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世界中の本好きのために

有田秀穂

Profile

1948年、東京都生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学教授等を経て、現在は同大学名誉教授。「セロトニン研究」の第一人者。脳内セロトニンを活性化させる技法を教えるセロトニンDojoの代表も勤める。 近著に『涙活でストレスを流す方法』(共著。主婦の友社)、『50歳から脳を整える』(成美文庫)、『医者が教える正しい呼吸法』(かんき出版)、『書くだけでストレスが消えるノート』(扶桑社)など。テレビにも多数出演。

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脳科学的に幸福学を考える



東海大学病院にて呼吸の臨床にたずさわり、筑波大学基礎医学系にて呼吸関係の研究を行っていた有田さん。その間ニューヨーク州立大学医学部に留学し、その経験から得た「呼吸法が心身に与える効能は、脳内セロトニン神経の働きで説明可能である」という考えをもとに、研究チームを作り、検証作業を推進。各界から「セロトニン研究の第一人者」として注目を集めています。2009年からはメンタルヘルスケアのマネジメントをするセロトニンDojoの代表を務められており、「エチカの鏡」など多数のTV番組へ出演をされています。著書の『脳からストレスを消す技術』は22万部を超えるベストセラーとなりました。今回は、呼吸法、セロトニンとの出会い、また現代社会における諸問題とセロトニンとの関係、そして執筆に対する思いをお聞きしました。

セロトニン「活性」の生活


――先生のお仕事内容についてお聞かせ下さい。


有田秀穂氏: セロトニンDojoは2009年から始めたので、もう5年くらいになるでしょうか。そもそもセロトニンの研究は、東邦大学で生理学をやっている時に始めたんです。座禅のメカニズムの中にサイエンスにおけるセロトニンがどれぐらい関与して、結果として脳や心の状態をいい方向へ向かわせるかといった研究を20年近くやってきて、論文でその成果を発表もしています。今、鬱病が非常に多くなってきていますが、鬱病というメンタルヘルスの問題にセロトニンが関与しているということが医学の領域でだんだんはっきりしてきたんです。セロトニンの薬が鬱病の治療薬になっているのは否定しようのない状況です。それからセロトニン神経の働きというものは高次機能だけではなく、痛みの調節にも関係するんです。偏頭痛の治療薬は実はセロトニンの薬なんですよ。

――痛みという身近なものに関係しているのですね。


有田秀穂氏: 自律神経の調節という働きもあります。セロトニン神経が十分機能しないと、目覚めが悪いとか、自律神経失調症的な低体温や低血圧などといった問題が起こってくるということも分かってきています。そうするとセロトニン神経の働きというのは、心にも、大脳の働きにも、さらには痛みの調節や自律神経の調節にも影響するという、広範な働きをしているということが今日までに明らかになってきています。セロトニンの働きが弱るだけで、自律神経失調症になったりすることもあるのですから、鬱病の症状と重なるわけです。ということはセロトニン神経を上手に活性化してやれば、その状態を改善させることができるということ。セロトニン神経を薬で活性化させるのではなく、セロトニン神経はどういう特性を持っているかということを考慮して「セロトニン“活性”の生活」をすれば、鬱病やメンタルヘルスの問題を改善できる、あるいは効果があるだろうと考えて、セロトニンDojoを始めたんです。そういった問題を抱えている人は、IT関連の人たちの場合は5人に1人といいます。大変な数ですよね。

現代の生活とセロトニン


――最近は鬱病の方が増えていますが、なぜセロトニンが活性化されていないのでしょうか。


有田秀穂氏: 現代生活が鬱を多くしているし、自殺者を多くしている。その背景はやっぱり無視しちゃいけない。厚労省の統計を見ると、急激に鬱が増えてきたのは2000年頃からです。日本の社会環境を考えた時、戦争があったわけでもないし、3.11のような大変な天災が起こったわけでもなく、急激に悪い社会環境になったとは言えません。ではなぜ、鬱病が急激に増えたのか。セロトニン神経を活性化させる社会要因として挙げられるものの中には、簡単なことのように思えますが実は重要である「体を適当に動かし続ける」というものが1つ。それから「太陽」。2000年頃から大きく変わったものとして、パソコンの普及が急激に進んだことが挙げられると思います。今の生活をよく観察してみると、机の前に座って、長い間息を詰めて体を殆ど動かさずに液晶画面をじっと眺めている。それが朝から晩まで続く。それだけパソコンが便利になったということなんですが、その結果、体を動かさない生活が日常化してしまったんです。今の生活は、セロトニンが活性化されない生活。セロトニンが十分に働かない脳を抱えた人間は、やがて鬱病になってしまう。それが大変重要な問題になってきています。

――そういった問題を解決するために研究をされているのだと思いますが、セロトニンでの治療はどこまで進んでいるのでしょうか。


有田秀穂氏: セロトニンというものがサイエンスで発見されたのは60年前なんですが、それが鬱にまで関係があるということが分かってきたのは2、30年前。そして日本の社会の中でメンタルヘルスの問題が出てきたのが、先ほど言ったように2000年頃。私はそれに合わせてセロトニンの研究をしてきています。精神科領域ではセロトニンの薬が出てきていますが、今一番問題になっているのは、薬で脳の中のセロトニンを増やすことが、本当に解決策となるのかということ。セロトニンを脳の中で増やす薬であっても、セロトニン神経を活性化させるといった薬ではない。ということは、症状を軽減する薬ではあったとしても、本質的にセロトニンがなぜ弱ってしまったのか。その結果としてセロトニン欠乏脳ないしは鬱になるかという、本質的なところに全然入り込まない治療ということになってしまうんです。対症療法にしか過ぎず、原因療法ではないんです。



大学時代に呼吸法と出会う


――東京都のご出身ですね。「セロトニン」に出会うきっかけは何だったのでしょうか。


有田秀穂氏: 生まれは、東京の三鷹です。父の実家が山形なので、毎年夏になると山形に1ヶ月ぐらい行っていました。そういう意味では自然の中で生活していたと思います。田舎に行くと都会っ子だと言われ「僕ちゃん」と呼ばれていました。セロトニンとの関わりで私にすごくインパクトがあったのは、大学の時です。実は私はサッカーをやっていたのですが、足を怪我してサッカーができなくなってしまったんです。それからはダイビングを始めて、潜水にすごくはまってしまって、大学に潜水の同好会、海洋研究会を作りました。

――研究会の初代会長を務められたとお聞きしましたが、どのような活動をされていたのでしょうか。


有田秀穂氏: イルカのように潜って海の中を覗くといった生活にすごく魅了されてしまって、海に通ってダイビングする生活をずっと続けていたんです。イルカの呼吸というのは特別な呼吸になりますから、そういう潜水に関係した実験、国家プロジェクトにも入っていまして、呼吸というものに対して特別な関心を持つようになりました。陸上で生活している普通の呼吸ではなくて「呼吸法」というものに出会ったという感じでしたね。
水深300メートルというのは31気圧ですが、その深度に相当するタンクの中で国際医学研究に従事しました。そういうところでは通常は生きていけないから、ヘリウムという特別なガスを使いますし、酸素中毒というのが起こらないように酸素のレベルも上げないようにするといった、特別な環境を作ります。だからヘリウムが九十パーセント以上。そこで私たちがまともに活動できるのかという研究が、私が大学の頃にあったんです。それはその後、高深度の潜水技術として、例えば石油の掘削や港湾工事などにつながっていきました。プロのダイバーの人と一緒に生活して、後に本四架橋に携わる人などが技術を会得すると同時に、私が医学の側からサポートしていたという、仲間というか、そういった関係なんです。その時私は医師として参加しました。今は潜水をしませんが、内科医になってからも呼吸のことをずっとやっていきました。

――呼吸法と潜水には、どういった関係があるのでしょうか。


有田秀穂氏: 潜水をする人の中にイタリア人のジャック・マイヨールが知られていますよね。彼は『イルカと海へ還る』の著者で、「グラン・ブルー」という映画もありますよね。あの人はボンベを使わず、いわゆるイルカの潜水をやるんです。ただ潜水の深さが並ではなく、100メートル以上。ジャックは潜水前にヨガの呼吸法をやっていたので、呼吸法が不安や恐怖の克服に効くことを当時漠然と思っていました。イルカの呼吸というのも一種の呼吸法で、その呼吸法が、私がその後研究するようになるセロトニンや座禅と関係があるというところに気付いたんです。マルセイユのホテルの一室でのことでした。突然そういう発想が出てきたので不思議というか、啓示のように感じました。座禅の呼吸法として今は研究していますが、もっとルーツを辿ると潜水に辿り着くのです。

――なぜ医学の道に進もうと思われたのですか?


有田秀穂氏: 小学校の低学年の時にシュバイツァーの本を読んだんです。「アフリカに行って、ああいう医者になりたい」と思っていました(笑)。はっきりとは覚えていないのですが、本は父からもらったものだと思います。

メンタルヘルスの問題を医科学で紐解く


――執筆を始めたきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。


有田秀穂氏: セロトニンの本を書こうと思ったのは、私がやっていたセロトニンと座禅の研究が、実はメンタルヘルスの鬱との関係があるということが見えてきた時だったんです。セロトニンとは何か。そしてセロトニンはどういう働きがあって、どうすると弱るかというメカニズムを社会に情報として発信することによって、増えつつあるメンタルヘルスの問題に対して「医科学の方面から何か役に立つ情報が与えられるかな」と思ったんです。そういったテーマで書いた最初の本が好評だったんです。その後は、そういうセロトニンと座禅、あるいはセロトニンと呼吸法という流れで本を書きました。もう50冊以上になったかな。

――最初の1冊はどのようにしてでき上がったのでしょうか。


有田秀穂氏:セロトニン欠乏脳』という本はNHK出版から出したんですが、大石さんというNHK出版の編集長の方が私の講演を聞きに来られて、「面白いから本にしてみないか」というオファーがあったんです。本を出したら広まり始めて、そこからはテレビに出て、さらに広がっていった。そういった形で著作の数も増え、セロトニンに対する関心もどんどん広がっていったんです。

――執筆に関して、どういった想いをお持ちですか?


有田秀穂氏: 中外医学社という医学の専門の出版社がありますが、私はその出版社の編集委員をやっていたのです。2000年のちょっと前ぐらいに、月刊誌の『クリニカルニューロサイエンス』という、臨床の脳科学を主に医者に向かって発信するといった雑誌の編集委員をある人を介してオファーされたんです。そうやっているうちに脳生理学の連載をすることになって、それからは12年間ずっと連載を毎月やり続けています。毎月、脳生理学のテーマを選んで12年間、1回も落とすことなくやってきました。脳科学においてその時代で一番興味を持たれているホットな話題のものをいつも選んで、それを自分なりに消化して書くということを、長年続けてきました。大変だったなと思いますが、今は、そういう経験が出来たということがすごく大きかったと思っています。

――12年もの間、連載を続けられるにあたってご苦労されたことはありますか?


有田秀穂氏: ネタがだんだん切れてくるとか、自分の関心はもうここで終わりだとか、そういう意味での行き詰まり感というのは、私にはなかったんです。このテーマをある程度書き終わったら次はこのテーマ、次はこのテーマといった感じで、それぐらい脳科学というのがどんどん広がっていましたし、興味深い新しい領域が広がっていたことは間違いないです。脳科学という領域が発展途上でもあったし、セロトニンも含めて新しい治験が多く出てきていました。最後の6年間は、脳科学の中でも、特に心に関係する脳の情報が増えてきていました。そういう意味では後半の6年ぐらいは、ずっと勉強しながら情報を発信していたように思います。
例えば1つのレビューというか、総説が出るのに1000ぐらいのオリジナルの研究があって、その研究をある研究者が纏めたというものを、自分なりに消化して、たった2ページくらいなんですが、そこに書き込む仕事をずっとやってきました。そういう意味では私自身が驚き、興奮したものを、なるべく簡単な言葉で、全く知らない人たちに情報を送っていく。私のフィルターを介してということなので、果たしてこれでいいのかなという不安もありますが、少なくとも読者からの反響をとても感じるものがありました。医者などの専門家に向けた解説書は作っていたのですが、先程のNHK出版をきっかけに、一般の人向けに書く機会が生まれたんです。私の研究成果も踏まえて一般の人に還元するというか、1つの啓蒙活動といった形で情報を社会に広めていくということになりました。色々な脳科学の知識がどんどん膨れあがっていたところと、出版の機会とが丁度重なったのだと思います。

面白いものを見出す能力が必要


――本を書く上で大切にされていることは?


有田秀穂氏: 文章の上手下手じゃなくて、どちらかというとちょっと難しい内容を分かりやすく説明するということ。それは自分自身の1つの能力かなと思います。

――編集委員という経験をお持ちの先生から見た、編集者の役割とはなんでしょうか。


有田秀穂氏: 編集者は色々な能力が必要だと思うのですが、やっぱり面白いものを見いだす能力は必要だと思います。毎月編集委員会をやっていましたが、面白いテーマを見つけるだけじゃなくて、精神医学全体的というか、臨床という現場との関係もあるので、医学の中での位置もきちんと確認しなくてはいけません。そういうことを毎月やっていたことによって、知らない間に編集者の見方を訓練することができたのかなと思います。

本の価値ということを考えると、電子と紙では違う


――電子書籍に対する可能性はどのようなところにあると思われますか?


有田秀穂氏: 私自身の本はいくつかKindleの電子書籍になっているんです。でも実は、自分ではKindleで読んでいません。紙媒体以外から情報を取るということは、実は私たちのようにサイエンスの世界にいる人間は、もう日常的にやっているわけです。わざわざ図書館に行ってコピーをする時代というのは10年以上前にほとんど終わってしまいました。昔のもので、デジタル化されていない医学情報の場合は例外ですが、今は殆ど医学のジャーナルでダウンロードする世界になっています。医学、サイエンスの世界では、自分の机の前にいるだけで世界中の色々な論文が瞬時に手に入ってくる。しかも手に入らないかなと思うような昔の論文でも今は電子化されてきていますから、そういう意味ではすごく便利です。質の良い情報を瞬時のうちに手に入れることができる。でも読む時にはやっぱり紙の方がいいので、紙にプリントアウトしますね。

――紙の本と電子書籍の大きな違いはなんでしょうか。


有田秀穂氏: 本の価値というものを考えると、電子書籍と紙の本では全然違うものを感じます。自分の1つの考え方を体系として纏めて書くわけでしょう。そのプロセスでは今でも紙媒体を使います。情報収集にはパソコンは使いますが、纏める作業では、行ったり来たりして修正が絶えず繰り返されて、次第に1つの形が見えてくるので、絵を描くのと少し似ています。そのでき上がった絵を見る時には、今でも私は紙媒体を見て、そこに書き込みをしたりして、どんどん修正を加えて行くんです。私はそういう意味では紙媒体と電子書籍の両方を駆使して作業をしていると思います。

――読む時に出力して読んでいるとおっしゃいましたが、紙と電子書籍を使い分けていらっしゃるのですね。


有田秀穂氏: デジタル化された情報も、結局は一旦プリントアウトするんです。プリントアウトしてから今度は自分の頭を動かす作業に使っていくんです。電子書籍の形ではなかなかできない。不思議ですよね。

――とことん向き合えるのが紙の良さなのでしょうね。


有田秀穂氏: そうですね。自分が読んだ時に、頭が動いたものに下線を入れたり、直接書き込んだり。それが後で本を執筆する時にも役に立ちます。まだ暫くは、紙の本は、私にとっては重要な道具であり続けると思います。

――医学という分野において、電子書籍との親和性についてはどのようにお考えでしょうか?


有田秀穂氏: 医学書の厚さ、情報の量といった点を考えると、検索という点では優れていますよね。やっぱり紙だとそうはいきません。だから、シーンに応じて使い分ける時代なのかなと思います。

鬱病や自殺者を減らしたい


――先生のミッションとは?


有田秀穂氏: 私はセロトニンという言葉を日本の社会に発信しましたし、そのセロトニンが今のメンタルヘルスの問題に深く関与していることも間違いないことが分かってきました。今日、アドレナリンというサイエンスの言葉が一般会話で使われるようになっていますが、セロトニンという言葉も、人間の心の幸せや元気に関連するものとして、日常会話で使われるようになってもらいたいと私は思っています。それから、現代社会が抱える問題は、私たちが生活習慣を変えることによって改善できるんだということを少しでも広めていきたい。鬱で苦しむ人も、自殺者も減ってほしい。そのために私がやってきた研究や、私の書いた本が役立てるのならば、今後もそういった活動を続けていこうと思います。

――今後の展望をお聞かせください。


有田秀穂氏: 今IT化した社会で心に傷を負った人がたくさんいますよね。マスコミとの関係もありますが、やっぱりIT化社会の中でどうしたら人間が幸せに生きていけるのか、そこが大きなテーマだと思っています。それにもやはりセロトニンの研究や、最近やり始めたオキシトシンの研究、前頭前野の研究などが関係するんです。IT化した社会の中でかなり社会環境が激変していますので、今までの幸福学とは少し違う側面からの研究が絶対必要だと思います。ですからIT化社会における幸福学を脳科学で考えていきたい。そしてその情報を発信していきたいと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 有田秀穂

この著者のタグ: 『大学教授』 『科学』 『考え方』 『研究』 『理系』 『医者』 『幸福学』

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