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世界中の本好きのために

小島毅

Profile

1962年、群馬県生まれ。 東京大学卒業、現在は東京大学教授を務めている。 専門は中国思想史。『中国近世における礼の言説』(東京大学出版会)でこれまでの哲学史とは異なる視点を提示した。一般読者向けに、『朱子学と陽明学』(ちくま学芸文庫)、『東アジアの儒教と礼』(山川出版社)のほか、『海からみた歴史と伝統』(勉誠出版)、『近代日本の陽明学』(講談社)、『足利義満』(光文社新書)、『父が子に語る日本史』『父が子に語る近現代史』『義経の東アジア』((以上、トランスビュー)、『<歴史>を動かす』(亜紀書房)など、日本史についての著作も多い。

Book Information

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知的営為は「収納」ではない


――小島さんは電子書籍はお使いになっていますか?


小島毅氏: 私は電子書籍は使いませんし、多分これからも使わないだろうと思います。ただ、全体の必然的な流れとして、あらゆるものが今後電子書籍化していくんでしょう。私が研究を始めた頃は、ちょうどコンピューターが実用化された時期と重なっていました。ワープロから始まって、そのうちに容量が大きくなってくると、データベースができて、データベースもある媒体の中に記憶されているものを見るというところから、今はウェブで検索したら出てくる。もちろんそういうものを使わないわけではなくて、ウェブでキーワード検索してすぐにデータが出てくるということで便利なのですが、基本的には研究の時には冊子体の書物を机の上に並べて使います。電子辞書もあまり使わないので、娘から奇異の視線を向けられます。

――電子書籍の出現という状況をどう思われますか?


小島毅氏: 大きな文明論的なことを申し上げると、今はやはり技術が移り変わる時期なんだと思っています。私が研究対象にしているのは、今から900年ほど前の中国ですが、ちょうど印刷という技術を使った書物の出版が実用化された時期なんです。それまでは全て手で書き写していたものが、同じものを同時に大量に複製できるような文明に移って、人々のものの感じ方、考え方、あるいは文化の普及に大きく影響を与えました。これはヨーロッパ史ではグーテンベルグ革命と言われていることですが、それより数百年前に中国では起きているわけです。蘇東坡という人は「昔の人は自分で元の本を手で書き写していたら、ちゃんと覚えられたけれど、本を買うようになってから、机の上に本を置いていると自分がそのことを知っているような気になってしまう」と若い世代に向かって言っています。まさに今、それと同じようなことが起きていますし、その前段階として、私の学生時代にコピーが普及し始めましたが、コピーして持っていると、覚えたような気になるという現象がありました。でも友達のノートはやはり自分の手で書き写さなければ覚えられない。当時の先生方がコピーを持っていても覚えられると思うなよ、という話をされたのを覚えています。授業のハンドアウトを最近は皆さんパソコンで作られたり、あるいは自分のホームページに載せてダウンロードするよう指示をされたりする方が多いようですが、私はあえてハンドアウトは少なめにして、今でも板書主義なんです。説教臭くなるので学生に理由は説明しないんですが、多分学生はパソコンで打ってくれれば良いじゃないかと思っているでしょう。



――媒体の違いは、単に読み方の違いではなく、知識のありようを変化させるのですね。


小島毅氏: そのとおりです。印刷出版文化が始まる前、人々は書物の中身を暗記するようにしていました。出版文化では、書棚に整理整頓しておきさえすれば、いつでも必要な個所を取り出せるようになりました。今は手元の端末で情報を何でも引き出せます。でも、それは本当の知識にはなってないわけです。

読書を楽しむ余裕がなくなっている



小島毅氏: 電子辞書について、最大の欠陥は、前後を見ないことです。ピンポイントでデータが出てくるのは確かに便利で、無駄をなくす方向で技術は進んできていますが、実は無駄こそが文化にとっては大事なのだと、私は声を大にして言いたいです。今、世間的には、文学部は無駄だと思われている節があります。でも、日本の将来のことを考えると、それで本当に良いのかと、私は思います。

――利便性が高まることは、良いことずくめではないのですね。


小島毅氏: 私は別に、原始時代に戻りましょうなどと、言うつもりは全くありません。技術は人間が自分たちの欲求を具体化させたもので、長い人類の歴史を振り返った時、技術の発展のおかげで人々の生活が楽になり、豊かで便利で速くなってきています。しかし、その都度、それまであった何かをなくしてきているのも事実です。戦争の技術が進歩したことは、それはそれでメリットもありますが、それが人類にとって、いかに悲惨なものであったかという事実もその例の1つです。

――出版不況、活字離れなどとも言われていますが、読書の状況についてはどのようにご覧になっていますか?


小島毅氏: 出版不況の1つの理由は手軽に得られる情報が多過ぎることでしょう。ちゃんとした本だけにかぎればたしかに読まれていないということになりますが、みなさん、毎日電子機器を使って膨大な情報を得ていることを考えると、媒体が新聞や雑誌くらいしかなかった昔よりも、はるかにたくさんのものを読んでいるわけです。ただ、読書を楽しむためのゆっくりとした時間がないと感じます。私が学生時代に教わった先生方より、今の先生の方がはるかにせわしない状況になっています。私たちも必要に迫られて本を読みますが、それ以外の読書をする精神的な余裕がない。売れている本ということで耳にするのはハウツー本や、自己啓発系だったり、読書とはいえないものばかりで、村上春樹の小説も、みなさん本当に面白いと思って読んでいるのか、それとも多くの人が読んでるらしいから、とりあえず内容を知らないと話題についていけないから読むのか。本を読むことへの考え方も、どんどんせわしなくなっているような気がします。

――電子書籍の登場で、読書の世界はどのように変わっていくでしょうか?


小島毅氏: ある程度いくと淘汰が始まるでしょう。良質なものだけが結局は残るんだろうなと思います。今は過渡期で、技術がどんどん変わりつつありますから、それはもう止めようがないし戻りようがありません。何年後どうなるという予測をなさっている方はいますが、今から10年前だって今の状況は全く予測できなかったわけですから、私は本当に分からないと思っています。

著書一覧『 小島毅

この著者のタグ: 『大学教授』 『歴史』 『留学』 『知識』 『無駄こそが文化』

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