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世界中の本好きのために

杉江松恋

Profile

1968年、東京都府中市生まれ。ミステリ評論家、文筆家。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」など。おもな著作に『バトル・ロワイアル2 鎮魂歌』『バトル・ロワイアル2 外伝―3‐B 42 Students』(太田出版)、『口裂け女』(富士見書房)、『これだけは読んでおきたい名作時代小説100選』(アスキー新書)などがある。また、映画のノベライズも手掛けている。書評サイト「BookJapan」も主宰。毎週火曜日には「BIRIBIRI酒場」にてトークイベントを行っている。

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小説を読むときは「焼き魚」を食べるように、じっくり読め!


――小説を読むときに、単にストーリーだけではなくて、「もっとこうしたら読み方がおもしろくなる」という読み方があったら教えて下さい。


杉江松恋氏: まず、読み慣れてくると、どんな文章にもリズムやテンポみたいなものがあることに気付くと思います。文章の密度のようなものですね。「ここは早く読ませようとしている」「ここはゆっくり読ませようとしているな」という部分。普通は作家の意図通りにぐいぐい読むところはすぐ読んでしまうし、ゆっくり読ませようとするところはじっくり文字を追いながら読んでいると思います。

でも、その作者の意図に気付いたら「なんでここは早く読ませようとしているんだろう」と考えてみたり、「ここは早く読ませようとしているみたいだけど、でもなにかおもしろいことが隠されているんじゃないか」と思ってみたり。あとは、その作者の文章の癖みたいなものを探してみたり。焼き魚や煮魚を食べるときに、ほぐれやすい身だけ食べてももちろんおいしいんですけど、でも、骨の間についている身や、頭の骨に隠れている頬肉までしっかり食べるともっとおいしい。それと一緒ですね。

おもしろいと思える小説に出会ったら、「どうしてこの部分を読むと自分はこんなに感情が揺さぶられるんだろう」と考えてみるんです。たとえば恋愛小説を読んでみて、なんだかウキウキしたりすることもあると思うんですね。そしたら「どうしてこの部分を読むと、自分はウキウキするんだろう」「楽しく感じるんだろう」と考えてみる。そうすると「あぁ、こういうキーワードに自分は弱いんだな」とか「こういうシチュエーションが好きなんだな」とわかるわけです。

あと、誰にでも「自分の好きなタイプの小説」というものがあると思うんです。たとえば、恋愛小説だったら「不倫モノ惹かれる」とか「高校生と中年の年の差モノに惹かれる」とか。「どうして自分がこういう系統の作品に惹かれるんだろう」と考えてみると、実は自分が登場人物に感情移入しているんだということがわかるかもしれない。そして、実は自分は男だけど、女性のほうに感情移入しているんだ、ということに気付くかもしれない。そうやって小説を読むということは、ある意味、自己分析に近いかもしれません。こうした自分の反応を観るのが、とてもおもしろいんじゃないでしょうか。

――杉江さんが小説を読むときに、「これは好きだな」と思う傾向を教えて下さい。




杉江松恋氏: 行間を読む…というのとはちょっと違うんですが、ストーリーのなかにある、ほんのちょっとの些細な出来事のおもしろさがある作品が好きですね。たとえば、豊臣秀吉の生涯を語るときに、「豊臣秀吉は昔は農民でした。でも偉くなりました!」で終わってしまったら、おもしろくないわけです。もっと、彼が織田信長の部下として可愛がられて、かたき討ちをして、天下をとって…という細かい細部の部分を再現されたほうがおもしろいわけです。

――そういう視点から見て、最近おもしろかった本はありますか?


杉江松恋氏: たとえば、小池真理子さんの『二重生活』とか。あらすじ自体は、「大学教授にそそのかされた大学院生の女の子が、近所の男を尾行する」という話で、別に殺人事件も大爆発も怒らない。特に最終的になにかがおこるわけでもないんですけど、まず「なんで男を尾行するんだよ!」という些細なことから始まって、「なんでこんなことをしているんだろうな」と振り返って考えてみると、どんどんその小説がおもしろくなってくる。

さらに、やっぱり書き手の小池さんの筆力というべきなのか、何気ないワンシーンでも、すごくいろいろと工夫がこらされている。たとえば、肘をつくとか耳をかくとか小さな日常の癖や、食べ物の食べ方ひとつなど、些細な動作ひとつから、なんとなく登場人物の背景というか人生が見えてきたりするんですよね。そういう点に触れたときは、「いい作品だな」と思います。

自分のなかで再構築が生まれる本が、自分にとっての面白い本


――いまは、映画やテレビ、ネットなどさまざまなメディアがありますが、そのなかでも杉江さんが「本が好き」だと思う理由を教えて下さい。


杉江松恋氏: 一番には、「紙」というものは、自分で進行がコントロールできるメディアだからだと思います。映画やテレビはすでに尺が決まっていて、時間の経過に自分が身をゆだねるメディアだと思うんです。でも、本の場合は、好きなスピードで活字を追えるし、間に好きなことをしてもいい。いろんな娯楽の中で、自分でここまで時間を細分化してコントロールできるメディアは少ないんじゃないでしょうか。

小説でもなんでも、本は文章から読者が自分で読み取って、それを頭で再現して、自分なりのストーリーを組み立てなおすメディアですよね。ストーリーの再構成が鮮やかにできる本こそがおもしろい本だと思っていて。それは、観念的なことかもしれないし、ストーリー自体のおもしろさかもしれないけれども。

たとえば、あの結婚詐欺事件の木嶋佳苗に関するノンフィクション本が、ここ数か月で何冊も出ていますよね。ある人は木嶋の立場に立ってあの事件を分析しているし、ある人は「なんでこんなことをしたんだろう?」と謎を抱きながら、木嶋の姿を再現している。あれは、きっと本によって、読み手の人が彼女に対して抱く感想がまったくかわってくるはずです。こんな風に、自分の頭の中で物語を構成できるのがおもしろさ。どんなストーリーラインができていくかを楽しむことは、映画やテレビのように映像がついているものでは再現できないと思います。

自分の読んできた作家が、ぐいぐい力をつけてきているのを見るのがうれしい


――そんなたくさん本を読まれている杉江さんが、最近気になっている作家さんを教えて下さい。


杉江松恋氏: 最近、気になっている作家は、まず一人は『鍵のない夢を見る』で、直木賞を取った辻村深月さんですね。彼女の初期作品には登場人物が類型的で会話だけだと識別が難しいというような欠点もあったんです。最新作は、泥棒、放火、誘拐などの「犯罪」をテーマにした短編をまとめた作品なのですが、本当に「いじわる」な人間観察ができるようになってきていて(笑)。とてもよくかけていましたね。あれを読んだら「本当に男ってバカだな」とか、「女の人はどうして騙されてしまうんだろう」って、とても痛感しました。

あとは、初野 晴さん。この方は、2002年に『水の時計』という作品で、横溝正史ミステリ大賞を受賞した人です。高校の吹奏楽部を舞台にした連作(『退出ゲーム』他)を書き続けていて、いままで4作ぐらいでているんです。とにかくうまいですね! 兼業作家だったので、これまでそれほど作品数は多くなかったみたいですけど、最近はペースをあげつつあるので、とても楽しみにしています。

あとは、村田沙耶香さんも好きですね。孤独な女の子の視点を独創的な手法で描いた小説がとても魅力的です。あと、いじわるな女性を描くという意味では、綿矢りささんの『かわいそうだね?』なんかも好きです。

著書一覧『 杉江松恋

この著者のタグ: 『漫画』 『可能性』 『紙』 『ビジネス』 『テレビ』 『書棚』 『本棚』 『人生』 『雑誌』 『ミステリー』 『書評家』

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