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世界中の本好きのために

赤池学

Profile

1958年、東京生まれ。1981年筑波大学生物学類卒業。1983年静岡大学大学院中退。 社会システムデザインを行うシンクタンクを経営し、ソーシャルイノベーションを促す、環境・福祉対応の商品・施設・地域開発を手がける。「生命地域主義」「千年持続学」「自然に学ぶものづくり」「農業立国」を提唱し、地域の資源、技術、人材を活用した数多くのものづくりプロジェクトにも参画。科学技術ジャーナリストとして、製造業技術、科学哲学分野を中心とした執筆、評論、講演活動にも取り組み、2011年より(社)環境共創イニシアチブの代表理事、(公)科学技術広報財団の理事も務める。グッドデザイン賞金賞、JAPAN SHOP AWARD最優秀賞、KU/KAN賞2011など、産業デザインの分野で数多くの顕彰を受けている。

Book Information

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書籍・出版に「フラッグシップ」の役割を期待



ユニバーサルデザイン総合研究所で所長を務め、科学技術ジャーナリストとして活躍されている赤池学さんは、年齢や性別、国籍、障がいの有無などに関わらず、すべての人にとって使いやすい「ユニバーサルデザイン」の、ビジネスや行政における普及に貢献。この概念をさらに深めたデザインの姿を模索し続けています。社会の変化に適合したデザインの新たな展開、また、電子書籍など出版の話題から、広く価値を提供する「言葉」の力について伺いました。

公益と事業益を両立させるデザインを


――ユニバーサルデザイン総合研究所では、どのようなお仕事をされているのでしょうか?


赤池学氏: 研究所は1996年に設立しまして、たぶん日本で初めて「共用品」と訳されているユニバーサルデザインのノウハウを持ち込みました。当初は、主にパナソニックのような家電メーカーとか、トヨタのような自動車メーカーと、「みんなのための家電」や「みんなのための車」を作って、通信会社でも、高齢者が使いやすい「らくらくホン」などのデザインコンセプトを手がけました。最近は、スマートシティとかスマートハウスの流れの中で、環境性能の高い商品住宅の設計、新しい再開発地域のオフィスビルなどのコンセプトデザインや環境システムのアドバイスを行っています。

――ユニバーサルデザインという言葉は、ビジネスの世界ですっかり定着した印象があります。


赤池学氏: 多くの企業がユニバーサルデザインのガイドラインを作って、高齢者にも障がい者にも子ども達にも、安心・安全な物作りをすることが必要条件化しているといえます。僕のものづくりの提言の1つは「感性価値」という考え方です。ものづくりはこれまでハードウェアという技術と、それをどんな領域で展開するかというソフトウェアのプランニングでした。そこから生み出される他社にはない機能を売り物にしてきたのですが、今は韓国のサムスン電子に代表されるように、技術はほとんど日本と同等、商品の価格は安い、というものづくりが台頭してきています。日本は技術を過信していたので、デザインクオリティなどは既に新興国の製品の方が高くなっています。機能という品質は必要条件ですが、それだけに甘んじていたら売れない。そこで提起したのが「センスウェア」という考え方。心と五感に訴求する新しい価値を作っていくということです。それを経産省が「感性価値」という言葉にしてくれました。

もう1つ最近力を入れているのが「クリエイティング・シェアード・バリュー(CSV)」という、公益と事業益を両立させる開発投資です。僕は、これからのユニバーサルデザインはCSVだと思っています。今までの共用品開発は、商品とか施設の多様なユーザーが利用しやすい物を作ってきたんですけれど、そもそもユニバーサルデザインは「デザイン・フォー・オール」、みんなのためのデザインですから、ユーザーではない思いつく限りのステークホルダーに対してもメリットを提供できるように物や施設を作らなくてはならないはずです。これが「ソーシャル・ウェア」、「公益品質」という考え方です。2年前、マイケル・ポーターがCSVを開発しない限り企業には持続性がないという提言をされました。それは「センスウェア」という考え方と重なっているので今、いろんな企業さんとCSV事業のインキュベーションを始めています。

千年続くデザインのカギは「生物」



赤池学氏: 2001年に異分野の科学者と一緒に「千年持続学会」という学会を作りまして、千年持続するデザインや技術について議論をしたのですが、結論は、人間が千年のオーダーで使い続けてきた素材や技術、デザインは、高い確度で千年先も使っていくということです。絹は千年先も多分使っていくし、石油資源由来で、絹以上の素材を生み出すというのは相当ハードルが高い。要するに過去に知恵や宝があるのです。

京都の町屋には坪庭がありますが、あれは意匠空間であると同時に、光や涼やかな風を効率的に取り込む環境装置として導入されている。なのに、ハウスメーカーさんの住宅商品は上物(うわもの)としての建物は作っても庭は作らない。逆に、庭からどうしたら光が入ったり涼気がチムニー効果で抜けていくのかということをコンピューターでシミュレーションして、システム化すればコストをかけずに省エネ住宅ができるわけです。庭を売るというのは地面とかベタ基礎を売っているようなものですから、すごくコスト性もいい。かくして装置系に頼らないスマートハウスが実現する。先端技術を知ることも重要ですが、過去の日本の技術とか、日本のデザインとかに未来の大きなヒントがあるのです。

――エネルギーのことを考えると、持続可能性は大きなテーマですね。


赤池学氏: 地下資源は枯渇に向かっています。一方、生物の資源は志せば保全もできるし、増産もできるし、もっと言えば改変までできる。バクテリアにクモの糸を作らせるみたいなことまで可能になる。結局、一番合理的なのは生物です。四万十川とかでも、シロウオを未来の子孫に残してあげるのか、それとも絶対自然に戦って勝てるわけがないのに防潮堤を作ることを選択するのか。今、世の中の気運は防潮堤です。「それでいいんですか?」ということを真剣に考えないといけません。

もう十数年以上も前から自然に学ぶものづくりを提唱してきて、バカにする教授や先生も何人かいたんですけれど、最近シャープは蝶とか鳥に学んだ扇風機とか空調機とかを作っています。鉱工業をやっていた工学部の先生なんかは、それはいやですよね。人工物とか石油資源に依存した技術を進化させてきた人は、「自然物の方が偉い」とか言われた日にはムカッとくると思います。でも本当に生物は偉いんです(笑)。

型を知っているから「型破り」ができる


――ものづくりやデザインについて小さな頃から興味がおありだったのでしょうか?


赤池学氏: 僕は生まれも育ちも東京都大田区の大森で、家の周辺には旋盤屋さんや金型屋さん、メッキ屋さんなどがあって、しょっちゅう工場に潜りこんでは、職人さん達に教わりながら旋盤を使って、金属をバイトで削らせてもらったりしていました。何を作るというわけではないのですが、金属をピカピカにするだけでうれしかったですね。そういう経験をずっと重ねてきたので、高校時代にはバックロードホーンを作ったり、それが進化して仲間とシンセサイザーを作ったりしていました。僕らの時代は電子ブロックみたいな理科系、ものづくり系の玩具が流行っていたので、将来は工学部に入ろうと思っていました。

――大学では生物学を学ばれていますが、どのような経緯だったのでしょうか?


赤池学氏: 僕らが大学受験をした頃は、ワトソン、クリックがDNAの解析に成功したりしていて、「21世紀はバイオの世紀だ」というトレンドがあったので、趣旨替えをして大学院までは生物学、具体的には昆虫発生学を研究していました。ただ、昆虫発生学とか形態形成の世界は、最先端の非線形の物理学とか波動理論とか、高度な物理・数学の能力がないと成り上がっていくのは難しい。「これは無理だな」と思いました(笑)。そんな時、電子顕微鏡などで昆虫とか卵(らん)を観察していて、ある時「生物が形作るデザインの合理性を人工物に展開できる」と思ったんです。もともとものづくりが好きだったこともあって、大学院を受けました。芸術の大学院を受けましたが見事に落っこちて、静岡大学の大学院へ行って工学部で設計や美学を学びました。2年で中退しちゃったんですけど、それがデザインの世界に入ったきっかけです。

――就職してからはどのようなお仕事をされたのでしょうか?


赤池学氏: 読売新聞の広告局に入って、そこで『読売住宅案内』の創刊とか、広告企画の仕事をやらせてもらいました。たぶんその時、広告局も科学技術が理解できる広告マンを欲しがっていたんだと思います。僕はサイエンスについても技術についても浅く広くは分かるので、単なる商品のイメージ広告企画ではなくて、新商品が持っている技術的なバリューというものを理解した上でいろんな広告企画を作りました。この時代に体験したことが、今のビジネスとつながっています。自動車の広告企画から、ペット食品、不動産、金融の広告企画など、いろんな業種を浅く広く見てきたので、食品から地域開発まで、その課題とノウハウを蓄積することができました。

――科学の知識がデザインや商品開発にどのように活かされるのでしょうか?


赤池学氏: 知識とか技術を、従来にはなかった価値とかインパクトのある商品としていかに展開するかということを絶えず考えています。逆に言うと、型が分かっているから「型破り」ができる。例えば少し前の仕事で、人工光とか太陽に当てると8時間ぐらい光り続ける蓄光タイルがあって、それのまっとうな使い方は避難誘導灯を無電力化するとか、夜間の電力のいらないバリアフリーのサインとして活用したりといったことなのですが、光るんだったらネイルアートとかプチデコとか、違う商品領域にも展開できると思いました。生花を光らせられないかと考えて、粉にしてインクを吸わせるようにすると、夜に暗闇で光るシクラメンの切り花ができたりするわけです。

子育てに向き合って気づいたこと


――独立されて、デザインコンサルタントやジャーナリストとして活動されるようになったのはなぜだったのでしょうか?


赤池学氏: 読売新聞に4年間いたんですが、その時代はバブルが好景気に向かっていく最中で、広告局の企画マンとしての経験や人脈を活かして、独立して新規事業提案や新商品開発の企画コンサル会社を立ち上げ、不動産とか住宅などの商品開発を始めました。その時代はバブルでしたから、いわゆる億ションのデザインとか、石亭グループさんと日本一の金持ち達が集まるリゾート施設の開発・提案をしたり、バジェットの大きい仕事をやってウハウハしていた時代でもありました。ところが、僕が32歳の時、親父が脳出血で半身不随になって、経営していた注文紳士服の店を畳んで家族中で介護をするようになりました。でも僕は、家族の目が障がい者になった父親に向けられている間にも、家庭をほったらかしにして仕事ばかりしていました。すると、翌年33歳の時に、うちの嫁さんが「背中が痛い、腰が痛い」と言い出して、病院で診てもらったら、悪性ガンの末期で、もう3カ月しかもたないと言われたのです。半年ぐらい闘病しましたが、2歳の長男と6歳の長女を残して逝ってしまいました。子育てをしながらベンチャー企業はやれないので会社を相棒に任せて、どうやって生活していくかと考えた時、地元の素晴らしい技術や技能を持った町工場を取材する、いわゆる技術ジャーナリストに転身し、読売新聞や雑誌に書いたり、本を出版したりするようになりました。

――ユニバーサルデザインへの興味もそのころからおありでしたか?


赤池学氏: 半身不随になった父の介護や、嫁さんの闘病生活、幼い子ども達と接した経験が、おそらくユニバーサルデザインやキッズデザインに直結しているのだと思います。例えば、娘が幼稚園の上の学年のころ、2歳の弟と遊ぶ。仕事をしながら見ていると、お姉ちゃんは物心ついていますから安心、なんですけれども、お姉ちゃんがやることを乳幼児が真似をする瞬間、とてつもなく危険なことをし始める。お姉ちゃんが絵を描いているマーカーのキャップが床の下に転がっちゃうと、下の子がそれを舐め出して、飲み込みそうになる。誤飲すれば窒息死してしまうかもしれない。
子育てをしながらジャーナリストをやっている時代に、バリアフリーデザインに関わっていたインダストリアルデザイナーのパトリシア・ムーアさんや、彼女の紹介でユニバーサルデザインを提案したロナルド・メイスさんとご縁ができて、彼らの話に衝撃を受けました。先ほど言ったセンスウェアとか感性価値で、技術に頼らなくても物に共感できるというデザインの力、商品の魂みたいなところにお客さんが共感してくれることが分かってきたのです。

また、長男が生まれたころに家を新築したのですが、長男がアトピーとぜんそくになりました。その時はシックハウスなんて言葉はなかったのですが、アメリカの低所得者の住宅で全く同じ症状が出て、建材の化学物質が原因だという論文にたどり着きました。そこで、心ある建材メーカーさんとか、住宅メーカーさんと一緒に、シックハウスという考え方を世の中に発信をして、シックハウス症候群を起こさない住宅商品とか建材の開発コンサルなどもやるようになりました。

紙の本と電子書籍の補完関係を


――本への想いや電子書籍に関するお考えをお聞かせ下さい。


赤池学氏: 実は、今までの話はことごとく本や出版、電子書籍などと関係している話です。執筆とものづくりをやっている僕らにとっては、本は装丁やグラフィックやロゴタイプの全てがデザインされるプロダクトであって、価値もそこに宿る。データとしての書籍は、電子化することによってメリットを作り込むことができますが、逆に、さっき言った「センスウェア」という感性で愛することも、実は捨てがたい価値で、それを電子書籍が担えるかと言うと担えないと思っています。だからやっぱり紙の本というのは残り続けると思いますね。

うちには本が7、8千冊ぐらいあると思いますが、個人的に、山川惣冶の『少年ケニヤ』とか『少年王者』とか、手塚治虫などの昭和の初期の時代のものとかを買い集めてきました。古本はまさに今言った感性価値の象徴です。そういう価値を電子書籍が補完できるかというと、絶対に無理です。キッズデザインの観点からいくと、背表紙を含めて子ども達が日常的に眺めたり、パラパラ読んだりできるということは、極めて教育陶冶性の高い環境です。データとして書籍名が出てくるデジタルの世界で同じインパクトを子供達に与えられるかと言うと、これもちょっと難しい。

――ご自身では、電子書籍はお使いになっていますか?


赤池学氏: 個人的にはほとんど使っていません。ただ、僕は教科書の改訂に伴って、東京書籍さんと主に高校理科の教科書の企画・編集・執筆をずっとやってきましたが、東京書籍さんのICT事業本部がデジタル教科書を作っているので、今その仕事をお手伝いしています。僕のかつての専門分野である生物の教科書なら、DNAがどう複製されてアミノ酸やタンパクを作っているのかといったことは動画で見るのがいいに決まっている。効率的に学習しようと思えば、電子書籍には限りない便利さと可能性があると思います。電子なら、紙の教科書から例えば化学メーカーの工場に飛んでいくとか、製鉄工場の現場に飛んでいくということもできる。実際に、いろんなメーカーさんが教科書製作に参画をするようなネットワークが生まれてきています。僕や仲間のメーカーがなぜ教科書に参画したかと言うと、CSV、公益事業になるからです。自社の持っている知的財産を教育のためにつないでいくというチャーミングなソーシャルウェアビジネスだと思っているからです。

――デジタル教科書に今後の課題などはありますか?


赤池学氏: 紙の教科書には検定があるので、出るまでに短くて3年ぐらいかかります。そうすると載っている情報も全部浦島太郎になってしまう。本が学校で採択される時には、最先端の技術情報はどんどん陳腐化していくんです。ただし、すべてデジタル教科書で勉強ができるようになるかと言うと、これもまた違う。僕らもそうだったけど、やっぱり赤線を引いたり、書き込んだりといった積み重ねが学力につながってくるので、一般の出版と補完し合える関係を作っておかなければいけません。ローテクな教科書を作っているからデジタル教科書も作れるんです。ベースが分かっていないとやっぱり型破りはできないということです。

合理化・最適化社会から自律化・自然化社会へ 


――今後、本あるいは出版社の役割はどうなるでしょうか?


赤池学氏: 広告を若い頃から学んできて、今現在も開発に関わった商品をどうプロモーション、コミュニケーションするかというデザインコンサルもやっていますが、そこで最終的に重要なのは、商品で言うとネーミングなんです。出版が担える上位の価値は言葉作りだと思っています。広告の世界だとビジネスブームワードと呼びますが、例えば、僕は嫌いだけど「低炭素社会」とか、千年持続学会の研究者の一人、沖大幹教授が提唱した「バーチャルウォーター」とか「仮想水」とか、社会のフラッグシップになる言葉を、書籍を通じて世に提起できるかということが、出版の一番重要な価値だと思います。
例えば、「燃料電池」と聞くと、普通の人は「乾電池なの?」と思ってしまいますが、小社がコンサルをして「エネファーム」、家の中にエネルギーの牧場ができるという言葉を提案しました。そういう言葉のインパクトってすごくあるんですね。ですから、社会に対するフラッグシップを打ち立てられる書き手や人材を、いかに発掘して育成するかということです。これが出版社と編集者の一番の役割だと思います。

――今後の社会ではどのようなフラッグシップとなるワードが考えられますか?


赤池学氏: 20世紀までは「合理化社会」で、利便なシステムがあらゆる領域に渡って整備されましたが、環境汚染を含めた負の遺産を溜めてしまった。日本を含む先進国は、この社会モデルとは異なる社会進化の模索に入ったわけです。それがエネルギーで言うと「エネルギーベストミックス」みたいな「最適化社会」です。しかし、全体最適というのは相当難易度の高いソリューションで、結果、部分最適に陥りやすくなる。そして、東日本大震災で、エネルギーの合理的な組み合わせについて専門家も国も答えを持っていないというのが、日本国民にバレバレになってしまった。最適化社会はあの瞬間に崩壊したんです。これからは、情報技術がどんどん成熟して、情報による民主化が起きてくるので、個人も企業も地方自治体も、自ら問題意識を持った情報を世界中から深くかき集めてきて、それをベースに個人も企業も社会も自ら計画をして行動をしていくようなアクションが加速してくるだろうと思っています。

僕はそれを「自律化社会」と呼んでいますが、その胎動は既に起きています。例えば今スマートコミュニティの実証事業が横浜、豊田、けいはんな、北九州で行われています。北九州は製鉄工場が水素を副生してくるので、水素を使った燃料電池の住宅やエコカーを作って独自の水素社会型のまちづくりをしています。たぶんこういうことがいろんな領域で自律的に起きてくる。いわゆる金太郎あめみたいな開発じゃなくて、自然のメカニズムとか生態系サービスとかを、ものづくりやまちづくりに取り込んでくる。それを僕は「自然化社会」と呼んでいます。

人生は1回限り、よりチャーミングに


――今後書かれる本など、活動の展望をお聞かせください。


赤池学氏: 今までも自然に学ぶものづくりの本を書いてきたんですけれど、これはものづくりだけではなくて、まちづくりや社会システム、もっというと国家や企業経営においても、生物に学べるイノベーション、生物をメンターにするフラッグシップが立てられると思っています。来春NHK出版から『生物に学ぶイノベーション』という本を出版します。

それと、今僕は大正時代の研究をしたいと思っています。今の日本の状況は、個人的に大正時代とすごく酷似しているなと感じています。大正デモクラシーで国民が浮かれている間に粛々と国家財政は破綻して、軍国化に進んできたわけですよね。原発以降の国の対応を見るとその思いがますます深まっています。マスコミも国家と結託して、正しい情報を流さない。世界に向けて「放射能を管理しています」って大嘘をついちゃう首相もいるわけです。メディアの情報統制を国が行っている状況も、極めて大正時代に近いんです。大正時代を反面教師にする提言本を出版することによって、これからの日本のデザインに対して多くの人々が共感する提起ができるんじゃないかと思っています。

――最後に、様々な問題の解決に取り組んでいく赤池さんの原動力をお聞かせください。


赤池学氏: これはもう、妻に教えられましたが、「人生は1回限りなので、チャーミングなことをやれるだけやるしかない」ということです。考え尽くせば解決策は生まれてきます。社会の課題を自分で見つけて、解決策を考えていくプロセス自体も楽しいし、実際それが形になればお客さんと一緒に大喜びできる。いいものを作れば社会とか周りの方が褒めてくれるんですから、こんな楽しいことはないですよね。

「仕事」と「お仕事」というのがあって、「お仕事」は生きるため、金を稼ぐためにやらなくてはならないけど、「仕事」はお金を二の次にして、もっと尊厳性のある、誇れる仕事をやるということです。クリエイターという立場で言うと、世の中になかったものを世界で初めて作るという、これはうれしいことです。そして、ある技術をいろんな領域にどう展開しようかというのは1人の脳みそからひねり出せないので、知恵を持った人達とワーキング・トゥギャザーするしかない。その協働のプロセスも楽しい。飲みを交えて「ああしたらいい、こうしたらしい」ということをいろんなスペシャリスト達と語り合うことは、人生の限りない潤いにつながることですからね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 赤池学

この著者のタグ: 『ジャーナリスト』 『デザイン』 『ものづくり』 『原動力』 『子ども』 『ユニバーサルデザイン』 『子育て』

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