本の価値ということを考えると、電子と紙では違う
――電子書籍に対する可能性はどのようなところにあると思われますか?
有田秀穂氏: 私自身の本はいくつかKindleの電子書籍になっているんです。でも実は、自分ではKindleで読んでいません。紙媒体以外から情報を取るということは、実は私たちのようにサイエンスの世界にいる人間は、もう日常的にやっているわけです。わざわざ図書館に行ってコピーをする時代というのは10年以上前にほとんど終わってしまいました。昔のもので、デジタル化されていない医学情報の場合は例外ですが、今は殆ど医学のジャーナルでダウンロードする世界になっています。医学、サイエンスの世界では、自分の机の前にいるだけで世界中の色々な論文が瞬時に手に入ってくる。しかも手に入らないかなと思うような昔の論文でも今は電子化されてきていますから、そういう意味ではすごく便利です。質の良い情報を瞬時のうちに手に入れることができる。でも読む時にはやっぱり紙の方がいいので、紙にプリントアウトしますね。
――紙の本と電子書籍の大きな違いはなんでしょうか。
有田秀穂氏: 本の価値というものを考えると、電子書籍と紙の本では全然違うものを感じます。自分の1つの考え方を体系として纏めて書くわけでしょう。そのプロセスでは今でも紙媒体を使います。情報収集にはパソコンは使いますが、纏める作業では、行ったり来たりして修正が絶えず繰り返されて、次第に1つの形が見えてくるので、絵を描くのと少し似ています。そのでき上がった絵を見る時には、今でも私は紙媒体を見て、そこに書き込みをしたりして、どんどん修正を加えて行くんです。私はそういう意味では紙媒体と電子書籍の両方を駆使して作業をしていると思います。
――読む時に出力して読んでいるとおっしゃいましたが、紙と電子書籍を使い分けていらっしゃるのですね。
有田秀穂氏: デジタル化された情報も、結局は一旦プリントアウトするんです。プリントアウトしてから今度は自分の頭を動かす作業に使っていくんです。電子書籍の形ではなかなかできない。不思議ですよね。
――とことん向き合えるのが紙の良さなのでしょうね。
有田秀穂氏: そうですね。自分が読んだ時に、頭が動いたものに下線を入れたり、直接書き込んだり。それが後で本を執筆する時にも役に立ちます。まだ暫くは、紙の本は、私にとっては重要な道具であり続けると思います。
――医学という分野において、電子書籍との親和性についてはどのようにお考えでしょうか?
有田秀穂氏: 医学書の厚さ、情報の量といった点を考えると、検索という点では優れていますよね。やっぱり紙だとそうはいきません。だから、シーンに応じて使い分ける時代なのかなと思います。
鬱病や自殺者を減らしたい
――先生のミッションとは?
有田秀穂氏: 私はセロトニンという言葉を日本の社会に発信しましたし、そのセロトニンが今のメンタルヘルスの問題に深く関与していることも間違いないことが分かってきました。今日、アドレナリンというサイエンスの言葉が一般会話で使われるようになっていますが、セロトニンという言葉も、人間の心の幸せや元気に関連するものとして、日常会話で使われるようになってもらいたいと私は思っています。それから、現代社会が抱える問題は、私たちが生活習慣を変えることによって改善できるんだということを少しでも広めていきたい。鬱で苦しむ人も、自殺者も減ってほしい。そのために私がやってきた研究や、私の書いた本が役立てるのならば、今後もそういった活動を続けていこうと思います。
――今後の展望をお聞かせください。
有田秀穂氏: 今IT化した社会で心に傷を負った人がたくさんいますよね。マスコミとの関係もありますが、やっぱりIT化社会の中でどうしたら人間が幸せに生きていけるのか、そこが大きなテーマだと思っています。それにもやはりセロトニンの研究や、最近やり始めたオキシトシンの研究、前頭前野の研究などが関係するんです。IT化した社会の中でかなり社会環境が激変していますので、今までの幸福学とは少し違う側面からの研究が絶対必要だと思います。ですからIT化社会における幸福学を脳科学で考えていきたい。そしてその情報を発信していきたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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