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世界中の本好きのために

下川裕治

Profile

1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『新書 沖縄読本』 (講談社現代新書) 、『「生き場」を探す日本人』 (平凡社新書) 『アジアでハローワーク』ぱる出版、世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ (新潮文庫)、旅行者に人気の『歩くガイドシリーズ』(メディアポルタ)など。最新著書 『「生きづらい日本人」を捨てる』 が12月に発刊予定。

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ネットから解放されるとき


――そうなると一般的な旅のスタイルも、どんどん変わっていくかもしれないですね。


下川裕治氏: 最近すごく思うんだけれども、列車や飛行機っていうのが比較的繋がらないんですよ(笑)。列車の場合はそういう機械を持っていけば実は繋がっちゃうんだけど、飛行機は繋がらない。そういうところにいる時ってホッとする。ホッとするというか「まあしょうがないわな」みたいな感じがあるじゃないですか(笑)。そういう意味から言うと、今、僕はまだネットに振り回されてるんだなって、自分でコントロールできていないんだなと思います。強制的に繋がらないところに行って、やっとホッとできるみたいなところがあるから。人間の思考回路みたいな物の中で言うと、繋がってない状態の中に自分がいないと、自分の頭の中の作業みたいなものがしにくいですよね。これは別にネットの問題じゃなくて、例えばトイレの中でよくアイデアが生まれるっていうのは、トイレの中は何もしなくていいわけ(笑)。そういうところってあるじゃないですか。

――そうなるとネットの繋がらない環境を自分でつくっていく必要がありますね。


下川裕治氏: 僕はこれからカムフラージュして生きていく方法というのはいろいろあると思うわけです。昔、中国の有名な人なんだけど、釣りをしているけれども先に針がないと。要するに、自分は物事をすごく今考えたいんだというときに、ただボーっとしてたりすると何か言われるじゃないですか、「何か考えているんですか?」と。それをカムフラージュするためには釣りをする。でも釣るつもりはないから先には何もついてない、というような。例えば景色を眺めたいというときは絵を描けばいいと(笑)。それはみんなに安心して「この人は普通の人だ」と思わせる。何ていうのかな、ネットの社会でもさもやっているようにしながら実はゲームをやってるとか(笑)、そういうことってあるじゃないですか。何か自分の中で何も言われない空間作りみたいなものっていうのは作っていかないと、集中できないですね。

――ネットが繋がっていてもいなくても自分が集中できる環境を自分でコントロールするっていうのは大事ですね。


下川裕治氏: 僕は時々紛争地帯というところに行くときもある。そういうところっていうのはみんな緊張しているというのもあるし、今の紛争地帯というのは本当にネットが勝負ですよね。要するに現場って、向こうから何かが来るということなんかが、わからないんです。そこでデモとかをする時はTwitterとかで情報がどんどん入って来るんでそれを見ながら動くんです。昔から言うんだけど現場って全体が見えないから、どこで何が起きているとかその現場の中に入っちゃうとわからない。そういう時っていうのは、カメラマンも報道の記者もTwitterとかをすごく頼りにしながら動いていますね。それで、仕事が終わって記事を送って飛行機に乗った途端にすべて解放されるんですね。要するに「ここ、ネット通じない」って(笑)。飛び立った瞬間に「パーン」って解放される。

仕事で旅行記を書くようになったきっかけとは


――下川さんが旅の本を書くようになったきっかけを伺えますか?


下川裕治氏: 僕は大学時代新聞会みたいなところにいて、その後新聞社に入ったんです。「活字を書く・原稿を書く」という世界に入ったのですが、旅もしていました。学生時代アジアとかも行きましたね。僕が初めて旅という物を原稿に書いたのが33、4歳ぐらいで、それまでテーマとして旅というものは書いたことがなかった。なかったというか、そういうものを書いてお金がもらえるとは思っていなかった(笑)。だから僕の名前で検索していると出てくるんですけれど、最初に出した本が『賢くやせる』って本です。で、次が『ハゲてたまるか』っていう健康本ですね。最初は、旅というテーマを書いて人が読んでくれるものだとは思っていなかったというのがあります。僕らの時代は、旅というのは選ばれた人が行って報告するものでした。要するに、「この国はこうですよ」というのを日本人が吸収するために海外旅行記みたいな物が存在したんですね。でも僕らの世代から、自分が泊まったゲストハウスの半径5メートルくらいの間の生活を書いて、「これが何の情報になるのだ?」みたいな物を書きだしたことと、選ばれたから行ったわけじゃなくて「勝手に行った」ということを書いたということが、ある意味で新しい旅のスタイルだったんでしょう。パッケージツアーじゃなくて個人旅行のスタイルみたいなものを書いたことが評価されたというか。自分が旅を書いていたことで、ここまでいろいろ本を出させてもらったというのは非常にラッキーだったと思いますよね。

今だから笑える駆け出しフリーランス時代の話


――では最初から旅行作家ではなかったんですね。


下川裕治氏: 最初から旅行作家でというわけでは全然ないですね。僕は27歳で新聞社を辞めるんです。それで、しばらく旅をして帰ってきた。それで、旅で残しておいたお金が30万あったので自宅で何か野菜いためとか作って食べたんですが、それがインドで食ってるメシよりうまいんですよ(笑)。うまいというより、食べたいものを食べることができるようになったんですね。要するにそれまでって言葉の通じない国ばっかり行ってたので、食べたいものが食べられないわけです。言葉も読めない、メニューも読めないという国に行くと、そのストレスっていうのが結構あるんです。なので、帰ってきて自分で作るんだからこれを作って食べればいいという充足感がすごかったですね。あとは、一人旅だったので一人遊びがうまくなってきていて、アパートとかに一人でいて全然苦じゃないんです。友達とも「これから会わなくたっていいかな」みたいに思っていた。でも友達に帰ってきたという報告はしていたんです。それで、当時の友達が「お前それじゃまずいぞ」と言われたのが、僕のフリーランスというか本を書くということの第一歩でしたね。友人が「俺の会社のちょっとした仕事があるから、それやって稼げ」と言ってくれて書き始めた(笑)

――ご友人が最初のきっかけをくれたんですね!


下川裕治氏: 僕の頭の中ではこの仕事が終わったら、当時はまだ就職がそんなに厳しくないですから「どこかへまた勤めればいいか」くらいに思ってたんです。だから友達に対しても「大きなお世話だな、こいつら」みたいに思ってました(笑)。そしたら何となくお金をもらえるようになって、正直言ってサラリーマン時代より収入が多くなった(笑)。それで、「これって楽だな」みたいに思ったところはあって、ずるずるとフリーになったんだけど、当時のフリーっていうのは何でも屋さんなんですよね。「受けた仕事は何でもやります」みたいなことをずーっとやっていて、32、3歳になって「このままずっと行くのかな」と思い始めた時に、一人で「タイ語を勉強する」と言ってタイに行くんですね。日本を離れられればどこでも良かったんだけど、その時に9ヶ月くらいタイにいたんですね。その後日本で仕事を再開しようとするんだけど、フリーランスの仕事というのは9か月も仕事が途絶えちゃうとまたゼロから立ち上げなきゃいけないというのがあるんですね。その時に「週刊朝日」のデスクの知り合いから「お前貧しいんだろ?12万円渡すからどこか行って来い」と言われたんです。というのは、要するに旅行を書くということは貧しいライターしかやらない。旅行に行っている間は原稿書けないですからね。それで、何が貧しかったって、その12万円の旅行の企画をやってる時に日本で生活するのが、ものすごい貧しかったですね。だって、週刊朝日からギャラを5万円しかもらえなかったんですよ(笑)。1週間くらい準備して、2週間くらい12万円で旅して、1週間くらいで原稿書く。その時の月収5万円ってことですからね(笑)。でも不思議なもので、結構貧しくなった時になぜか仕事が来るんですよね(笑)。

自分の失敗談をいかに書くかがカギ


――ついているというか、運を引き寄せる星の下に生まれていらっしゃるかもしれないですね。


下川裕治氏: 僕にアジアをここまで書かせてくれたというのは、僕がどうこうというよりもアジアが変わったからですよね。アジアがどんどん変わって成長していくから、書くテーマがどんどん生まれてきたみたいなところもあるし、そういう面では今の人に比べれば物書きとしては恵まれた環境が整っていた感じはしますね。特に僕らの時代というのは、まだ日本が上昇志向というかそういう時代だったから、その中で「何で貧しく海外旅行をしなくちゃいけないんだ」みたいな面があった。そこがウケたというのもありますからね。

――そして今も継続してアジアの変化を書き続けていらっしゃるんですね。


下川裕治氏: 逆にもう一個の見方をすれば、若い人が出てこないから僕がまだやっているというところもあってね、結局若い人が旅になかなか行かなくなってきたというのがありますよね。旅に行ってみんなブログとかアップしているんだけれども、その時にネットの原稿であるからとか紙の原稿であるからとかそういう問題じゃなくて、人に読んでもらう原稿だという前提で書くことが大切。例えば海外旅行のブログでもこういう僕の本でも、何が面白く読んでもらえるかということで言うと「失敗していること」ですよね。それを書けるということは、露出する趣味がないとダメ。ここまで書かないと面白くないんだという自分の中の感覚がないとダメなんですね。それを書けているブログは面白いですよね。でも、大多数は自分の恥をさらさないんですよ。それが第三者に広まっていくためには「こいつバカじゃないの」みたいな(笑)、そういう笑いものになっていかないと。僕らの時代っていうのはある意味で幸運だったのは、「こんな原稿はつまらんぞ」って言ってくれる人がいたわけですよ。旅行記とかを読んでいて「ここで何でお前こんなにかっこいいんだ」とか、「何でお前、ここで言葉が通じてるんだ、しゃべれないって前に書いてあるだろ」とかそういうのがあるじゃないですか(笑)。僕もそういうのを人に言われて、「そうか、自分で恥を晒さないと人って読んでくれないんだな」ということを、「旅行を書く」というところで学んだんですね。それをわかりやすく書いて読んでもらう。みなさんブログにしてもFacebookにしてもどんどんやっているけど、そういう意味では、もう一歩だよなと思う(笑)。そんな失敗談で、人は人格否定したりはしませんからね(笑)。そういう感覚を身に付けていくことができる機会があればいいですよね。

紙媒体の知恵を電子書籍へ


――電子書籍が出てきて、こういう時代だからこそ、昔いた名編集長だとか出版社の役割ってすごい大きいものになるかもしれないですよね。


下川裕治氏: そうそう。だからね、そういう存在をネットの社会って作っていかないともったいないっていう気がするんですよね。要するに、出版社とか編集部とかでいうデスクとかの上の人がいて、その人に注意されながら編集したり執筆したりってことが画一化してきちゃったから読み物がつまらなくなってきた、というのも片方にあるわけですよね。だから自由に、何にも人に言われないでどんどん発表できる場を作っていくというのはものすごく魅力的ですよね。でもそれがあまりにもたくさんあると、今度はその中で「面白いのは何?」みたいな話になってくる時代で、そういう中で面白い読み物を作っていく必要がある。

――面白い読み物をつくるにはどういったことが必要でしょうか?


下川裕治氏: 活字の世界というのはいろんな細かいことが昔あってね、読みやすい文章というのは何字詰めかという問題って昔あったんですよ。人間の目には20字詰めとかだと読みやすいんだということをデザイナーから言われたことがあります。例えば今のブログも、途中で1、2行空けなくちゃ読みにくいということがあって、みんなそこは工夫していますよね。そういうようなことが読み物と一言で言っても、いろいろある。電子書籍を普及させようと思った時に、活字の知恵をもっとネットで吸収していったほうが近道ですよね。

――活字の知恵というのは、例えばどういったことがありますか?


下川裕治氏: 例えば、今はやらないけど単行本が文庫になる、あるいは何か学説的なものが新書になる時、昔の編集者は何をやっていたかというと5行で1回改行をするということをやっていた。要するに、元の本が改行してない場合も、文庫化する時に改行しちゃうんです。それが一般の人に読める物にするという意味だったんです。当時、文庫化するっていうことは、改行を増やすことだったんです。全然今は違いますよ。だから昔の本って、親本っていう元の単行本と文庫本で改行が違うんですよ。

――それは昔と今の本の大きな差ですね。


下川裕治氏: そうです。元の本はすごく特徴があって作家の息遣いがすごく伝わるかもしれないけれども、文庫本っていうのはみんなが読む本だと。そういうもので、読みやすくするためには5行に1回くらい改行を作りなさいという出版社の命令なんですね。いっときそういう時代がありましたね。

――今はもう単純に廉価版みたいになってますけれど、別物だったんですね。


下川裕治氏: 別物だったんですね。だからそれぐらい読みやすさみたいなものを考えた時期というのがある。そういう知恵はもっとネットの社会に入れていかないと、読みやすい物になっていかないかもね。

著書一覧『 下川裕治

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