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太田龍樹

Profile

高校時代に見たフジテレビの深夜番組『ザ・ディベート』がきっかけで、明治大学法学部在学中に現在のNPO法人の原型となるディベートサークルを設立。ビジネスの現場で使える実践的なディベートの啓発と普及に努め、多数の企業・自治体研修や、専修大学・明治大学・大東文化大学などの教育機関で、セミナー・講演活動を実施。 著書に『すごい説得力』(三笠書房)、『話し方にもっと自信がつく100の法則』(中経出版)、『ディベートの基本が面白いほど身につく本』(中経出版)、『なぜ、あの人の「主張」だけ通るのか?』(フォレスト出版)など。

Book Information

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高校の時にディベートチームを作る


――中学、高校はどのように過ごされていたのでしょうか。


太田龍樹氏: 高校は私立桐蔭学園高等学校に通っていたのですが、当時東大に行く人が100人。早慶で500~600人ほど行く学校でした。そういったエリート集団の中で、僕は間違いなくアウトロー。高校在学中に見たフジテレビの『ザ・ディベート』で、栗本慎一郎先生などが解説をしていて、「こういう討論ってあるんだな」と衝撃を受けました。その番組を見た時、ディベート力を絶対に身につけようと決意しました。実際にやってみたら面白かったので、友人を集めて10人位でディベートのチームを作りました。

――学生時代から現在まで、活動的な太田さんの原動力とは?


太田龍樹氏: 人と違うことをやる。結局、自分の思っていることは自分しか実現できない。何かに乗っかるということは、他の人が作った仕組みに準ずるということ。本当に自分の思いを貫徹したいのであれば、自分がリーダーとなって動くしかない。だから、ためらいなどはありません。でも高校の時に作ったチームは、自分もディベートを学んでいる最中できちんとマスターできていないし、受験もあったので失敗しました。そういった失敗を経験して、大学の時にまたやり直そうと。

ビジネスディベートに特化した団体として、先陣をきる


――改めて大学時代にディベートチームを作るきっかけはなんだったのでしょうか。


太田龍樹氏: 僕は2浪して大学に入ったので、高校に入学した時の同級生はすでに大学3年生。だから、声を掛けた友人・知人は就職活動前、最後の自由時間を謳歌するのに忙しいから、ディベートに全然乗り気じゃなかった。でも大学4年の就活で友人たちもディベートやグループディスカッションの重要性を痛感し、1994年の7月に皆で集まり、バーニングマインドを作りました。僕は早稲田の学生と付き合いがあったので、早稲田大学の校舎でこの団体は産声をあげました。

――先駆けという感じだったのでしょうか。


太田龍樹氏: 他の団体のことはよくわかりません。ただ2001年以降ビジネスディベートに特化した団体としては、僕らが特異な存在だと思っています。先ほどの設立の話に戻りますが、1995年の3月に大半のメンバーが就職のため卒業してしまうという事態に陥ってしまい、その後は、他大学のディベート部の方々と連携し続けていました。そして1999年に僕は生命保険会社に入社したのですが、当時周りの友人・知人がもらしていた2つの大きなシグナルがありました。1つ目は、「3、4年仕事をして、会社のことはよく分かったが、社外人脈がないということに気付いた」ということ。そして2つ目はスキル。強いスキルを身につけなければいけないと、多くの人たちが感じていたので、これは1つのチャンスだと思い、バーニングマインドの方向をビジネスディベートにシフトしていきました。1994年に始まった集まりですが、実質の第二創業は、若手社会人として再結集した2000年です。

――どういう経緯で、バーニングマインドという名前を付けられたのでしょうか?


太田龍樹氏: 1994年当初は違う名称でしたが、これから飛躍していくためにも、名称は変えなきゃいけないだろうとメンバーの間で持ち上がったんです。それで辞書を調べ、他にはないネーミングだったので、2002年にバーニングマインドに名称変更しました。僕自身先陣はきるけど、その後は他のメンバーに追体験してもらいたいので、様々なことを権限委譲しています。だから、うちのホームページを見ていただけるとわかりますが、弊社主催の『使えるディベートセミナー』は他のメンバーに講師を任せています。教える人を育て、その追体験を多くの人にしてもらいたい。特に2011年NPO化したこともあって、後継者を育てていくことを意識しなければならないと思っています。

ディベート大会のオープン化を図る


――「もっと広めるために」という視点になっていったのですね。


太田龍樹氏: 次に僕自身が考えたのは大会のオープン化です。多くの人たちにディベートを見てもらう環境を作っていこうと、2003年12月の大会からガラッと変えていきました。多くの人たちに、ディベートをまず見てもらって、感じてもらわないとダメ。一方「人様に見てもらうから、ディベートは面白いんだ」とディベーターも意識しなければいけない。ディベートは、ある論題を2つのチームに分けて討論・議論するのですが、勝った・負けたが一番重要ではないんです。ディベートでは判定を第三者が下すのですが、だからこそ審判であるお客さんにわかりやすく説明することを意識していけば、自分自身の力もパワーアップするんじゃないか。他者が自分たちをどう見るのかが、ディベート最大の魅力なのではないかと考えたんです。テレビ出演時のディベートである「メガネがよく似合うのは、ヨン様かヤクルトの古田か?」といった独自のテーマも、ディベートを初めて見る一般の方々は「どんな理屈を作ってくるのかな」と楽しめるじゃないですか。そういった部分をお見せするのが知的好奇心をそそり、大事じゃないかなと思ってるんです。

――ご自身が培ってきたノウハウを出し惜しみなく公開されているように思いますが、それはどういったお考えからなのでしょうか?


太田龍樹氏: まず、知ってもらわなきゃいけない。多くの人がよりよくなるには自分が持っている知識・情報は広めていかないとダメ。例えば、日米安保の改正、オリンピック開催の是非、憲法改正、特定秘密保護法案の話などは、結構堅い話ですよね。ディベートには公的な主題を扱わないといけないという1つのルールがありますが、僕はそれをとっぱらいました。難解なテーマだけではなくて、身近で易しいテーマもディベートとして取り上げることができるんだよということを示したかったんです。

――議論することは、世の中にたくさんありますものね。


太田龍樹氏: 本当、議論するテーマはたくさんあります。僕は結婚式の余興で、『財布のひもを持つのは旦那さんか、奥さんか』というディベートをよくやります。面白いからすごくうけます(笑)。新郎の金銭消費傾向などを新郎の友達に聞く訳です。すると「彼は車が大好きで、カーアクセサリーばかり集めちゃう性質なんですよ」とか「もう本を見ると、バンバン買っちゃいます」などといったデータが集まり、「そういう傾向の人に財布のひもを持たせたら家計は大変なことになる!」という論理展開にするんです。人が2人以上いれば、立場も違うし、見方も違う。僕が編み出した手法に、登場人物を浮き彫りにする「キャスト・ライトアップ」があります。これをすることで、例えば、お客さん、そして自分、あるいは取引先とその商品を作ってくれるメーカーなど、思惑というのはそれぞれ全然違うことがわかるわけです。違う部分をきちんと浮き彫りにしてあげることは、人の世においてとても大事なことです。

著書一覧『 太田龍樹

この著者のタグ: 『コミュニケーション』 『考え方』 『原動力』 『ディベート』 『教育』

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