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世界中の本好きのために

福澤英弘

Profile

1963年生まれ。上智大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了、ストックホルム商科大学国際経営プログラム修了。(株)富士銀行、(株)コーポレイト ディレクションを経て、(株)グロービスの設立に参加。創業時より企業研修部門の責任者を務める。2007年、戦略実行のための人材・組織能力開発を支援する(株)アダットを設立。 著書に『図解で学ぶビジネス理論 戦略編』(日本能率協会マネジメントセンター)、『不確実性分析 実践講座』(共著。ファーストプレス)、『人材開発マネジメントブック 学習が企業を強くする』(日本経済新聞出版社)、『定量分析 実践講座』(ファーストプレス)など。

Book Information

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新しい切り口で、企業をもっと強くする



人材開発・研修ビジネスの革新に取り組み、企業に対して組織能力強化の支援を行っている福澤英弘さん。ある研修がきっかけではじまった執筆、本と読者、また編集者と著者の関係性を、これまでの歩みと展望を交えて、語っていただきました。

組織能力を高める


――株式会社アダットが設立されて8年になりますね。


福澤英弘氏: はい。企業の人材・組織能力開発の研修やコンサルティングを行っています。研修というと、論理思考を学ぶだとか、会計の知識を学ぶというようなことをイメージする方も多いかもしれませんが、うちは企業全体が強くなるためにはどうすればいいのかという方向で取り組んでいます。戦略がどんなに素晴らしくても、それが実行されないと会社としては勝てない。

じゃあどうすれば上手く実行されるのか。情報システムを良くするとか、良い人事制度を作るだとか、あるいはマニュアルをとても上手く作るとか、色々なアプローチがありますが、一番重要なのは、組織の能力をどれだけ高められるかということだと思うのです。また、その企業の戦略とフィットした方向性で高まるということが大切。

組織に属する個人の能力をその方向に高めるとか、意識をそちらにもっていくというのが、一番わかりやすい方法かもしれませんね。そして、個人だけではなく、集合体としても強くないといけないという組織能力。2009年に書いた『人材開発マネジメントブック』は、個人の能力をいかに高めて、会社の戦略の方に向けていくかという内容のものですが、今やっているのは、個人の能力をベースとして、それプラス組織の能力を高めるというものです。

――客観的な視点を持ちつつ、理念や戦略も理解しないといけないですね。


福澤英弘氏: そうですね。でも、企業の中にいると、客観的にものが見られないというか、自分のことが一番わからないものです。人間みんなそうですよね。過去の歴史や、上司や社長など、色々なフィルターがかかってしまいますが、外部の者はそれらにはあまりとらわれません。外にいるからこそ、企業が抱える問題や、組織の能力の特徴などがわかるんです。私の場合は、幸い過去の引き出し、蓄積がたくさんあるので、例えば「今こういうことが起きているのは、きっと裏でこういうことが起きているからに違いない」という推測ができるわけです。企業は千差万別ですが、やっぱり問題が起こるメカニズムにはなんらかの共通項があります。会社や業界、あるいは歴史によって展開の仕方が変わるということがあっても、その本質においては共通している部分が実は多いのです。多くの企業を見てきたので、「このパターンに近いんじゃないか」というように認識し、「こういう手を打った方が、より良くなるかもしれませんね」という風に、一緒にディスカッションをしながら作っていくのです。ラーニングカーブを速く下っていくという感じで、学習効果があるので、やればやるほど自分の中でできあがっていくのです。

経済に関心を持つようになった高校時代


――本はお好きでしたか。


福澤英弘氏: 本は昔からけっこう好きで、本代だけは比較的自由に使えましたね。小学生の頃はマンガも好きでした。当時、『週刊少年ジャンプ』と『週刊少年チャンピオン』が流行っていて、みんな毎週買っていました。でもそれでは勿体ないので、10人くらいで仲間を作って、順番に『ジャンプ』と『チャンピオン』を買う人を決めて、回し読みをしたりしていました。あと、カブトムシとかクワガタを獲って売ったりもしましたね。それから、近くに古墳がたくさんあったのもあって、小学生の時の私の趣味は古墳掘りでした。刀や高坏などが出てきて面白かったですね。6年生ぐらいになると、私が先生を従えて、古墳に見学に行ったりもしていました。インディ・ジョーンズみたいになりたいなと思っていて、将来の夢は、中学生ぐらいまでは考古学者だったんです。もちろん当時はまだインディ・ジョーンズは存在していませんでしたが。

――経済の方へと進まれることになったのは。


福澤英弘氏: 歴史も好きだったのですが、高校に行く頃から、一種のゲーム感覚だったのか「どうすれば金を稼げるか」と考えるようになり、そこから経済の方に興味が向かっていきました。高校生の時には、「福澤宝くじ」を作っていました(笑)。紙にナンバーをふって、ダーツで当たりを決めるという半分遊びのようなものでしたが、クラスのイベントになっていましたね。私は元締めだったので、例えば1000円集まったら、100円は手数料として貰うことにしていました。でも次第に、「期待値はいくらなんだ」とか、「お前が儲かっているんだったら買わない」というような声が上がり、集めたお金は全部、賞金で配ることになってしまいましたが。

――大学では、テニスもされていたそうですね。


福澤英弘氏: 当時、上智にはテニスサークルがたくさんありました。4月に勧誘、フレッシュマンウィークというのがあって、その後、四谷から赤坂の方を、ビールなどを飲みながら提灯を持って歩くという提灯行列というイベントがありました。今思えば、のどかですよね。先輩たちに勧誘されて、赤坂の高級そうなスナックに連れられ、思わずサークルに入りますと言ってしまいました(笑)。
体育会は別格でしたが、上智の中にもテニスサークルのヒエラルキーがありました。割と伝統のあるサークルが幾つかあって、そこが一種の連盟を作って、試合をやったりしていました。ソフィアオープンにも、連盟に属していない我々は、「出させてもらう」という立場でした。段々とそれに嫌気がさして、マイナーなサークルだけを集めて、自分でリーグを作ることにしました。メジャーリーグは個人戦だったのに対して、マイナーリーグは団体戦。対抗戦というのを私が中心になって作ったのですが、今でもまだそのリーグは続いているようですね。今思えば、その頃からメインストリームに抵抗感があったのかもしれませんね。

人を動かすための方法


――その後、富士銀行へ入られましたね。


福澤英弘氏: バブル直前の86年に入りました。バブル時代の銀行では、富士銀行ですらおかしなことをやっていたりもしましたし、しがらみなども色々あったようで「もうこれはしょうがないんだよ」というような雰囲気もありました。でも、私は入ったばかりだから、「なんでこんなことをやっているんだろう」という疑問が生じるわけです。「自分が未熟だからそう思うんじゃないか?」と考え、しばらくは疑問にフタをして仕事を続けていました。でもやっぱり「周りがおかしいんじゃないか?どんなに一生懸命やったって、やっぱり違う。もう1回出直そう」と思って、二年目の冬、慶応のビジネススクールを受験しました。合格するとは思っていなかかったのですが合格してしまい、さあ大変。勇気を振り絞って「大学院に行きたいから、3月いっぱいで辞めたい」という話を支店長にしましたが、やはりその後が大変でした。それが24歳の時でしたね。当時の富士銀行というのは、メインストリーム。私はメジャーよりかはマイナー指向というか、今思えば、自分には合っていなかったという感じもあります。でも、働いていた人たちとは今でも仲が良くて、今度、同期会があります。同期には役員クラスの人もいますが、その時の繋がりはずっと続いています。

――なぜビジネススクールを選ばれたのでしょうか?


福澤英弘氏: 当時、日本で一番良いと世間で言われていた富士銀行でしたが、そんな組織ですらおかしなことをやっていました。だったら「他の企業はもっとひどいんじゃないか。こんなことで日本はどうなるんだ」というような、義務感、正義感を抱いたのです。若気のいたりですね。日本の組織を、会社を良くしたい。そのために自分は勉強しなきゃいけない。でも自分には武器が何もないと気が付いたのです。海外のビジネススクールが有名だったのですが、英語の勉強をする時間がすごく勿体ないと感じ、それで慶応のビジネススクールに行くことにしました。2年目は、交換留学で半年ほどストックホルムに行ったので、日本との違い、日本がいかにおかしなことをやっているかといったことがわかりました。そういった経験により、外から見る目も養われたのではないかと思います。そして、コンサルタントならば日本の企業を良くすることができるのではないかということで、コーポレイトディレクション(CDI)という会社にたまたま縁があって、今は経営共創基盤CEOになっている冨山和彦さんらと一緒に仕事をしました。

――株式会社グロービスを立ち上げようと思った動機はなんでしょうか?


福澤英弘氏: いくら良い戦略をクライアントに提示しても、絵に描いた餅というか、現実問題として動かないということもありました。それで漠然と「やっぱり、人だ」という意識が芽生えていったんです。あるプロジェクトで、企業の新規事業の立ち上げをやったのが、直接的なきっかけとなりました。戦略を提示するだけではなく、向こうのメンバーと日夜行動を共にして、一緒に考えて議論して、ということを続けていたら、クライアント側のメンバーも「動いた」という手応えがあったのです。何か刺激を与えるというか、そこまでしないと人は動かないと感じました。そんなとき、たまたま堀義人氏(グロービス 代表)と会う機会があって、「そういうアプローチで、企業を強くするのがいいんじゃないか」と話したら、大きな方向性は同じだと意気投合して、93年にはグロービスの立ち上げに着手しました。グロービスというのは個人を対象とした大学院や学校のイメージがあるかもしれませんが、私の問題意識としては、BtoBで、企業をどうやって変えていくかということ。当時は研修というような形で企業に行って、相談しながらプログラムを提供していくというようなことをしていました。企業研修の世界ではずぶの素人でしたが、いいお客さんや講師に恵まれ、鍛えていただきました。



数字を押さえた論理思考をしないと、意味がない


――一般向けに本を出すことになったきっかけというのは?


福澤英弘氏: 95年に出版したMBAシリーズの最初の本、『グロービスMBAマネジメント・ブック』の著者側のとりまとめと編集と一部の執筆を担当しました。科目ごとに専門家、といっても皆同じような世代でビジネススクールから帰ってきたばかりの人たちでしたが、彼らと議論しながらまとめていきました。当時、そもそもMBAという概念があまり知られていなかったので、役に立つ経営学の知識を一冊に纏めて、みんなに読んで勉強してほしいと思いました。そういう新しいジャンル、カテゴリーを作る面白さを感じました。それから、論理思考系に関わることになったのは、バーバラ・ミントの『考える技術・書く技術』という本が元々のきっかけでした。あれは、マッキンゼーのコンサルタントのトレーニング用にあったやつで、私もCDIに入った時に原書で勉強させられました。内容も英語も難しいので苦労しましたが、良い本だなと感じました。グロービス創業間もない頃に、「すごくこれはいい本で、勉強になるから日本でも出したい」と、それを翻訳して山崎康司さんが持ち込んでこられたのです。そうやって、ダイヤモンド社から95年に『考える技術・書く技術』が出て、ロングセラーとなっていますね。山崎さんの存在がすごく大きかったのですが、グロービス側の私としても、新しいカテゴリー、分野を作れるんじゃないかというのがあったので「是非一緒にやりましょう」と。あれは戦略コンサルタントのノウハウを一般向けに初めて開示した本で、その後、齋藤嘉則さんの『問題解決プロフェッショナル』なども出ましたね。

――2007年には『定量分析実践講座』を書かれましたが、もともと定量分析を専門とされていたのでしょうか?


福澤英弘氏: いえ、まったく専門ではありません。グロービスを辞めた後、しばらく昔の知り合いから研修の相談を受けていて、講師を紹介したりしていたのですが、その人が「定量分析の研修をやりたい」と言ってきたのです。でも紹介できる人もおらず、どうしようかなと考えていたところ、しばらくしてその人から、「社内で案が通っちゃった」などと言われたので、驚きました。その人と親しい関係だったのもあって、2日間の定量分析の研修プログラムの講師を私が引き受けざるをえなくなりました。資料が何もない状態から、2、3ヶ月後の研修を担当することになったのです。私はグロービス時代に、論理思考やクリティカル・シンキングなども売っていたけれど、実はちょっと虚しさのようなものも感じていたのです。帰納法や演繹法、MECEなども大事なのですが、地に足が着いていないというか空中戦のように感じていました。私は銀行にいたこともあり、数字に対してかなりこだわりがあって「きちんと数字を押さえた論理思考をやらないと、意味がない」という問題意識が以前からありました。それがその研修へと繋がっていき、たくさんの本を買って勉強しまくり、2日間の研修プログラムを作りました。研修を終えて、なんとかお客さんに評価もいただけて、ホッと一息つくことができましたね。

――研修のために作り上げたものが、本となっていったのですね。


福澤英弘氏: 上坂伸一さんは、MBAシリーズを一緒に作った人で、ダイヤモンド社内でも有名な人だったのですが、その後、株式会社ファーストプレスという出版社を自分で起こされました。上坂さんと一緒に仕事をしたいなと思っていたので、上坂さんに、「こういう研修のプログラムのパッケージを作ったんですが、これを本にしませんか」と声を掛けました。グロービス時代からの信頼関係もあったので、上坂さんも「ぜひ」と言ってくれて、そこから2ヶ月ぐらいで文字に落として、すぐに出版することになりました。理論だけではなくて、リアルなビジネスに使えるようなショートケースを使っていたので、上坂さんが「実践講座」というタイトルを考えてくれました。

ユーザーの立場に立ってやさしく、かつ新しい切り口で書く


――本を書くにあたっては、どのようなことを重視しているのですか?


福澤英弘氏: 定量分析でいえば、経営ですから数字は昔からテーマにあるわけです。数字というと、財務や会計、統計学というように分化していますが、ビジネスマンにとって科目は関係ありませんし、使えればいいのです。そういった部分を横串に刺して書いたのが『定量分析』です。そこが新しかったというか、良かったのだと私は思います。実は難しいことをやっていないのに、専門家の先生はサプライヤーの論理で、本を難しくしているように感じることもあります。私はどちらかというとユーザーの立場だから、いかに使えることをやさしく書くかを考えました。私は経営学の知見を使う立場。その視点を持ち込んだのが、MBAシリーズであり定量分析の本、そして『人材開発マネジメントブック』です。人材開発は非常に重要なジャンルであるにも関わらず、人事や教育の専門書はたくさんあっても、ビジネスパーソンが「使える」いい日本語のテキストがありませんでした。そこで、私がそれまで体験的に学んできたことと、研究者による学問的知見を融合し体系化したテキストを自分で作ろうと思ったのです。このように、結果としてそれまでにあまりなかった、新しい切り口を掲示できるような本を出してこられたのではと思っています。

――難しいものを噛み砕いて、わかりやすく書くのは難しいように思いますが。


福澤英弘氏: さっきも言ったようも、私も定量分析の研修を担当することになった時は、かなり多くの本を読みましたが、学者の先生がそれぞれ自分の分野として書いている本が多く、ビジネスパーソンが使うには難しいと感じました。だから、自分でそれを統合しなければいけなかった。でも本当に理解しないと統合はできないのです。よく「引用の集まりじゃないか」という批判をする人がいますが、単にコピーしているわけではなく、引用元のことを完全に理解した上で、統合して引用しているわけなのです。頭の中でそれをやるのが、一番大変な作業です。読者に対して、「こういうプロセスで理解をすればわかりやすいですよ」という風に紙に落とすのです。頭の中で書きながらその作業をするから、まさに考える技術、書く技術なのです。考えながら書く、書きながら考える。今発売中の「Think! 2014年秋号」にも、定量分析のテーマで書いていますが、そういう風に書いています。

徹底的にやりあわないと、一緒に本を作る意味がない


――どのような感じで編集者の方とやり取りをされているのでしょうか?


福澤英弘氏: 私もコンサルタントの端くれだから、どうやってクライアントに付加価値をつけるかということを常に考えています。賢いお客さんは、コンサルタントと付き合うことによって、自分や会社にどれだけのメリットがあるか、どういう付加価値をつけてくれるのかということを常に考えています。我々はその期待に応えるために、どうすればお客さんに喜んでもらえるか、お客さんが見えていないものをどうやって見せるか、などと一生懸命、努力をします。つまり対話なんです。仕事というのは、全部そうだと思います。編集者に関してはその逆の立場で、一生懸命、自分の持っているものを書くけれど、編集者がそれにどういった付加価値を付けてくれるのかと考えます。その人なりのスタイルがあるし、どういう付加価値を付けるかは、人によって違います。だから、私もできるだけ理解しようと努めます。原稿を出しても、そのまま素通りされたら、付加価値をつけていないと感じるわけです。赤を入れるということは、私が見えないことが見えたからできるわけですから、私としては徹底的に赤を入れてほしいのです。それによって、私も新たな視点に気付く可能性がある。編集者とやり取りをした上で変更をしないこともありますし、書き直すというケースもあります。でもそれがないと、一緒に本を作る意味がないと私は思うのです。

――新たな視点や切り口が、編集者とのやり取りから得られることもあるのですね。


福澤英弘氏: 初めて読んだ時にどういうリアクションをするのかが、書き手としては一番知りたいのです。電子書籍という新しい形が広まって、Amazonで電子出版をして、幾ばくかのお金が入ればいいと思えば、別に編集者は必要ないでしょう。でも、より良いものを作りたいという欲求があれば、やっぱり第三者の目、編集者を通してほしいと思います。もちろんその分、費用がかかるわけだから、それに見合うよう編集者には徹底的にやってほしいです。ビジネスとは、そういうものです。書く技術があれば、「編集者なしで1人でやります」という著者もいると思いますので、編集者はこれから、本当の実力を問われることになると私は思います。「あなたと仕事がしたい」という関係を築けるように、常にアンテナを立てて、努力をしないといけないのではないでしょうか。

自分でやってみなければわからない


――こちらのオフィスは、本棚も少なく、かなりすっきりとされていますね


福澤英弘氏: 本は三か所に分けて置いてます。ここはほんの一部です。私は多くの本を買うので、買った本のことを忘れて同じ本を買ってしまうことも何度かありました。ですから今は、買った本は全部表紙をスマホで撮影し、それをEvernoteで記録するようにしています。始めたのが2011年の11月ぐらいからで、今、330冊ぐらいです。全部、読んでいるかどうかは別としても、年に100冊くらい書籍を買っていることになります。
実は自炊の業者が出始めた5年ぐらい前に、1回だけ自炊をやったことがあるのです。本の置き場には苦労していたので、電子化してサーバーに置いておくのが合理的だし便利だなと思ったのです。でもやっぱりサーバーではなくて、物理的な本に囲まれると、何か幸せになりますね。手触りや形といったモノとしての本が大好きなんです。だから本は増える一方です。雑誌の特集など「コンテンツとしては欲しい」というものは電子書籍が便利です。紙と電子書籍のどちらかというのではなくて、うまく使い分けができるようになったらいいなと思います。

――こちらは、能の本ですか?


福澤英弘氏: 私は昔から、白洲正子の書くものが好きだったのです。彼女は子どもの時から能をやっていて、とても造詣が深く、能の本もたくさん書いています。白洲正子の本はほとんど読んでいて、「白洲正子がのめり込んだ、能ってどんなものなのかな」と思って、15年前ぐらい前から能を観るようになりました。アダットを作った時に、神楽坂にオフィスを構えたのですが、たまたま矢来能楽堂が近くにあったので、せっかくだからと、2007年ぐらいから謡(うたい)を習い始めました。謡というのは声を出してうたうことで、仕舞というのはいわば踊り。それらを統合すると能になります。今年から仕舞も習うようになり、まだまだチャレンジを続けているところです。やっぱり成長したい。だから私は、能だけでなく、ビジネスでもチャレンジを続けていきます。自分が学習することによって、昨日と違う自分に変わっていくのが楽しいのです。だから、お客さんにも「学習しましょう」と同じ気持ちで言えるのかもしれません。

――能を見るだけではなく、実際に習っているのですね。


福澤英弘氏: 私は美術も好きですが、絵も自分でお金を出して買わないと身につかないように感じます。お金を出すからこそ「この絵を買うことが、自分にとっていいものかどうか」と徹底的に考えるじゃないですか。結果的に「失敗だったな」と思うことがあったとしても、そのプロセスがないと、本質はわからない。身銭を切ることで初めてわかることは多い。能で言うなら、自分でするようになると、上手い人のすごさもわかるようになりますよね。白洲正子のエッセイを読んで「なんとなく面白そうだな」と思っても、やっぱり観ないとわからない。実際に観に行くようになると、どんどん能の面白さがわかってきて、それで「自分でやれば、もっとわかるんじゃないか」と思ったんです。実際、仕舞を習い始めてまだ間はありませんが、観ることがこれまで以上に楽しめるようになりました。オペラにしろバレエにしろ、舞台芸術は一般のオーディエンスが自分で体験できるものは、ほとんどないですよね。もちろんクラシックでバイオリンなどを習っている大人もいますが、まだまだ特別な人ですよね。能は唯一、部分的にとはいえ、オーディエンスが実際にできるものなのです。一般の人が謡や仕舞を習うのを、日本では昔から普通にやっているわけで、それによっても能楽師の生活は支えられているんです。能楽界は、文楽や歌舞伎と違って国や企業からの援助はほとんどなしでも成り立っているんですよ。やっぱり能はすごいシステムだなと思います。日本の文化は、身体でやって初めて自分のものになるというもの。能もそうだし、私の中ではやっぱりビジネスも同じ。人から聞くだけではなくて、自分で現場を見るということもすごく大事だと思うのです。

――自分で体験して、見る目を養っていくことが大事なのですね。


福澤英弘氏: そうだと思います。本に関しても、値段を決めるのは読者なのです。見る目のない人は、どんなに素晴らしい作品を読んでも面白くないし眠くなる。でも、そこから何か学習しようといった意識が強くなれば、本の価値も大きくなる。だから値段の高い、安いというのは絶対的なものではなくて、読者の能力によるのです。研修も同じで、同じ研修を受けても「前から知っていることを聞いたから、もういい」という人もいれば、「目からウロコです」という人もいます。それは受け手の学習能力の違いなのです。「こんなのは、もうやったよ」と言う人は、実は本質を全然理解していないから、そこで学習は止まってしまい、成長しないのです。「今まで知りませんでした」という人は、そこでグンと成長することができます。「わかっていなかったということを知る」というのは、すごいことなんです。もちろんコンテンツの良さにもよりますが、それ以上に、受け手がどういうスタンスで挑むかというのが、大きな違いを生みます。本も、どういうスタンスで本を読んでいるかで違ってきます。前者ならば、30円も払いたくないと思うでしょうし、後者ならば、10,000円を払ってでも読むでしょう。ただ、時間は限定されているので、本の選択ももちろん大事です。本当の読者は、外からの知識と自分の経験をインタラクションしますが、本はその材料となります。だから、有益なインタラクションがどれだけできるか、という視点での本の選択という部分も重要になってきます。

――能動的に読書をしないともったいないですね。


福澤英弘氏: そうですね。本は動画やテレビと違って、自分で読まないと進まない。だからこそ、どれだけ問題意識をもって本を読むかということと、そこから学ぼうという謙虚な気持ちを持つことが大事です。出版社は、読者に対してそういう教育をするべきだと私は思います。それをやらないで、“バカでも分かる”というような本を数多く出すから、ますます本が売れなくなるのです。難しいことをわかりやすくという話と、単なるやさしいというのは別の話ですし、そこもきちんと区別しないといけないと思います。学ぶことは最高のエンタテイメントなんです。

新しい切り口を打ち出して、サポートを続ける


――今後の展望をお聞かせください。


福澤英弘氏: MBAシリーズも定量分析も、『人材開発マネジメントブック』も、今までになかった切り口でした。私がターゲットにしているのは経営者、そしてその予備軍です。人事の専門家である必要は全くないけれど、「どうすれば会社が良くなるか」を常に本気で考えている人。そういう人たちに、組織の能力や個人の能力といった切り口で、何らかのサポートをしたいのです。趣味でも仕事においても、既存のものではない方向性の新しい切り口、パースペクティブを常に打ち出していきたいですね。でも私はそういった部分で「第一人者になろう」とか、「独占しよう」という気は全くありません。後からそれを真似する人がいれば、それはそれでいいじゃない、という感じですね(笑)。私にとっては、そのためのプラットフォームを開けたということが、一番の喜びなのかもしれません。

アダットという社名の由来は、インドネシアの原住民の言葉なのです。私もある本で知ったのですが、「寛容に色々なものを取り入れていく」という意味です。私はそのための場を作って、色々な人のノウハウや知識を上手く使って、色々な人が活躍できたらいいなと思っています。拒絶や独占、排他的には絶対になりたくない。常にその正反対に居たいですね。

――チャレンジをして新しいことをやっていく、その連続のように感じます。


福澤英弘氏: それが使命なのかなとも思っています。でも私の場合は、最初からキャリアビジョンなどがあったわけではなく、その時の判断でやってきました。ただ、自分の判断軸に「これ」というものがきっとあったから、振り返れば結果的に一本の筋は通っているように見えるのかもしれません。計画を立てていくようなやり方では、なかなか上手くいかないと思うのです。判断軸を何に持つかということが大事で、私の場合は、既存のものを守るよりは新しいものを作っていくこと。楽な方よりは、チャレンジングな方がきっと楽しいに違いない、というのが判断軸となっているのだと思います。そういった部分では、ブレていないのかもしれません(笑)。

――大事なのは、計画したレールを走ることではなくて、成功に繋がる軸を持つことなんですね。


福澤英弘氏: そうですね。あと、意思決定に関して、合理性と感情と倫理感という3つの軸の話を本にも書きましたが、真善美の3つをどう融合して、意思決定に自分で繋げていくかというところを常に意識しています。研修などでも話すのが、損得の話。会計上の利益は数字で出てきますが、損得というものは、なかなか数字で割り切れない部分があるのです。損得は何と比較するか、どの期間で評価するかという、この2つにかかってきます。例えば「あなたの奥さんは美人ですか?」と聞かれても、女優と比較するのか、自分の母親と比較するのかで、答えが違ってくるわけです。また、長い目で見れば、有名企業に就職できたことが成功だったのか落ちたことが成功だったのか、分かりませんよね。有名企業に入っても幸福そうでない人はいっぱいいますよ。意思決定の際、どんな時間軸でと決めるのはなかなか難しいかもしれませんが、今年どうなるかとか、少なくともここ5年ではどうなるかとか、あるいは30年ではどうなのかというように、あえていくつかの可能性を考えていきます。その期間は案件によって全然違うので、その判断が自分でできるようにならないといけません。この二つの視点は、それぞれの価値観にもよりますし、正解が全くないからまさにアートの世界。でも、「どんな比較対象と期間で評価するのか」という意識を持つことは大事です。それを理解した上で、やっぱり金銭的なこと、目の前の利益や儲けが大事だと思うのであれば、それはそれでいいのです。でもそういったことを考えもしないで、周りに流され右往左往しているのが、多くの人の現状なのではと私は思うのです。そういった部分も伝えていきたいですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 福澤英弘

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