BOOKSCAN(ブックスキャン) 本・蔵書電子書籍化サービス - 大和印刷

世界中の本好きのために

森達也

Profile

1998年、テレビ・ディレクター時にドキュメンタリー映画『A』を公開。世界各国の国際映画祭に招待され、高い評価を得る。2001年、続編『A2』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。著書に、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『A3』(集英社インターナショナル)、『下山事件』(新潮社)、『死刑』(朝日出版社)、『オカルト』(角川書店)など。映画監督、執筆活動の他、テレビ、雑誌、講演、大学教授など幅広く活躍する。映像・活字両面で、いま最も注目を集める作家。

Book Information

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日常生活の些細な事象にも、「視点」は無数に存在する



オウム真理教を内部から撮影したドキュメンタリー『A』シリーズにはじまり、ドキュメンタリー『放送禁止歌』、『下山事件(シモヤマ・ケース)』など、日本でも数少ない社会派ドキュメンタリー作家である森達也さん。小さい頃から本を読むのが好きだったという森さんに、ご自身の読書歴や読書の際の視点、また電子書籍に関するご意見をお伺いしました。

子供の頃から、「寓話」が好きでした


――森さんといえば、日本有数のジャーナリストとして知られていますが、やはり日頃からいろんな映画をご覧になるんですか?


森達也氏: えーとですね。まずは自分をジャーナリストとは思っていません。そもそも取材は好きじゃないし。現在は大学への通勤以外はほとんど自宅に引っ込んでいるので、試写とかもうまく都合が合わなければ観に行きません。ただ、本は常時2~3冊は読んでいますね。大学までの通勤時間が長いので、この間が読書タイムです。

――ご自身で読むのはどんな本が多いんですか?


森達也氏: 子供の頃から読んでいたのは、圧倒的に文学作品が多いですね。ノンフィクションはどちらかというと手が出ませんでしたね。

――え、森さんといえばドキュメンタリーというイメージがありますが。


森達也氏: 仕事でドキュメンタリーを作る会社に入ったばかりに、ドキュメンタリーを作ることになったけれど、それまではほとんど興味がないジャンルでした。映画はドラマばかり観ていました。

――子供のころは、どんな本を読んでいらしたんですか?


森達也氏: 子供の頃は、毎月家に送られてきた世界の名作文学全集は楽しみでした。『トム・ソーヤの冒険』から『白鯨』、北欧神話に『三国志』。ゴーゴリやヘッセから西鶴や夏目漱石に至るまで。もちろん、子供向けに書かれていたから要約されていたとは思うけれど、いちばん多くの時間を読書に使っていた時代かもしれない。小中学生時代は転校ばかりしていたので、友達があまりいなかったんです。一人で何をするかというと、野原に行って虫を採るか、本を読むかしかなかった。

――当時、どんな作品が好きだったんですか?


森達也氏: 何でも好きでした。高校生くらいになってからは、寓話が好きだったような気がします。「現実をなにかに置き換えて、考える」という図式がすごく気に入っていたんです。SF系も好きでした。

――最近はどんな作品を読まれるんですか?


森達也氏: 最近は仕事でノンフィクション系が多いです。本当はもっと文学を読みたいのだけど・・・。昔は寝る前に本を読むのは至福のときだったんですけど、いまはすぐに眠くなってしまうし・・・。正直困っています。

テレビで流れる小さなニュースひとつにも、想像力を働かせろ!


――本はもちろんですが、なにかのメディアに接するとき、気をつけていらっしゃることはありますか?


森達也氏: 「どんな些細な事象にもいろんな見方がある」ということは、常に忘れないようにしています。大学でメディア・リテラシーの授業をやるときにも、それは絶対に伝えています。たとえば、何かの映像を見たとする。それは虚でもあるし実でもある。なぜなら人にはそれぞれの視点があるわけです。特に映像の場合には、現実をどのように切り取るかのフレームがある。カメラポジションによっても光景はまったく違う。そのフレームやポジションを意図的に選択するのはカメラマンであり、編集によってさらに恣意的に加工するのはディレクターです。つまりドキュメンタリーは、現実の断片を素材にした世界観の再構築です。文章も同じです。



少し前だけど、連続不信事件の犯人とされている木嶋佳苗を題材にしたノンフィクション本がたくさん出版されたけど、そのどれもが視点が違います。女性目線から書いている人もいれば、冷酷な殺人犯として描いている人もいる。コップは横から見れば長方形だけど、下から見れば円形です。どちらが虚でどちらが実ということでもない。ある意味で虚であり実でもある。それが表現であり、メディアの本質でもある。局面は無限に存在します。でもジャーナリストは一面の事実を主張する人。つまり社会正義ですね。もちろんそういう存在も必要です。でも僕はそうではない。あまり正義は信用していないので。

――そうした「他者の視点」をたくさん取り入れていると、どうしても自分の立ち位置や、本当はどれが正しいのかわからなくなってしまいます。


森達也氏: それでいいんです。僕は自分を最も信用していません。メディア・リテラシーを「情報の真贋を見抜く技術」などと解釈する人が多いけれど、すべてのメディアをチェックすることも含めて、真贋を見抜くなど不可能です。そもそもこの二つのあいだに明確な線が引かれているわけではない。大切なことは「想像すること」です。ひとつの情報を受け取ったときに、「これはひとつの視点であり、他にも無数の視点が存在する」という意識を失わないこと。僕自身も日頃から、できるだけこうした意識を持つようにと実践しているつもりです。領土問題とか体罰いじめ問題とか、一般の人はニュースの報道や誰かの意見を鵜呑みにして、「けしからん」と怒るわけです。でも、もっと物事はいろんな見方ができたほうが、おもしろいんですけどね。

――日本人はそういう誰かの意見や、社会の風潮に流されやすい傾向があるんでしょうか。


森達也氏: 同調圧力が強い社会です。特にオウムと3・11以降、みんなが不安になった。不安だからつながりたいし、まとまりたい。そして、ひとつになりたいっていう気持ちが強くなる。つまり集団化です。だからこそ異物を排除したいとの思いが強くなって、そして仮想敵を見つけたくなる。9・11後のアメリカがその典型です。でも実は日本も、オウム以降はその状態に嵌っています。

言葉にすれば一極集中で付和雷同。世界で最もベストセラーが生まれやすい国です。集団と相性がいい。だからこそメディア・リテラシーは重要です。特にネットも含めてメディアの進化は急激です。でも日本の教育課程においてリテラシーは、ほとんど重要視されていない。本当は最もこの視点が必要な国なのだけど。

著書一覧『 森達也

この著者のタグ: 『ジャーナリスト』 『映画』 『作家』 『メディア』 『視点』 『取材』 『監督』 『ドキュメンタリー』 『軸』 『集団』

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
著者インタビュー一覧へ戻る 著者インタビューのリクエストはこちらから
Prev Next
ページトップに戻る