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世界中の本好きのために

池尾恭一

Profile

1950年、神奈川県生まれ。1973年慶応義塾大学商学部卒業。慶応義塾大学大学院商学研究科修士課程・博士課程などを経て、現在に至る。商学博士(慶應義塾大学)。主な著書に『消費者行動とマーケティング戦略』(千倉書房)、『日本型マーケティングの革新』(有斐閣)、『モダン・マーケティング・リテラシー』(生産性出版)、『商業学:新版』(共著、有斐閣)、『日経で学ぶ経営学の考え方』(共著、日本経済新聞社)、『ネット・コミュニティのマーケティング戦略』(編著、有斐閣)、『戦略的データマイニング』(共著、日経BP)などがある。

Book Information

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「豊かな生活」が描ければ、技術革新は未来を明るくする



池尾恭一さんは、マーケティングを専門とする経営学者。消費者行動、市場戦略について、日本の企業社会の特質を踏まえて分析し、ビジネススクールでの指導、学術研究を展開されています。論文や教科書、一般向けの書籍を多く執筆される池尾さんに、研究における電子書籍の利用、音楽や映画などのコンテンツ受容の仕方の変化を手がかりに、書籍の形、出版社のあり方などの未来展望を語っていただきました。

日本のビジネススクール発祥の地で指導


――ビジネススクールでの活動についてお聞かせください。


池尾恭一氏: 学部がない、いわゆる独立大学院で、経営管理研究科の修士課程と博士課程を担当しております。うちの学生は8割ぐらいは実務経験のある人で、年齢は30歳くらいの人が多いです。企業から派遣されて来る方がだいたい3割、新卒の学生が2割ぐらい。残りが企業をスピンアウトして来るといった形です。大学院ではありますが、アカデミックスクールではなくてプロフェッショナルスクール、すなわちプロのマネージャー、経営者を養成するところです。一方、博士課程はアカデミックスクールで、学者を養成する場所です。ただ、修士課程との関係もあって、ビジネススクールで教える学者を養成することに若干ウエイトをおいています。また、学外でも企業向けの研修をやらせていただいて、ビジネススクールのMBAプログラムより上の40歳、50歳ぐらいの方を相手にしたプログラムを多くやっています。

――慶應のビジネススクールには長い歴史がありますね。


池尾恭一氏: 慶應のビジネススクールは、日本で最初のビジネススクールなのです。去年、慶應ビジネススクールは創立50周年を迎えました。歴史を調べると、1956年に米国のハーバードビジネススクールがフィリピンでアジアでは最初のAMP(Advanced Management Program)を開催しましたが、そこから教授陣が帰国する際、慶應に来てくれました。日本には外貨がなかったので、世界的な石油会社のスタンダード・バキューム石油がお金を出してくれて、そこで開かれたのが、慶應ビジネススクールの母胎となったプログラムで、高等経営学講座、通称トップセミナーというものでした。その後、1962年に組織としての慶應ビジネススクールがスタートしました。今でも毎年夏に、大阪の帝国ホテルにハーバードの先生も呼んでやっています。私もハーバードに行っていましたし、ハーバードのビジネススクールと慶應は、非常に関係が深いのです。ハーバードと同じようにケーススタディーを非常に重視しているのも、そういった歴史的ないきさつがあるからです。

本を持っていないと、手持ちぶさた


――中学から慶應に通われていたとお聞きしましたが、幼少期はどのようなお子さんでしたか?


池尾恭一氏: 私は神奈川県の葉山というところに生まれました。だから、「ご出身は東京ですか?」と聞かれると、プライドを持って「違います」と言うんです(笑)。中学校から慶應で、小学校の時には唯一プレッシャーのかかった勉強をしていたと思います。中学、高校では野球をやっていまして、高校の時、1番バッターで神奈川県ベスト4までいったこともあるんですよ。

――読書はお好きでしたか?


池尾恭一氏: 子供の頃からも、本を読むことは好きでした。中学校に入ってしまうと、一貫校で受験戦争とは無縁だったので、わりと勝手に、好きな本を好きなように読んでいました。大学の教師になると、本を読むのは商売ですが、それ以前から活字中毒的なところがありました。電車に乗ると、難しい本でも週刊誌でもいいんですが、何か読むものがないと手持ちぶさたになります。今はiPadやスマートフォンがあるので、かなりの数の本が入りますし、九州まで新幹線で行っても、アメリカまで飛行機で行っても、飽きることが無いのでうれしいです。

――今は海外に行かれることは多いですか?


池尾恭一氏: 年に3、4回は行きます。11月にはアメリカに行きますが、それ以外はアジアが多いです。私はマーケティングについて日本で最も歴史がありまた多くの学者が参加している、日本商業学会の会長をやらせていただいています。今日本の商業学会と韓国のマーケティングの学会と中国のマーケティングの学会で、一緒に大会をやろうじゃないかという話が進んでおりまして、その打ち合わせもかねて、それぞれの会長を招待し合っています。去年は私が韓国、中国に行って、今年は韓国と中国の方に来ていただきました。あとはケーススタディーの取材で台湾や中国に行ったりもします。ビジネス、学会、研究、教育と、アジアの重要性はどんどん高まってきていいますので、アジアに行く機会が非常に増えてきております。

クラウドが研究スタイルを変える


――移動中に電子書籍を読まれるそうですが、本が電子化されることに、抵抗感はありませんか?


池尾恭一氏: 抵抗感はあります。本を電子化するときは、自分でやるわけですが、その本を捨てざるを得ない。だから、骨董的な価値のある本など、非常に重要な本は捨てるのに抵抗があるため、電子化していません。
一方で、我々がなぜiPadを多用するかというと、一つの理由は老眼なのです。細かい字が非常に見えにくい人には、文字を自由に大きくできるので、電子書籍は読みやすいんです。小説を読むときというより、色々と資料を当たらなくてはいけないという時にとくに便利です。

――大学の研究で使われる書籍は電子化されているのでしょうか?


池尾恭一氏: 慶應は、ある本屋さんと世界の主要なアカデミックな雑誌をインターネットで見る契約を結んでいます。だからどこにいても、アカデミックな雑誌に関しては読むことができます。昔は極端な話、外国まで資料を集めに行きましたから、今は圧倒的に便利になりました。慶應はわりとインターネットの対応は早くて、93、4年からインターネットというものに触らせていただいています。その前後からTelnetが出てきて、資料を送ってもらえるサービスが始まりました。それがあれよあれよという間に、自由にダウンロードできるようになっていきました。

――まだ改善の余地がある、という部分はありますか?


池尾恭一氏: 分厚い本に関してはまだ遅いので、400ページの本であちらこちらのページに飛ぼうとするとイライラします。電機メーカーの方から、もうちょっと待てばもっとよくなるという話を聞きましたし、その部分にも改善の余地があるのかもしれません。遠くない将来に、本のクラウド化といったものが、もっと進むのではないでしょうか。私のゼミにも通信関係の人間がいて、クラウドを作っている企業のマーケティングをどうしようかという研究をしていました。企業内の業務をクラウドにすることには、企業秘密もあって難しい部分もあるでしょうが、それ以外は今後どんどん進んでいくと私は思います。個人の生活も劇的に変える可能性もある。本を読むのも書くのも我々の仕事ですから、その仕事がクラウドによってどう変わっていくかは、重要な問題であり、かつ興味深いところです。



実務者からのフィードバックをもらえる学問


――マーケティングについて勉強されようと思われたきっかけは、どういったことですか?


池尾恭一氏: 一番現実的だったんです。慶應には経営学部がなくて、商学部ですが、ここなら学んだことをすぐに使えるのかな、と当時考えたのです。縁あってマーケティングのゼミに入れていただいて、マーケティングを勉強していたら、非常に面白かった。初めは修士課程だけ行こうと思っていたのですが、その後さらに勉強が面白くなったのと、色々なお誘いもあって、気が付いたら博士課程にいました。普通の就職も考えていたんですが、やっているうちにどんどん深みにはまって、気が付いたら研究者になっていたという感じです。

――改めて、経営学やマーケティングの魅力は研究者から見てどういったところだと思われますか?


池尾恭一氏: 現実と非常に近いところにいるので、自分が研究したことを、実務の現場で生かして、そのフィードバックも得られやすいことです。冒頭にお話した通り、ビジネススクールにいる方の大半は、実務の現場にいらっしゃる方なので、私の考えていることが、すぐ評価してもらえる。そういう意味では非常に恵まれた職場にいるのではないかと思っています。コンサルティング、あるいはビジネスの現場で教育させていただく機会も非常に多いですから、やりがいがあります。慶應義塾のキャッチフレーズに「半学半教」という福沢諭吉先生の言葉がありますが、それが体現しやすい職場ではないかと私は思っています。

――本の執筆に関しては、いつ頃から始められたのでしょうか?


池尾恭一氏: 大学院を卒業した頃から、少しずつ執筆依頼がくるようになりました。単著ではなく、誰かが編集した本の一部を書かせていただくとか、学術論文だけではなく雑誌からも、一般の方向けの執筆依頼もきたりします。私の最初の単著は、博士号をとるために行った研究を元にした『消費者行動とマーケティング戦略』という学術書でした。その後に、『日本型マーケティングの革新』という本を出しました。いわば啓蒙書というか、ビジネスマンの方々に自分が考えていることを訴えて、フィードバックをいただくために書きました。『モダン・マーケティング・リテラシー』は、教科書と啓蒙書の間ぐらいの位置づけで、学部の学生を射程に入れながら、ビジネススクールの学生や、実務で働いていらっしゃる方に「マーケティングはどのように考えればいいのか」ということをご理解いただく、という位置づけで書きました。

マーケティングを激変させる3つの現象


――最近の、マーケティングに関する変化では、どのようなことが注目されていますか?


池尾恭一氏: 日本のマーケティングに関して、ここ数十年劇的な変化を迎えているのではないかと思っています。変化には大きく3つあります。日本のマーケティングには、もともと1つの極めて強力なパターンがあって、例えばメーカーの立場から言うと、メーカーが販売会社や卸業者とか小売店を囲い込む。トヨタがディーラーを囲い込む、松下が系列支店を囲い込む、資生堂が花椿チェーンの店を囲い込む。そういった囲い込みをベースにしたマーケティングが日本の経済成長を支えてきたわけです。そういった囲い込みが崩れている、といった変化が1つ目。私はオープン型と呼んでいるんですが、自動車はまだ変わっていませんが、電機屋さんは、系列店からヤマダ電機のようなお店に変わっていく。化粧品も色々な会社の商品を扱うようなお店に変わっていく。そういう風になると単に販売経路が変わるだけではなくて、マーケティングのやり方そのものが大きく変化します。



――囲い込みの崩れが、マーケティングの変化へとつながっていくのですね。


池尾恭一氏: もう1つは、供給の民主化による変化です。例えば、私が本を書こうとすると、出版社は編集会議を開いて、出すべきか出さざるべきかを検討する。そこをクリアして本ができても、今度は取次店が扱うかどうかを決定する。そして今度は小売り屋さんの仕入れ係が仕入れるかどうかを考え、次に店長さんがどこに置くかを考える、といったスクリーニングを経ていきます。このスクリーニングはすべてその道のプロが行うわけで、そういったプロが作ってプロがスクリーニングをかけていくという流通の仕組みを、我々は3000年以上かけて作ってきた。自費出版をするとなると、それ自体にもかなりのお金がかかりますし、このスクリーニングを通過するのも大変で、したがって、本は、簡単には出せなかったのです。ところが今は、誰でもPDFで本が作れてそれをインターネットで売れるわけです。また、プロが作った本を中古で売っている人もいます。素人が作り、素人が流通させるような仕組みが出てきたのです。クリス・アンダーソンという方は、これを供給の民主化と呼んでいます。こうした民主化された供給に、従来型のマーケティングの仕組みではなじまない部分があるわけです。
3番目はグローバルマーケティングのあり方です。日本は、明治以来、常に欧米に対するキャッチアップでやってきた。貿易構造を見ても、日本の輸出産業は欧米に向かって自動車・電機製品を売っていくのが中心だった。ところが今、先進国の経済成長率よりも新興国の成長率の方が上です。ただ、新興国の経済水準は、確かに急激に上がっていますが、そうはいっても、日本から見ればまだまだ貧しい。つまり、今までは日本よりも豊かな国に物を売るのが中心だったけれど、今はむしろ日本よりも豊かではない国に売ることが大切になってきた。これが、3つ目の変化です。
これらの3つの変化に日本のマーケティングは現状では十分に対応しきれていないわけで、それをどうしたらいいのかというのを、自分の専門領域で考えています。

オンラインとオフラインをどう組み合わせるか


――出版業界はどのように変わっていくでしょうか?


池尾恭一氏: 消費者の本の読み方が全く変わるんじゃないでしょうか。音楽を考えてみると、屋外で音楽を聴く時に、ウォークマンからMDウォークマンになってもそれほど大きく変わりませんでした。そこでは、どういう曲をウォークマンに入れて持ち歩くかということが、我々にとって大きな関心でした。それが今はiPodになって、数千曲が入るので、選ぶことというよりも、むしろプレイリストが重要になってきた。そして、挙げ句の果てにクラウドの定額制で自由に音楽を聴くようになりました。ゲームはタダで遊ばせるけれど、別のところでお金を払ってください、という形になってきた。映画でも、ビデオオンデマンドが出てきた。こうなって、消費者の音楽やゲームや映画への接し方も大きく変わりました。だから今後、本だけが変わらないということは考えにくいです。本を自分で買ってハードディスクにダウンロードするというやり方自体が、この先は古くなるでしょう。すでに青空文庫のように、自由に読める世界もあるわけなので、本自体に課金するというのとは違う形のビジネスが出てくるのかもしれない。ただ、現段階では書籍の電子化は思ったより遅いと感じています。アメリカでも遅いですね。しかし5年10年のスパンで考えれば、変わってくるでしょう。

――紙の本、あるいは書店はどうなっていくでしょうか?


池尾恭一氏: 書店は色々と考えなければいけないでしょうね。私は圧倒的にネットで買うことが多いのですが、では本屋には全く行かないかというと、そんなことはないです。O to Oと言うのでしょうか、オンラインとオフラインをいかに組み合わせて快適な環境を作り上げていくかが、非常に大切なのだと思います。本屋には本屋なりの役割があるでしょうし、補完的なものになっていくと思います。ただネットがあるということは間違いないので、ネットを前提として、どういうことが起こっていくかを考えなければなりません。

消費者の人生全体の「買い物かご」



池尾恭一氏: マーケティングでは、いわゆる「マーケットバスケット」つまり買い物かご、という概念があります。スーパーマーケットが1930年代にアメリカで出てきました。スーパーマーケットの核心は、品目別のマージン決定です。スーパーマーケットを考え出した、マイケル・カレンという方が非常に革新的であったのは、「消費者はスーパーマーケットにある全ての商品の価格は覚えられないから、消費者の価格形成に大きく影響を与える商品と、そうでない商品に分けて、影響を与える商品を思いきって値下げする」と考えたことだと思います。そして、大きく影響を与えない商品はそこそこの低価格にして、買い物かご全体での利益を考えていこうという考えです。ただ、スーパーマーケットの場合は、昨日レジを通った人と今日通った人が同じ人かどうかわかりませんが、インターネットでの取り引きは、全部固有名詞で取り引きされているので、より長期に渡る、極論すれば一生涯に渡るマーケットバスケットの把握が可能です。そうすると人生全体での利益という発想が出てくる。コピー機屋さんは昔から、コピー機は割安の値段で売って、トナーや紙で利益をあげるということをやってきました。これがもっと広い範囲の商品で行われるかもしれません。

――一冊の本に、単体で値付けするという考え方ではなくなるということでしょうか?


池尾恭一氏: 一部の漫画家さんのように、自分の作品の、ある部分はタダにするという発想は当然出てくるでしょう。また、青空文庫を見れば、タダでとてつもない量の本がダウンロードできる。そうなると、影響力のある人のおすすめ自体が重要になるということもあるかもしれません。さらに、ダウンロードできるということよりも「あなただったらこの本とこの本とこの本を読んだらきっと面白いですよ」、というおすすめの方が価値があるという、マッチングが重要なものになるのかもしれません。

新しい仕組みの中で、日本を元気にする


――抽象的な質問ですが、技術革新は、未来を明るくするものになるでしょうか?


池尾恭一氏: 絶対に明るくするはずです。それは過去を見れば明らかで、少なくとも自由主義経済にとっては技術革新は未来を明るくするものだと思います。ただ、それに上手くある業界がついていくかどうかは別の問題だと思います。いかにその技術によって、快適な生活を提案できるか、そこがカギです。最終的にお客様にとっての価値に結びつかなければいけないわけで、それを結びつけるのは技術を開発している会社なのかもしれないし、それを利用している人たちなのかもしれない。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。


池尾恭一氏: 先程の3つの変化にもみられるように、今は世の中が大きく変わろうとしています。そのような状況下で我々にできることは、マーケティングの研究や教育を通じて、どうすればより豊かな生活を実現できるか、というところに貢献することだと思います。それから、私どもの世代は、日本が豊かになるのを見てきましたが、今日本人は自信を失っているように感じています。しかし、日本の潜在能力はこんなもんじゃないと私は思っています。だからこそ、来るべき社会において、日本を元気にさせるような、なんらかの啓蒙活動ができないだろうか、ということを、これからも考えていきたいと思います。

(聞き手:沖中幸太郎)

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この著者のタグ: 『大学教授』 『海外』 『経営』 『マーケティング』 『ビジネス』 『書店』

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