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世界中の本好きのために

藤井聡

Profile

1968年奈良県生まれ。 京都大学工学部卒業。同大学大学院工学研究科修士課程修了後、同大学助教授、東京工業大学教授等を経て現職。 公共政策に関わる実践的な人文科学及び社会科学全般を専門とする。 持論の列島強靭化論は第2次安倍内閣の掲げる国土強靭化政策の原型となり、2012年には第2次安倍内閣・内閣官房参与に任命された。 テレビなどのメディアにも多く出演する。 近著に『強靭化の思想』(扶桑社)、『レジリエンス・ジャパン 日本強靭化構想』(飛鳥新社)、『経済レジリエンス宣言』(日本評論社)など。

Book Information

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自分の中にある「精神」を大事にする



藤井聡さんは、土木工学、都市社会工学、公共政策の研究者。防災・減災のためのインフラの改修等、今後必要となる公共事業についての分析を行い、安倍内閣の重要政策である「国土強靭化計画」の理論的支柱になっています。現在、内閣官房参与として政策立案に関わる藤井さんの思想、執筆や読書のスタイル、また電子書籍についてのお考えなどについてお伺いしました。

仕事は全て即興、オーダーメイドで


――早速ですが、内閣官房参与としてのお仕事の近況を伺えますか?


藤井聡氏: 就任して半年以上経ちますが、政府関係の仕事は本当に初めてだったので、なじむのに時間がかかりました。ようやくどういう風に仕事を進めていくか、少しずつ分かってきたかな、と思っています。行政の段取りを1から勉強して、まだ全然分かっていないところもありますが、少しはマシになってきたのかなと感じています。

――国土強靭化の考え方についてお聞かせください。


藤井聡氏: 国土強靭化は、首都直下型地震、南海トラフ地震が危惧されていますので、それに対して全省庁、民間企業がどういう風に対応していけばいいのか、というのを考えるものです。その日を想像して、足りないことを洗い出して、1つずつ対処していくという取り組みです。僕は、「防災・減災ニューディール」担当ですが、災害を防いで、少しでも被害を軽減することを、限られたリソースの中で考えていくということ。そして、ニューディールという名前が付いているのは、アベノミクスと関係するところではありますが、需要不足によるデフレ状況を脱却していく経済政策のやり方を考える、この両者をうまくミックスさせながら政治、行政の展開をしていきましょうということです。そこは今の日本ではとても大切なものなので、しっかり対応していかないといけないと思っています。

――大学での講義、講演、ご著書で様々な論を展開されていますね。


藤井聡氏: 僕の活動は、全部共通しています。しゃべる時、論文や本を書く時も、まず自分で言葉を作ろうとします。もちろん日本語のルールには従いますが、そのルールの中で何を言うかという言葉を常に自分の中から析出させます。ところが知識人の中にはそうではなくて、知識を引き出しに入れておいて、取り出してしゃべるといったように、どこかで読んだことを繰り返している方々も多い。僕にも引き出しはありますし、引用もしますが、それを語る時の文脈は全部セルフメイドです。既製品はマテリアルでは使うけれども、「基本的にオーダーメイド」ということだけを決めて、あとは即興です。本も、このインタビューもそうですし、講演会もたくさん頼まれますが、細部まで決めて行ったこと1回もありません。これは、子どもが作るブロックにも似ていて、ブロックでお城や船、あるいは飛行機を作ったりする時に、一応イメージはあるけど、作りながら途中で飛行機が船に変わるのと同じなのです。

「今」が伸長する創作活動の時間性


――執筆はどこでされるのですか?


藤井聡氏: 家や、移動中にしたりと、執筆スタイルは様々です。最近は土日や休暇、出張などがないとなかなか書けません。

――執筆は、どういった執筆のペースですか?


藤井聡氏: 時間があれば、だいたい4日間で本を1冊書けます。書く時は、作曲で言うと頭の中でなっている音楽を聴いて譜面に書く時に近いでしょうか。書く時が一番精神が活性化します。ただし、実際にはその書く内容そのものについては、何ヶ月も、何年もかけて考え続けたものです。ですから、本を書くという行為は、一気にそれをはき出す、という側面があります。創作というのは、少し不思議な体験だと思います。「今」という時間は、精神力が薄いと一瞬でしかないんですが、楽しい時は「今」が結構長いのです。創作活動をしている時は長くなるんです。今、この一瞬を伸ばしてものを作る。だから、例えば画家が絵を描いている時は、途中で休憩をしても、その絵に向き合えば再び「今」に戻るというように、ずっと「今」が続いているのだと思います。これはハイデガーの言っている「時間性」という概念で、それは精神の力によるものです。多分、それができる人とできない人とがいるのではないでしょうか。

――本を書かれる時は、編集者と内容について一緒に作りこまれるのでしょうか?


藤井聡氏: 完全に自分で全部を考えて書くこともありますし、人それぞれです。出版社の皆さんとは色々とお付き合いをしていますが、愛情のある出版社、編集の方には女性が多いような気がします。男性は割りとあっさりしていますが、女性はなんとか作者のいいところを引き出そうと努力してくださる感じがして、ありがたいです。引き出したものを一生懸命広げることは、すごく大事です。本は出版社と書き手との共同作業という部分があると思います。

「普通」の価値観を信じる


――藤井さんがどのようなお子さんだったか、読書体験を通してお聞きしたいと思います。


藤井聡氏: 取り立てて特徴はなかったような気もします。みんながやっていた程度にはけんかなどもしましが、非常に平均的な子どもだったと思います。自分が読書家だなどと思ったことはないですが、今から思い出すと、人よりはよく読んでいたのかもしれません。でも、ずっと図書館で本を読んでいる女の子もいましたが、僕はそういうタイプではありませんでした。

――どのような本がお好きでしたか?


藤井聡氏: 子どもの頃は、宇宙の本が好きでしたので、『星の一生』など、小学生用の天文学の本は、あらかた読んだように思います。それから、戦国物といいますか、『平家物語』や『太平記』などが好きでした。第二次世界大戦、太平洋戦争の本もその流れで読んでいました。漫画はあまり読みませんでしたが、『マカロニほうれん荘』を、小学4年の時に友達にもらって読んで、それがやたらと面白くて、死ぬほど好きになったので、何十回と読んで完全に台詞を覚えていました。今はうちの子どもも読んでいます(笑)。

でもやはり一番は『太平記』で、僕は戦記物では最高傑作だと僕は思っています。僕は別に歴史的な素養はあまりありませんが、楠木正成のすごさというか、『太平記』にものすごく共鳴しました。『太平記』を、うちの子どもたちに読ませていて、現在中2の兄の方は小学校6年の時に読ませました。最初は嫌々読み始めていましたが、読み終わった時には大変に感激していた様子で、今でも振り返って「面白かった」と口にしています。今は、小5の子どもに読ませようとしているんですが、まだ「わからへん」と言っていますね。自分が太平記を読んだのは小学校4年ぐらいの時だったんですが、その頃の小学高学年の本って今の中学生が読むくらいのレベルで、昔の中学生が読んでた本は、今の高校生が読むくらいのレベルになってるんでしょうね。だって明治時代には『学問のすすめ』なんて、小学生のために書かれた本なんですから、近現代の日本人の知的水準の劣化っていうのはかなり激しいんでしょうね。

――ご両親からの教育はどのようなものでしたか?


藤井聡氏: 僕は特別な英才教育を受けていたわけでもありませんでしたが、祖母や両親の台詞は信用していました。ただ、自分はどういう訳か、「一般的な世間の中にいる大人は基本的に全員嘘つきで、まともな大人はほとんどいない」という風に感じていました。例えば、親が「こいつ、うさん臭いな」と芸能人などを見て言っているので僕も一緒に見てみたら、「確かにうさん臭い」と同じように感じていました。学校に行くと、先生がぬるいことを言うので「格好つけてはるわ」と思っていました。あと、祖母や母親から戦争の時の苦労話や、父親からも戦争の時の話などを聞いたりしましたので、そのリアルなものと学校で教えられるものがあまりに違っていたので、小学校の先生達はウソをついていると感じました。さほど特徴もない一般の家庭でしたが、その価値観を僕は完全に信奉していましたので、家庭の価値観からずれているテレビや学校教育などを、嘘つきだと僕は思っていました。

消えてしまった、江戸の面影


――その感覚は今のお仕事にも通じていますか?


藤井聡氏: 今のやっている仕事に関しては、完全にその頃に培ったものではないかと思います。100%言えるのは、昔と比べたら普通の家庭は絶滅危惧種に近いということです。自分の家庭は普通で、今でも自分の家庭は普通にしようと思っていますが、日本国内では、そんな「普通の家庭」は随分少なくなっているのではないかと思います。今から思えば、自分の子どもの頃に家庭にあったような、ごく当たり前の「一般家庭の価値感」は「テレビや学校の価値感」とは、どの家でも乖離してたんでしょうね。家庭の価値感は伝統に根ざしたものでしょうが、テレビや学校は戦後、勝手に人工的に作りあげられたものですから。でも、今、戦後がこれだけ長くなると、「テレビや学校の軽薄な価値感に基づいてできあがった家庭」なんてのも増えているのかもしれません。ほんと、恐ろしいです。
 そういう意味で、大人になってから一番心地よかったと思うのは、スウェーデンに1年住んだ時です。僕は英語ぐらいしか話せませんが、スウェーデン人の友人達は皆、家族を大事にする、一緒にご飯を食べる、お客さんが来たらちゃんと大事にするなど、心地の良い普通の価値感を持っていました(離婚率の高さだけは、驚きましたが 笑)。レストランに行っても扱いが普通でした。日本のレストランなどは、高級レストランでも「ベルトコンベアー」のようにマニュアル的に客を扱うところもあるのです。つまり、日本では「社交」というものが壊れていると感じます。ヨーロッパにはちゃんと社交があり、ホントに心地よいものでした。ですから、当時は日本に帰るのがホントにイヤでした。



――日本の家庭、あるいは社会が「普通」ではなくなったのはいつからなのでしょうか?


藤井聡氏: 小泉八雲の『明治日本の面影』という明治27年に出版された本は、もともとは外人用に英語で書かれたもので、その中に「おばあさんの話」という章があります。僕が知っている一番素敵なおばあさんを紹介しようという話で、小泉八雲は、そのおばあさんがどれだけ美しかったかを書いている。それはミスユニバース的な美しさの話ではなく、1回も怒ったことがないような、ほとんど仏様に近い、彼女のたたずまいや精神の崇高さ。昔の日本人、江戸の女性はこうだったんです。小泉八雲は最後に「おそらくどの民族もこういう女性を生み出すことはできないだろう。この女性が生きていけるような社会的な環境はあらかた消えてなくなっている」と書いていました。明治維新は素晴らしいなどと、司馬遼太郎が言っていましたが、ろくでもないと僕は思っています。今ちょうど、NHKで『八重の桜』をやっていますが、会津を潰しておきながら弔いもしなかった長州のひどさ。日本人は基本的には亡くなったら仏になるので、どんな奴でも弔うものなのに、償うこともせず、弔うことすら禁止したから、会津藩は怒っているわけです。

――今でも続いていますよね。


藤井聡氏: 今でもです。そんなことをしてまでやり遂げたのが明治維新なのであって、そんな馬鹿な話はありません。今は西郷隆盛が好きだという日本人も、ほとんどいなくなっていますが、西郷も最後に「義がないから」ということで、明治政府と戦っているわけです。「勝てば官軍」という言葉がありますが、これは恥の言葉で、本来は長州側の情けなさを糾弾するための言葉なのに、最近は勝った方が喜んで言うので、そういうのを聞いていると「恥を知れ!」と叫びたくなってしまいます。小泉八雲は、明治に、江戸時代の面影を見て、いかに江戸時代が素敵で、明治がダメだったのかということを書いているわけです。

――そのような日本人はもう現れないのでしょうか?


藤井聡氏: 小泉八雲は、もう5万年くらいは生まれないだろうと言っています。もう一度ムー大陸のような、全く違う文明ができたら現れるかもしれない、ということでしょうね(笑)。でも、僕の家内の祖母はそんな感じでした。心は穏やかで、卑しくない、というか卑しいという概念すらなく、滅私で奉公するのが、人格として当然なんです。自意識をもたないのが昔の感覚だったのではないでしょうか。

「精神」はタンスに入れられない



藤井聡氏: 重要なことは、自分の中にいる精神を大事にすることです。僕が宇宙を好きだったのは、ものすごく神秘的だからです。よく、「大宇宙の大きさからすると我々はちっぽけな存在」などと言いますが、僕の神秘感は、そんな陳腐な言葉では表現できません(そういう言葉は、ヴィトゲンシュタインの「語り得ないことには、我々は沈黙しなければならない」というルールに抵触しているので、語るべきではないのでしょう)。ヴィトゲンシュタインは『論理哲学論考』という本で、それを上手に語っています。「知識の限界までいっても外側にまだ大きなものがある」ということを、哲学として論じているのですが、それをやってのけたのは、僕はヴィトゲンシュタインしか僕は知りません。
子どもの頃は表現能力もないけれども、宇宙を勉強すればするほど、その神秘に対して自分の心が強烈に反応していたのでしょう。僕はその反応を抑えつけずに大事にしてきましたが、通常は学校教育やメディアなどで「火」を消されてしまうので、僕はずっと「絶対この炎の方が正しい」と思っていました。小4ぐらいで、教師が僕よりレベルは下だと思っていて、中学生ぐらいになったら、誰も僕のところにきていないと思っていました。こんな事を言うとなんかスゴイ事を言っているようではありますが、実は、素直な子どもというものはみんな、そうなのではないかと思います。

――勉強をすることで、「精神」を失ってしまうということもあるのでしょうか?


藤井聡氏: ソクラテスも別に「哲学」をやりたかったわけではなくて、ただ単に考えていたのを、「なんとか学」という風に、誰かがタンスに入れたんです。勝手に細切れにしてミンチにして入れたものに対しては、もう心が反応しない。「なんとか学」や分野などは、たかだか100年、200年の話ですが、孔子、老子、仏陀やキリスト、ソクラテスに関してはおおよそ2500年前の人なのです。自分は、人類の中でもとりわけ立派な方々の精神を学び、近づこうとしているわけで、2500年の中で一番立派なものから勉強していけばいいと思ったんです。ところが大学に入ったら、研究室では、教授に気に入られる研究をしている。京大だけでも教授が1000人近く人いて、東大と合わせたら2000人ぐらいなのですが、全員がアインシュタイン級かというと、絶対違うわけです。どう考えたって教授の中には、日本の歴史全体をかけた、太平記の物語に勝るような人生経験をしている人などいないので、教授の話を聞くより、まずは楠公を読んだ方がいいと思います。

新しいもの、便利なものには懐疑的であれ



藤井聡氏: BOOKSCANさんは、過去に出版した本を電子化してPDF化しているんですね。それはテキストデータ化して、検索機能なども付けられるんですか?

――はい。OCRでテキスト化することも可能です。


藤井聡氏: それは便利ですね。大学で退官される人が、大量の本をどうするかとみんな悩んでいるので、需要が間違いなくあります。電子化したものは、また流通させるということでしょうか?

――スキャンした本は、再流通しないように溶解処分しています。


藤井聡氏: ほかの誰かを圧迫することもないのですから、素晴らしいですね。

――藤井さんご自身は、電子化を考えられたことはありますか?


藤井聡氏: 僕個人はしないです。新しいものがイヤというか、変えざるを得なくなったら変えますが、変えなくていいものを変えるのは、人として間違っているという感じがあるんです。僕もインターネットは使っていますし、是々非々なんですが、大まかに言って、あんまり新しいものに飛びつくのはいかがなものかと、僕はずっと思っています。ただ、仕方がないところもありますから、決して否定的には思っていません。

――新しいものにはどちらかというと懐疑的な方なのでしょうか?


藤井聡氏: 新しいものが好きな人が多いのですが、懐疑的じゃないと不安定になります。新しいものにみんな飛びついたら、全ての産業で失業者が増えますので、古いものもあった方がいいんです。実際に本の置き場に困っている人たちはたくさんいますし、その点に関しては渡りに舟という気はしますが、便利なものにはやはり懐疑的になっておくべきです。電子化して安心してしまうと、もう読まないような気もします。でも、弁護するために言うわけではありませんが、新しいものでも、ほかの誰かを圧迫しないものならばいいと僕は思っています。

――教育や研究の場では、電子書籍はどのような影響を及ぼすと思われますか?


藤井聡氏: :検索ができるといったポジティブなことはもちろんあると思います。でもネガティブな点を挙げると、論文を大事にしなくなるのではないかということです。僕らは、論文を自分で仕分けて読んで、血肉にするというか、自分の精神の1個1個に論文を入れていったので、それが紙だったらやりやすいわけです。折れ曲がり方や、コピーのゆがみ方、シミの付き方も含めて本に愛着があります。検索、収納場所といったメリットはもちろん色々ありますが、論文を大切にしなくなる可能性があるのは良くないです。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。


藤井聡氏: 流れに任せていこうかと思います(笑)。8月に『新幹線とナショナリズム』という新書を出します。もう1冊の本は、『大衆社会の処方箋』という本で、副題が「実学としての社会哲学」というもので、僕の後輩と共著の本となります。学校の授業で教科書として使おうと思っています。
それと、今、全体主義の本を書きたいなと思っています。ハンナ・アーレントという人が全体主義のことを書いているんですが、難しくてあまり日本では知られていません。実は、日本にある社会問題は全部、全体主義で説明できるんです。グローバル経済主義の話にしても、全体主義。全体主義が嫌いなくせに、みんな全体主義でやっているので、「あなたこそが全体主義者なんです!」という話を分かりやすく書いた本にしたいと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 藤井聡

この著者のタグ: 『大学教授』 『考え方』 『価値観』 『防災』 『災害』

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