ヒッチコックの映画術』とかは絶対に紙で残しておきたい本ですよね。あと、絶対に電子データ化しきれない、しかし実は大切な要素として、「僕が実際に読み古してきた感じ」というのもあるじゃないですか。『ヒッチコックの映画術』は今も真新しいのが本屋に並んでいますけど、やっぱり僕が中学の時からずっと読んでいる『映画術』というのは、ここにしかない。

――そうなんですね。電子書籍でもいろいろできると思うんですが、もし出すとしたら電子書籍ならではの本ってどんなものだと思いますか。


宇多丸氏: やっぱり、例えば参考文献とか出典元の本にそのままリンクが行けるという事じゃないでしょうか、紙には出来ないというところでは。

あと、音楽や映像との絡みとかですかね。例えば映画の本だったら、実際にその場面を見せながら、「このシーンのこういう演出に注目してください」という解説ができたりしたら、かなり強力ですよね。まぁ、実際にやるとなると権利関係のクリアが異常にめんどくさくなりそうですけども。

OTONA TSUTAYAのように過去の資料をうまくデータで保存したい


――今後について伺わせてください。今後の予定などございましたら、お伺いできますか。


宇多丸氏: 本に関して言えば、とにかく出さなきゃいけない予定の本が僕のせいで滞りまくっていて。要はシネマハスラー本の2巻目なんですけど、それをまずは何とかしないと、という状況です。他にも色々ご依頼頂くんですが、「それが片づかない事には……すみません!」、という感じが続いちゃってます。ありがたい事なんですけどね。

――そうなると集中型という感じですか? これをやるときはコレ!っていう。


宇多丸氏: う~ん。…時間が許すなら本当はそうしたいんですけどね。少しずつは進めているつもりなんですけど、やっぱりね、皆さんが思っているよりあの本(シネマハスラー本)は、結構大変なんですよ。一度話したことを再構成するというのは、本当にすごく大変で。だったらゼロから書いた方が楽なんだけど。特に初期に比べると、どんどん論旨、情報量が多くなっているから、文章が削れなくなっていて。それで、まとめるのが本当に難しくなっているという感じですね。

今、まとめているものはかなり前に放送した分なので、自分としてはもうちょっとやりようがあったのになぁ…という回がたまにあったりするのも、ちょっとモチベーションが落ちる原因かもしれないですね。あ、でもそれなら、今度のは新しい順からやればいいのか? うん、それはちょっと考えてみてもいいかも……ただ、いずれにしろ「自選」で作っちゃうとこのコーナーは意味がないんで。要するに当たる映画も選べないけど、僕の評論の出来がそれぞれというのも、このコーナーの醍醐味だから。いいのだけ選んじゃったらフェアじゃない、と思っていて。ということで、とにかくなるべく早くシネマハスラーの新刊を出すこと、これがとりあえず今一番やりたいことです。

あと、代官山のTSUTAYAにちょっと刺激されて、「ポパイ」とかの古雑誌コレクションを、もうちょっと綺麗に保管出来ないかなと思っています。図書館ぽくね。昔の「ポパイ」とかって、綴じがすごくもろいじゃないですか。あれが前からずっと悩みのタネで。読めば読むほど崩れて行っちゃうんで、これはどう保存したものかと思っていたんですが。

そうしたら、代官山TSUTAYAのラウンジ「Anjin」が見事な保存の仕方をしていて。ものすごくキレイな合本状態にしてあるんですよ。まるで、広辞苑みたいな感じですね。ただこれ、普通の家庭じゃ出来ないと思うんで…。まぁ、一冊一冊にビニールカバーをかぶせていくとか、そういうことなんだとは思うんですが。本もそろそろ整理しないとなぁ。引越していったん遺跡状態を脱したにもかかわらず、本棚のキャパシティを超えて、やっぱり遺跡は出来始めちゃっているので。もう新書や文庫は、全部電子化したいぐらいですね。

僕は、そもそも本を捨てるのにはすごく抵抗があって、それで溜まっちゃうということもあるんです。せめて古本屋に売るようにはしたいと思ってますけど。ただ、大手チェーンとかは一定期間売れないと裁断処分しちゃうって話を聞いて、本やCDを。

僕らとしては、それはやっちゃダメなんだけどなって思うんですよ。本、雑誌、レコード、CD、なんでもいいですけど、後から価値が変わるものじゃないですか。残す価値の有る無しを、その時点での俺たちが判断しちゃダメっていうか。後世の人たちのために、どんなものでも最低限残してはおかないと。とは言え当然、保管コストの問題はある。

だから、電子データ化というのは、どうせ捨てられてしまう物を救うという意味でも、大事な事業かもしれないですね。人の持ち物をダウンサイジングするという目的だけじゃなくて。



古い資料や本をいまの時代の判断で処分するのは、実はすごくもったいないこと


――今後、読者とクリエイターが直接交流できるような場が生まれるといいですね。


宇多丸氏: その前提としても、やっぱり文化的なアーカイブとしての電子書籍はとても意義があるかもしれませんね、例えば広告とかは、つい最近まで、多くが文化として捉えられていなかったために「保存しておく」という発想がなかったという問題があります。テレビCMとか、雑誌の広告もそうですし。で、それに関連して僕の友人が言っていて「ああ、そりゃそうだな…」と思ったのが、ネットのバナー広告とかって、今は時期が終われば消えちゃうもので、誰も何も、そこに文化的価値を見出していないじゃないですか。あれだってテレビCMとか雑誌の広告と同じで、あの頃この頃こういうホームページがあって、こういう広告やっていましたとか、もしかしたら後世でみたらとても有意義なものになるかもしれない。

広告だって、立派な歴史の記録なわけですよね。だからその友人はやっぱり国会図書館的な、要するに国がやれとは言っていて。ああ、確かにその通りだなぁって。まあ、実際やろうとしたら大変だとは思うんですけど。

とにかく、残す価値があるものかどうかを、その時代の人間が勝手に判断しちゃダメだっていう気がする。何でもそうです。家が汚くなるやつの発想なんですけどね(笑)。

だって、例えばそれこそスフィンクスでもいいんですけど、鼻が壊されちゃってるのとか、現代の僕らからすれば「なんちゅうもったいない事をしてくれたんだ!」って思うけど、その時代の人にしてみれば、「前時代の野蛮な信仰の遺物、邪魔だ!」とか「こんな物とっておいたってしょうがないでしょ」とか、ごもっともな理由があったわけですよね。いま、僕らがやっているのは、まさにそれと同じ事なのかもしれませんよ。チラシをなんの気なしにくしゃっと丸めて捨ててるのとかね、未来人が見たら「なんと文化意識の低い野蛮な連中だろう!!」って(笑)。チラシだって千年経てば博物館に飾られる歴史的資料ですよ! かといって、全員がモノを捨てないというわけにはいかないから、やっぱりある程度、公的事業として体系づけて保存してもらわないと、ということになるんですよね。

―― 一見単なるゴミに見える古書や古雑誌を、いかにデータベースとして残していくかの能力も、今後求められてくるかもしれませんね。一時期「断捨離」なんて言葉もはやりましたが、なんでもかんでもそのまま捨ててしまう……という文化も考えものですよね。今日は本当にどうもありがとうございました。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 宇多丸

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