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世界中の本好きのために

玄田有史

Profile

1964年生まれ。 東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程退学。博士 (経済学)取得。 2001年出版の『仕事のなかの曖昧な不安 揺れる若年の現在』(中央公論新社)でサントリー学芸賞及び日経・経済図書文化賞を受賞。また2004年の曲沼美恵との共著『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』(幻冬舎)によりニート問題の第一人者として知られる。2012年度から「孤立無業者(SNEP)」の概念を提唱、その実態把握と対策の必要性を主張している。2013年7月には『希望学 あしたの向こうに』(東京大学出版会)、8月には『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)を刊行予定。

Book Information

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誰もが目を背ける問題を言語化し共有する



1964年、島根県生まれ。東京大学経済学部卒業。専門は労働経済学。学習院大学を経て、現在、東京大学教授。『仕事のなかの曖昧な不安』で第24回サントリー学芸賞、第45回日経・経済図書文化賞受賞。著書に『ジョブ・クリエイション』、『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』(共著)、『14歳からの仕事道』、『子どもがニートになったなら』(共著)など。2005年4月より、東京大学社会科学研究所にて「希望学プロジェクト」を立ち上げ、その責任者となる。研究は一生ものとし「希望学」の研究に取り組みながら、「ニート」や「スネップ」など無視できない社会の暗闇にも光を当てる。玄田有史教授に研究テーマとの出会いや、今後の展望などをお聞きしました。

妥協せず、意固地にならずに執筆を


――現在、新しい本のご執筆中ですか?


玄田有史氏: 7月、8月と2ヶ月連続で新しい本を出します。1冊は「希望学」の新しい本で、もう1冊は孤立無業の「スネップ」という仕事が無い人の話です。2004年に『ニート』を書きましたが、仕事が無い人、仕事に恵まれない人の話を書くのは、ほぼ10年ぶりです。希望学は、以前出したのが2009年でしたから4年ぶりです。

――本を執筆する場合、理想の編集者像はありますか?


玄田有史氏: 天童荒太などを発掘した、幻冬舎の石原正康さんという有名な編集者に、『ニート』を書いた時に担当していただいたんです。飲んだ席で、石原さんに「売れる本はどうすれば出来るんでしょうか?」と聞いたのですが「企業秘密なので言えません(笑)」と言われ、はっきりとは教えてもらえませんでした。でも、その時同席していた部下の女性が「売れる本について、日頃、石原から言われていることを自分なりに考えてみた」というメールを後からくれたんです。そのメールには、売れる本の条件が3つほど書いてありました。1つは、誰に読んで欲しいかがハッキリしていること。漠然と全体へ向かって書くメッセージというのは売れない。例えばお世話になった人や、昔付き合った彼女など、誰に向けて書くのか絞り込んだ方が、一直線に光線が出て、かえって多くの読者を惹きつけるのです。2つ目は、何を書いてあるのか一言で言える本。でも、それが「いい本」かどうかは別だと思います。『源氏物語』を一言では言い表せないように、「売れる本」が必ずしも「いい本」とは限りません。3つ目は、書き手が妥協しないこと。ただし意固地になってもいけない。これに関しては、僕はすごくよく分かりますし、素晴らしいと思っています。本という作品を守るのは作者以外にはいないのですが、自分の思いが強すぎて意固地になってしまうと、読み手が窮屈になってしまう。こういったアドバイスを言ってくれる編集者がいいと僕は思っています。

自分のリズムに合った本を見つける


――子どもの頃は、よく本を読みましたか?


玄田有史氏: 全然、読みませんでしたが、不思議と書くのは苦ではありませんでした。「太郎君は花子さんに何分後に追いつくでしょうか?」というような算数も出来なかったです。文章を読むのが嫌いで、算数でも文章問題が苦手でしたが、中学・高校になって、太郎と花子がXとYになった瞬間にすごく得意になりました(笑)。

――印象に残っている本はありますか?


玄田有史氏: 浪人生の時に読んで好きだなと思ったのが、志賀直哉の『暗夜行路』。タイトルに惹かれ、本を手にとったのですが、初めてきちんと読んだ本でした。それまで読書は、知識を得たり学んだりするためという感覚がありましたが、暗夜行路は、文章に身を委ねる心地良さのようなものがあり、文章のリズムが良いと感じました。
自分は本を読んでいなかったのに、人には「古典は読んでおいた方がいい」と僕は勧めています。相性のいい古典は、読むたびに何か新しい発見がある。文章のもつリズムが発見を生み出すのだと思いますし、そういうリズムをもっている人は、大人になってから強いのです。生活において、リズムが狂うことはよくありますが、そのリズムを元に戻すのには、本が大きな威力を発揮すると思います。自分のリズムに合った本に目を通すだけで、リズムが戻る時もあります。古典が読み継がれてきた理由は、その心地良いリズムにあるのではないでしょうか。流行りの「よく分かる本」もいいけれど、自分のリズムを取り戻してくれたり、自分のリズムの源になるような本に出会えた人は、きっと幸せなんだろうと思います。

――相性のいい本に出会う方法はありますか?


玄田有史氏: まずは、長年読み継がれているものを読んでみること。あとは、自分の勘を信じること。タイトルでも、書き出しの1行でもいいのですが、見た時に「これは自分に合う」と思うものに賭ける。もし読んで違うと思えば「次行ってみよう!」でいいのです(笑)。
僕は本を知識や教養のために読んだ記憶があまりありません。ただ、自分が本で救われたような感じがあるのも事実で、しんどい時に本でリズムを取り戻すことが今でもあります。

――先生の言葉にも独特のリズムを感じますが、その表現力はどうやって培ったのですか?


玄田有史氏: 僕は外国に行っていたことがありますが、全くコミュニケーションがとれませんでした。何が言いたいのか日本語でも分からないのだから、英語で言って伝わるわけがないと思いましたし、それは英語が出来ないという問題ではなく、僕の日本語の問題だと思いました。それから、言いたいことを伝えるために一番シンプルな表現とはなんだろうと考えるようになりました。
初めて大学教員になった時、僕は全然授業が出来ませんでした。大きな教室で授業しても、学生は来ない、来たとしてもうるさかったり、あるいは寝たりしていていました。これでは全然ダメだと思って、ある時70歳近い歴史の先生に「何を考えて授業や講演をされていますか?」と聞いてみると「授業で話そうと考えていることは、いつも3つくらいで、あとは学生を見て、今日は2つ、いや、今日はノリがいいから4ついってみようか、という感じ」と言われました。その時、自分がそれまで全く学生を見てなかったことに気付きました。学生にきちんと教えたいという気持ちはあるので、準備はバッチリしていきましたが、本当は「先生、間違っています」と言われないようにしたかったような気がします。授業中もずっとノートを見て、学生の反応を見ていなかった。それに気付いてからは、ノートをもっていくのをやめ、できるだけ学生の顔を見ながら授業をするようになった。すると、学生と意思疎通が出来るようになり、授業もそれなりに出来るようになった。そういった失敗の積み重ねが、自分の表現力を鍛えていったのだと思います。

電子書籍に必要なのは「ガッツ」


――本を書く時に大切にされていることはありますか?


玄田有史氏: 僕の処女作は2001年の『仕事のなかの曖昧な不安 揺れる若年の現在』でした。それを読んだサラリーマンの友人に「この本には、自分たちがいつも思っていることが書いてある。これまで漠然と思ってきたことが、それほど間違っていなかったんだと思えて、なんだかホッとする」と言われました。最初は、何か気の利いたことを書こう、大学教授らしい文章を書かなければいけないと思っていたのですが、別に立派なことを書く必要はないと思うようになりました。

――講演される時はどうでしょうか?


玄田有史氏: 最近は中学や高校での講演を頼まれることがありますが、ある時、中学校での講演が終わった後に、学校の先生に僕の講演について感想を聞いたんです。すると、その先生は「今日大学の先生が話したことは、日頃、先生が言っていることと全く同じだろう、と今から終礼で生徒に言ってやります」とおっしゃいました。つまり、世の中の大事なことは普遍的であり、同じことを親も、先生も言うわけです。それで、全然立場の違う人から「やっぱりそうだ」と言われると、納得できる。大事なことを、いろいろな立場の人たちが言うことが大切なのかなと思います。

――電子書籍について、思われることはありますか?


玄田有史氏: 僕は本の装丁にこだわる方なので、電子書籍の装丁についてはすごく気になります。コンテンツをとり巻く周辺、装丁や折り方を、どうやって電子書籍が表現していくんだろうということに興味があります。その点は電子書籍のディスアドバンテージなので、それをどう乗り越えていくのか興味深いです。電子書籍だから出来ることが、きっとあると思うので、そこに期待したいです。
あとは、使う側の問題もあると思います。SNSが出た時に、これで世界中の人と繋がりがもてると言われましたが、SNSさえ使えば自動的に世界が広がるほどインターネットは万能ではなく、それを使いこなせるものをもっている人たちがいて、初めて実現する。電子書籍も、電子書籍を読みこなす人たちが出てくれば、電子書籍は変わるのではないでしょうか。

――電子書籍に足りないものはなんでしょうか?


玄田有史氏: ミュージシャンの山下達郎は、デジタル録音を使いこなすのに何十年もかかったと言います。「音がクリアすぎて、ガッツがない」と彼は言います。電子書籍も同じように、書き手、流通する側、あるいは読み手のいずれの問題なのかは分からないですが、ガッツが足りないような気がします。
いろいろなものとコラボレーションしてメディアミックスなどを考えていくのは、村上龍さんなどはすでにトライしているようですが、そうやって本の大人しさを破ろうとしているのではないでしょうか。もち運び安さや便利さだけでは、電子書籍に未来はそれほどないような気はします。便利さは、必ず次の便利さに追い抜かれていくので、便利さプラスαの何かがなければいけません。

「僕を見てくれ」と数字が呼ぶ


――今後の展望をお伺いします。


玄田有史氏: 岩手県の釜石で、2006年から「希望学プロジェクト」を手がけています。一生かかわる約束を、震災前にしているんです。「震災後、釜石へ何回ぐらい行ったんですか」とよく聞かれますが、実はワンシーズンに1回行くか行かないかくらいです。研究は一生やらないといけないと思っていますので、釜石にはこれからも行き続けるわけですから、焦ってやることはないと思っています。今度、福井編の「希望学」の本が出ますが、希望の研究は、出来れば死ぬまでやりたいです。研究の結果を本にして、希望を追い求めている人の物語をいろいろな人に伝えることが出来ればいいと思っています。
ニートやスネップについては、世の中にこんなに苦しい人がいることをお話してはいるのですが、一方で実は僕は1人のニートも、スネップも直接救ったことがない。自分の無力さもつくづく思い知りました。こうした執筆をすることは、差別やレッテルを貼ることに繋がるというバッシングもありますが、それを是正するためにも考えていかなければならないことだと思っています。一番良くないのは、存在しないかのように無視することです。そういう意味では、世の中には存在するけど存在していないかのように扱われているものが、山ほどあると思います。それを、言語化して共有化することで、みんなが気付くこともあるかもしれません。

――希望学や労働経済学に焦点を当てようという風に思われたきっかけはなんですか?


玄田有史氏: 僕が大学院に入った90年代頃はバブル経済崩壊前で、日本はそれほど悪くない時でしたので、格差や貧困、非正規問題などは、全く注目されることがなかった。亡くなった師匠の石川経夫は「実は裏で不平等の問題が起こっているんじゃないか」ということ、当時からずっと研究していたんです。労働経済を始めたのも、たまたま師匠がやっていたからで、ほかにあまり人がやってなかったから、それで食べていけた。若者問題を研究するようになったのは、90年代末以降、不況になった時に、若い人の失業やフリーター問題が「若者の意欲や能力が下がったから」と言われることに違和感があったからです。経済学で学んだことは、問題が起こった時に、水戸黄門のように悪い人と良い人に分けるような単純な理解はまちがっているということ。だから、若い人の意欲が下がったのではなく、そういう風に見えてしまう社会のシステムに問題があると、きちんと言わなければいけないと思ったんです。

――研究し続ける中で、希望学やニート、スネップなどのテーマが頭に浮かんだのでしょうか?


玄田有史氏: 研究テーマとは、出会うものです。数字を見る時に、ある数字に「僕を見てくれ、ここにいるよ」と、呼ばれることがあるんです。そうやって呼ばれてしまったらしょうがない。「また暗い話題か」と思ったりもしますが、無視は出来ません。

――より多くの人に、見えない存在を見せたいということですか?


玄田有史氏: そうですね。ですから、本にしてもある程度の商業的な成功は必要だと思っています。まだ見つかっていないものを見つけて、読んでもらえる形にして、より多くの人が共有できればいいと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 玄田有史

この著者のタグ: 『大学教授』 『考え方』 『アドバイス』 『経済学』 『SNS』

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