新興国だからこそ、できるビジネスがある
――こちらの『ソーシャル・ビジネス革命』という本は、どういった内容なのですか。
名和高司氏: これも、日本人にとっては原点に戻るような話で、すごく元気になる本なので、ぜひ読んでほしいです。バングラディシュでグラミン銀行を作られたモハマド・ユヌス先生の本です。ユヌス先生は、マイクロファイナンスモデルを作ってノーベル平和賞をとられました。貧しい人たちが、何の担保もなくお金を借りて、事業を始めることができるという仕組みです。彼らは真面目に仕事をして、返してくれるので、「結果的にお金が返ってこない」というパターンが非常に少ないのです。そういった回収率の高いモデルをバングラディシュで作られて、それが世界中に広がっていきました。資本主義ではない形の新しいソーシャルビジネスを提案されて、実践されてこられた方。私が社外取締役をしているファーストリテイリングが、ここと組んで、グラミンユニクロというJVを作っているんです。ビジネスが軌道に乗り始めたこともあり、3月にユヌス先生に会いにバングラディシュへ行きました。そして7月には、ユヌス先生の来日の機会をとらえて、ソーシャルビジネスフォーラムを開催しました。ユヌス先生が登壇されるのだったら、ということで、ファーストリテイリングの柳井社長も特別出演していただきました。100人ぐらいの経営者が参加されましたが、「こんな純粋な気持ちで、ビジネスを通じて社会に貢献したい」といった思いを強くされていました。
――利他の心でビジネスができるのですね。
名和高司氏: そうなのです。そうすると結果的に、ビジネスが回るんです。先生は、「Yunus & Youth Social Business Design Contest」というものもやっています。日本の大学生や大学院生が、ソーシャルビジネスの提案をするというもので、私も今年からその審査員になりましたが、みんな、元気な顔をしています。今の若い人は、こういう新しいことに取り組むとき、純粋に目が輝きますね。40チームくらいが残って、最後は1チームになるのですが、学生の人たちの純粋な気持ちと、ビジネスが直結するような提案がたくさん出てきます。「社会課題をビジネスを通じてどう解決するか」というのがこのコンテストのテーマなんですが、今の日本においてもかなり重要なものだと思います。日本もどんどんシニア社会となり、健康問題も出てくるでしょうし、そういう中で、どうやって新しいビジネスを作るのかというのは、単なる利害やお金儲けを越え、求められていることだと思います。そして彼は、さまざまな社会問題に直面している新興国こそ、日本企業にとってもビジネスチャンスが大きいとも言っています。彼の本は、新興国ビジネスの指導書にもなっていますよ。
――新興国だからこそ、できるビジネスもあるのですね。
名和高司氏: 社会問題も多くありますし、新しいことにトライできる。その新興国戦略のあり方に新しいモデルを提唱した『リバース・イノベーション』という本もあります。「リバース・イノベーション」というのは、ゼネラル・エレクトリックのジェフリー・イメルトCEOが、共著者でもあるビジャイ・ゴビンダラジャン教授と一緒に作り上げた概念なのです。新興国でイノベーションを起こして、それを先進国に逆輸入するというもの。通常、イノベーションというのは、先進国で起こって新興国に行くものなので、だから「リバース」なのです。新興国のほうが問題が先鋭化しており、その問題が解けると先進国にも適用できるということをうたったモデル。新興国にこそ、イノベーションの宝庫ということを、正面から捉えた本です。
かつては、和僑がアジアで活躍していた
名和高司氏: 同様の視点からラム・チャラン教授が書いた『これからの経営は「南」から学べ』という最新の本もあります。新興国から学ぶことにより、色々な常識、新しい常識が生まれてくるというもの。『GLOBAL TILT』が翻訳されたものなのですが、「南半球がバランス的には強くなっていく」「南半球から学べ」という本なのです。そういう意味では、アジアは日本にとっては宝の山。もう一度新しく世界戦略を考える上では、南アジアなどが非常に重要なのです。
――脱亞のなかで見落としてきたものがそこにあると。
名和高司氏: そうですね。そういうことを考えていた時に、大学時代に読んだ本、高坂正顕先生の『海洋国家日本の構想』を思い出しました。日本は、かつて海洋国家だったのです。鎖国になる前は、船に乗ってカンボジアやベトナムなどにも行っていました。あの頃の日本は海伝いに商人や農民として、畑作や米作などを伝えていくという重要な役割を担っていたのです。ベトナムには鎖国により帰れなくなった日本人のお墓がありますし、タイには日本に帰らないと決めた当時の駐在員たちが作った、和僑会が今でもあります。かつては日本がアジアに貢献した時代があり、それだけ日本人が外に出ていく気概があった。その和僑の魂というものを、もう1回呼び起こしてみる必要があると私は思うのです。
日本人特有の誠意と匠の技があれば、アジアの人たちは、いくらでも日本人の貢献を受け入れてくれるという話を、私はよく企業の方々にしています。日本人が原点に戻れば、もっともっとグローバルに活躍できるんじゃないかと私は考えています。アジアにこそ実はチャンスがあるのだから、“みんなが、山田長政になれ”と。少子高齢化だと嘆いているだけではなくて、アジアの人たちと一緒になって栄えるということは、どういうことなのかを考えると、もっと楽しいし、どんどん広がっていくと思うのです。
――お勧めの本をたくさんご紹介いただきましたが、本はどちらで購入されることが多いのでしょうか。
名和高司氏: 書店が多いです。丸善などの大型書店に行くのが私の楽しみでもあり、本屋にいると時間がすぐに過ぎてしまいます。Amazonのリコメンド機能は素晴らしいけれど、新たな異質な出会いはあまりありませんね。ぴったりなものをお勧めしてくれるので買ってしまいますが、やっぱりどれも自分の関心の延長線上にあるものになってしまいます。
最近の科学の思想といったものがあると、ワクワクして手に取って読んでみては、買ってしまうのです。ただ、興味を持って買っても、後で読もうと思っていて、そのまま忘れてしまって同じ本を3冊買ったりして、あきれられることもあります(笑)。電子書籍やアプリなどは便利だなとは思うのですが、やっぱり本がもつ、この量感と質感が好きですね。私は、本と対峙するスタイルなので、電子書籍だとなかなか気持ちが入らない。でも30代の私の知人たちは、もう完全に電子書籍側ですね。自分の使いやすい方を使えばいいと思います。
日本発CSVを、世界へ広める
――今、どのようなことに関心がありますか。
名和高司氏: 日本企業の活躍の場がもっと広がらなくてはいけないし、もっと深くなければいけないという思いがすごく強いです。この20年ぐらい、日本が敗退してきた中でも、本当はやれることがたくさんあったし、そのようなチャンスをきちんとつかみきれていないところがもどかしく、そのお手伝いをしたい。どれだけ時間があっても足りない、とも感じています。
それと今、最も関心があるのは、マイケル・ポーター教授が3年前に提唱し始めたCSV(Creating Sheared Value)という次世代資本主義モデルです。一言でいうと、社会的価値と経済的価値を両立させることが、資本主義の本来のミッションだとコンセプトです。私は今年から、日本を代表する30社の幹部の皆さんと、CSVフォーラムという研究会を立ち上げました。ポーターの言うようなことは、日本の企業の方がずっと前からやっていたわけなので、日本企業の良質な経営モデルが、次世代の世界の潮流になりうるはずだという信念のもと、日本発CSVモデルをメンバーの皆さんと作り上げようとしています。それを世界に広めるために、役に立ちたい。それが今の重要なミッションです。
それと、CSVフォーラムの皆さんに論文を書いてもらっているので、それをアッセンブルしたようなものを、世の中に出したいと思っています。私自身のCSVの思想、ポーターを越えるようなものを訴えていきたいと思います。それと並行して、イノベーションにおいても、クリステンセンを越えるような日本発のイノベーションのモデルを、今考えているところです。その2つが、これから10年間の私のキーワードとなるかもしれません。いつか、城山三郎さんや山崎豊子さんのような経済小説など、別の形式のものにも挑戦できたらいいですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 名和高司 』