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山口創

Profile

1967年、静岡県生まれ。 早稲田大学人間科学部卒業、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。 早稲田大学人間総合研究センター助手、聖徳大学人文学部専任講師等を経て、現職。 専攻は、健康心理学・身体心理学。主に、ボディワークやマッサージ、親子のスキンシップが人の健康や幸福に及ぼす影響について研究している。 著書に『幸せになる脳はだっこで育つ』(廣済堂出版)、『腸・皮膚・筋肉が心の不調を治す』(さくら舎)、『手の治癒力』(草思社)、『子供の「脳」は肌にある』(光文社)など。

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“触れる”は、こころのコミュニケーション



桜美林大学リベラルアーツ学群心理学研究科教授の山口創さん。触れること、スキンシップが人間の心理や心の発達に与える影響について、従来の心理学の領域を超えた研究に取り組んでいます。山口先生に、“触れる”ことの大切さ、身体心理学に興味を持つようになったきっかけ、研究について、その想いを語っていただきました。

多良間島の子育て


――こちらのポスターにある、多良間島でのお取り組みについて伺います。


山口創氏: もともとは早稲田大学の根ケ山光一先生が始めた、多良間島の子育ての研究です。現代の子育ては、母親だけにかなりの負担がかかっていて、隣近所も知らない、実家も遠いなど、非常に窮屈な子育てをされている方が多いと思います。一方、多良間島の子育てには面白いところがあって、その一つが“守姉(もりあね)”という存在です。現地では“むりあに”と発音するのですが、島に子どもが生まれると、母親に代わって島に住んでいる小学生くらいの女の子が“守姉”として、その子を育てるという風習があります。子どもの両親は、朝から晩までサトウキビ畑に出ているので、子育てを守姉に任せているのです。そういった母親以外の人に育てられた子が、どのように育っていくのかを研究しています。今は島に保育園もできて、そういう家庭は2、3件くらいしか残っていませんけどね。

――どんなことが見えてきているのですか。


山口創氏: まだ分析中なのですが、例えば、島の子どもは都会の子どもと違って、すごく人懐こい。人をすごく信頼しますし、大人との関係も近いようです。見知らぬ大人に対しても、分け隔てなく接する事ができて、子どもにとって子どもらしい育ち方ができる環境だなと思っています。
それに、すごくたくましいですね。3歳くらいになると、ひとりで買い物に行く事ができ、5歳くらいになるとひとりで歯医者に行って、次の予約も入れて帰ってくるとか(笑)。島の中には不審者もいないし、車もゆっくり走っているので、単純に都会との比較はできないのですが、都会の子育てのようにあれもこれも危ないと、子どもの行動を制限してしまっては、逆に子どもは弱々しくなってしまうと思います。

私の最近の関心事は、“愛他性”や“利他性”です。人間というのは自分のために生きるのではなくて、人のために生きるのが本分なのではないかと。どうしてかというと、ボランティアをしたり、寄付をしたり、あるいは看護師さんなど人を援助するような仕事に就いている人は、身体の健康度が高くて長生きする人が多いのです。子育てもそうです。独身の人より結婚している人、さらには子どもがいる人の方が健康で寿命が長いのです。そういうふうに考えると、子育てのように誰かのために何かしてあげるのは大変だけれども、それで健康長寿になるというのは、人間がもともとそういう存在として生まれてくるからだと思います。



何のために学ぶのか 


――山口先生は、どんな感じだったんですか。


山口創氏: 一言で言うと、野生児でしたね(笑)。私の育った伊豆は山や川、そして海もある自然が豊かなところでしたから、勉強はほとんどせず、ずっと遊んで過ごしていました。放課後は直ぐ釣りに行って、暗くなるまで夢中で遊んでいましたね。たまに両親から「勉強しなさい」と言われる事もありましたが、聞くような子ではなく、呆れられていました。自分の中でなぜか、勉強は学校でするものだという信念があり、家ではまったくしませんでした。なんでも納得しないとやらない子どもだったので、自分にとって勉強をする意味が見出せなければ勉強しない、という頑固者でした。

ところが中学2年生の時に、父の転勤で山口県に引っ越しとなり、信念を曲げなければならなくなりました(笑)。山口県は教育熱心な場所で、伊豆では勉強しなくても成績が良かったのに、一気に「勉強ができない子」になってしまいました。ショックなので、家でも勉強を始めましたが、やっぱりどこか信念は残したいと独学にこだわっていました。

――当時は何を思い描いていたのでしょう。


山口創氏: 勉強をすることの意味に対する答えが欲しく、教育学に興味を持っていました。学問というのは本来すごく面白いもので、自分で追求していく喜びがあるはずだと思っていました。どうして偏差値のためだけに学ばなければいけないのか、という思いがずっとあったのです。そういう教育のあり方にとても反発心を持っていたので、教育学部に行って、自分が教育を変えてやろうと思ったのです。そうして、教育のシステムを考え、学ぼうと早稲田大学の人間科学部に進みます。ところがそれでも、自分の中ではっきりとした答えが見いだせず、1〜2年生の頃は、悩んでました。

身体心理学との出会い



山口創氏: 転機となったのは、春木豊先生との出会いでした。人間を考えるという事では、心理学も同じですが、教育とは違ったアプローチの仕方があり、特に身体心理学という学問の面白さに惚れ込み、一生のテーマにしたいと思ったのです。

心理学は西洋で生まれた学問で、身体のことはほとんど扱いません。心を身体と切り離して追求するのです。一方、我々日本人にとっては、心と身体は一つだという伝統があり、“身心一如”や“健全な精神は、健全な肉体に宿る”など、色々な言い方があります。人間を追及する時に、心を身体と切り離して追及するのは、心の片面しか見ていないのではないかと思うのです。“身体と一体になった心”(エンボディード・マインド)という発想で、心理学にも身体を持ち込めるのでは、というのが春木先生の考えでした。春木先生と一緒に太極拳などをやらせていただいて「心を追及するためには、身体のほうも見なくてはいけないな」ということを強く実感しました。

早稲田大学の助手を務めたあと、聖徳大学人文学部児童学科に移ってからは、保育士や幼稚園教諭を養成する大学だったこともあり、研究テーマは子どもに移っていきました。さらに、身体心理学の研究が、子どもの身体と心の関係に繋がっていきました。その後、2008年にこちらに移っています。

――先生のゼミでは、スキンシップを体験するプログラムがあるそうですね。


山口創氏: 例えば、好きとか嫌いとか、頑張ってとか大丈夫とか、そういう4種類のメッセージを、触れるだけで伝えることができるか、というワークをやっています。言葉を使わずに、触れ方を変えて、好きだというメッセージが相手の背中に触れるだけで伝わるか。触れられた相手はそのメッセージをどういうふうに受け取ったか、体験してみるわけです。
必ずしも正確に伝わらないのですが、それはどうでもいいのです。触れたからこそ親しくなれたとか、触れてもらって気持ちがあたたかくなったなど、触れることでしか伝わらない事を体験して、そのすばらしさを評価してもらいたいという目的でおこなっています。

最近は看護師さんや介護士さんなど、人に触れるお仕事をされている方への講演が増えています。看護は“手当て”が基本で、患者さんに直に触れて癒やすということですよね。ところが、医療にテクノロジーが入ってきて、数値で把握しようとされがちです。患者さんが苦しくてナースコールを押したとき、機械で血圧を測ることももちろん大切なことですが、苦しんでいたらまず背中をさすってあげるとか、手で触れることが、とても大事なのです。そういうことを皆さんに、お伝えしています。

触れるこころのコミュニケーション


――本でも、そういった身体心理学の見地から発信されています。


山口創氏: 身体心理学を研究していく中で、もっと世の中に普及させたい、そうすれば、今まで悩んでいた人が生きやすくなる、子育ても楽しくなる、しいては平和であたたかい世の中になるのではないかという思いがあって、研究の成果を一般向けに書くようになりました。一般向けの本は、『からだとこころのコリをほぐそう』が初めてですね。

“生きにくさ”とか“自分の存在価値が感じられない”という悩みを多くの人が抱えています。そういう人たちが、自分の身体を見直して、感情を活き活きと抱くようになれば、もう少し生きやすい世の中になるのではないか、ということを本で提案したいと思っています。

本は素晴らしいものです。私も読み手として、文系理系を問わず幅広く読みます。私が在籍していた人間科学部は、学問の壁を取り払って、学際的に人間を研究するところだったので、私も心理学を専攻していましたが、生理学や、社会的な立場からも人間を見ることを学びました。自分の研究分野に関することだけでは世界は狭くなってしまいます。色々な視点で見ていくことで面白さも出てきます。

――そこで広がった視点を生かして、もっと世の中の役に立ちたいと。


山口創氏: 特に震災以降、より人の役に立つ仕事をしたいと望むようになりました。被災地の方たちに簡単なハンドマッサージを教えるくらいしかできず、悔しい思いをしました。そしてもっと直接、人の役に立てるような研究を目指すようになったのです。

日本人の幸福について調査をすると、“人とのつながり”というキーワードが見えてきます。
親密な人がいるだけで、すごく幸福を感じるというデータもあります。小さいころから人と親密な関係になれるような心を育てていくことが、個人にとっても社会にとっても必要なことだと思うのです。

――「子育て」は大きなテーマですね。


山口創氏: 親が子どもとスキンシップをとって、子どもの気持ちや要求に敏感に応えてあげることが、愛着の形成にとても大事なことなのです。その愛着が安定していると、大人になっても人に優しくできて、親密な関係を作ることができます。スキンシップを増やして、もっと本来の人間の子育てに戻したいと思っています。また、子どもだけでなく高齢者にとっても触れるということが、すごく良いということが最近分かっています。タクティールケアとかユマニチュードとか色々なやり方がありますが、表情が柔らかくなったり穏やかになるなど、介護の現場にも良い変化をもたらしてくれます。これからも、そうした“触れる”ことの大切さを、大学や講演、そして本で発信し続けたいと思います。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 山口創

この著者のタグ: 『大学教授』 『コミュニケーション』 『心理学』 『科学』 『日本』 『研究』 『子ども』 『理系』 『文系』 『医者』 『現場』 『学習』 『テクノロジー』 『子育て』 『からだ』

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