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世界中の本好きのために

福岡伸一

Profile

1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授等を経て、現職。サントリー学芸賞を受賞しベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』,『動的平衡』など、「生命とは何か」を分かりやすく解説した著作を数多く著す。他に、『できそこないの男たち』,『世界は分けてもわからない』,『動的平衡2』,『せいめいのはなし』等。最新刊に『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』,『生命と記憶のパラドクス』。また、フェルメールの全作品を巡る旅を綴った『フェルメール 光の王国』を上梓するなど、フェルメール好きとしても知られ、「フェルメール・センター銀座」の館長もつとめる。

Book Information

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昆虫少年がフェルメールを愛するようになったワケ


――4年ほどのフェルメールをめぐる旅、フェルメールに対する想いをお聞きしたいと思います。どういった出会いでしたか。


福岡伸一氏: 私は生物学者になる前は、小さいころから虫が大好きな昆虫少年だったんです。きれいな蝶々とか珍しいカミキリムシなんかを追い求めていたんですけれども、そのうちおもちゃに毛が生えたような顕微鏡を買ってもらって、それで虫の卵とか蝶の羽根とかを見てたんです。

そうやって顕微鏡で遊んでいるうちに、顕微鏡を最初に作った人はどんな人なのかなと思って、調べてみたんですね。オタクの性質として、何かを知ると必ずその源流をたどりたくなるんです。そしたらレーウェンフックさんという人に行きついた。このレーウェンフックさんは今から350年も前の人で、オランダのデルフトという町に生まれた人なんですが、彼はプロの研究者ではなく、アマチュアの物好き。まぁ、オタクですよね(笑)。彼は、自分で工夫しながら手作りで顕微鏡を作って、手当たり次第いろんなものを観察して、細胞、白血球、赤血球。さらには精子まで見つけちゃったすごい人なんです。

アマチュアでそういうことを一生懸命研究していたっていうところに、またいたく感銘しまして、レーウェンフックのことを一生懸命調べていたんです。そしたら、彼が生まれた1632年。しかも、彼が生まれた街・デルフトにフェルメールという人が生まれていて、その人が今や世界的な有名画家になっていることを知りました。そこから興味が沸いて、今度は「フェルメールのことを調べてみようかな?」と思ったんですね。

――すごい偶然ですね。


福岡伸一氏: ええ。探求していくと、さまざまな水脈や鉱脈にぶつかっていくんですね。フェルメールの作品は全世界にたった37点しか残っていないということで、オタク少年としてはコンプリートしたくなる訳です。そこで、いつかフェルメールの作品を全部見てみようと思ったんですね。でも、なかなかそういう機会がなかった。



 その後、私は昆虫好きが高じて生物学者の道に入って、大学で勉強して博士号を取り、アメリカに研究修行に行ったのですが、最初に行った都市がニューヨークだったんですね。

 ある日ニューヨークの街をぶらぶらしていると、マンハッタンのビルの真ん中にお城みたいな建物があって、「これは一体何かな?」と思ったら、それはフリックコレクションっていう大金持ちが作った個人美術館だった。その中に入ってみるとフェルメールの作品が3つもあったんです。

そのフリックさんというのは、19世紀から20世紀にかけて炭鉱業などで財を成した人で、美術コレクターでもあったんです。彼が遺言で、ここに所蔵している自分の美術品は絶対外へ貸し出してはならないと。だからここにあるフェルメールはその美術館に行かないと観ることはできない訳です。

そこでフェルメールを観て、「あぁ、きれいだな」と思って、調べてみると同じニューヨークのメトロポリタン美術館にも5点フェルメールがあったので、それも観ました。そこで、「やっぱり、フェルメールは素晴らしいな」と。光の扱い方とか絵の描き方が芸術家というよりは、科学者的なマインドで探求的に描いていると感じたんです。

そして、ニューヨークで8点のフェルメールを観たんですね。そうすると、彼の作品のうち、37分の8は観たことになるので、これはコンプリートを目指してどんどん観て行こうと思って(笑)。そこから「フェルメール作品、全点踏破の旅」が始まったんですね。

最初はこんな風に趣味の一環として観ていたんですが、その後私は執筆の仕事をするようになって、ANAグループの機内誌でフェルメールを巡る旅について書かせていただけることになり。現在では、とうとう37点中、現在鑑賞可能な34点を見ることができました。

――残り3つは、まだご覧になっていないんですね。


福岡伸一氏: 盗難されてしまったもの1点と、個人が持っていて見せてくれないもの2点あるので、こちらはまだ観れていないですね。フェルメールは20歳から描き始めて43歳で亡くなっているので、たった20年間しか画家としてのキャリアがないんです。でも、その間に書いた作品のすべてを、今度はただ観るだけじゃなくて、時間の軸を持って観たらどうなるのかな、と思ったんです。つまりフェルメール自身の人生の軌跡と照らし合わせて絵を観てみたい、そのためにはフェルメールが描いた順番に絵を並べて、しかも一挙に観られたらどんなに素晴らしいことかと思ったんです。

「好き」が高じて作ってしまったフェルメール美術館


――そんなことできるんですか?


福岡伸一氏: もちろん現実にはできないんですが、非現実、ヴァーチャルでなら可能な訳です。特に現在ではデジタル技術がものすごく発達していて、絵なんかも精密に複製できるんですよね。
そこでとうとうこの度、絵が描かれた当時の色をコンピューターで解析し再現するという「リ・クリエイト」という新しい印刷技術を使って、リ・クリエイトしたフェルメールの全作品を展示する夢の美術館「フェルメール・センター銀座」をつくってしまいました。

――最初は少年時代の昆虫採集から始まったものが、いつしかフェルメールの美術館を作ってしまうことになった…ということですか!


福岡伸一氏: そうなんですね。私が監修・館長をつとめています。ですから昆虫少年・顕微鏡・レーウェンフック・フェルメールという風に、私の中で自分の好きなもの、きれいだなと思ったものをずっと追及していった過程で、フェルメールについての本を書くことができたし、美術館を作って館長にもなりました、ということなんですね。

という訳で、「フェルメール・センター銀座」も言ってみれば、私の趣味が高じてつくってしまった美術館なのですが、おかげさまで連日たくさんのお客様が来てくださってですね。大変賑わっていて、とうとう先日来場者数が10万人を突破しました。

フェルメールファンの層が厚いというのにも驚かされますけども、やっぱりきれいなものを追求したい、あるいはフェルメールが問いかけた謎を深読みしたいと思う人がたくさんいるんだなと感じています。

――オランダで有名な画家というとレンブラントなどもいますが、そういった画家の中で、フェルメールに対してどういった印象をお持ちですか。




福岡伸一氏: おっしゃる通りで同時代のオランダにもたくさんの画家がいて、レンブラントのような大作家もいた訳ですよね。ふた昔ぐらい前は、オランダの絵画っていったらレンブラントしか注目されていなかった。レンブラントの特徴を上げると、まずとにかく絵が大きいこと。それから、主人公にピカーッとスポットライトが当たるような構図を作ったりと、絵の中に演出があるんです。

もちろん、それはそれですばらしいんですけど、一方のフェルメールはまず絵がかなり小ぶりです。そして絵の中において、極力演出を排除してるんですよ。できるだけ画額の中に映ったものをありのまま公平に描こうとする。美化とか強調とか演出とかそういうものをやめて、まだカメラのなかった17世紀に虚心坦懐なフォトグラファーとして現実の一瞬を切り取っている。「時間を止めて見せました」という観察者としての公平な態度があって、それは科学者が対象物へ抱く気持ちに似ているんじゃないかと思います。

私は、フェルメールの、そういう押しつけがましくなくて、過度な演出をしないところが好きなんです。そこに描かれている全てのものを公平に捉えて、色んな細部を描くので、じっくりとよく見れば見るほど発見がある楽しさがあるんです。そういった面白さが、フェルメール人気の1つのカギになっていると思うんですよね。

――フェルメールの絵画は、何らかの事前知識や情報を持たずに観ても楽しめるんですね。


福岡伸一氏: そうそう。前提となる知識を必要としてない訳ですよね。ちょっと想像してみてください。たとえば、日常のごく一瞬の出来事。小さな部屋で、光が挿し込んだところに女の人がたたずんで手紙を読んでいたり、楽器を奏でている……。そんな本当に日常の一瞬は、この21世紀にもいくらだって起こり得ることですよね。

もちろん、絵画は難しく見ようと思えば、宗教的なバックグラウンドや神話の知識がないとわからないものもたくさんあります。もちろん、フェルメールの作品でもそうした解釈が必要とされることもありますが、大概の場合、フェルメールの絵を理解するのであれば、特に込み入った文脈はいらないんです。ここがまた世界中の人がフェルメールをすぐに愛するようになる理由じゃないかな、と思いますけどね。

17世紀に起こった文化的パラダイムシフトの時代に、フェルメールは生きていた


――日常を切り取っているから身近に感じられるということですね。芸術と科学にもいろいろと共通点があるんですね。


福岡伸一氏: 科学も芸術も基本的には同じことを求めていて、「世界がどうなっているのかを解き明かそう」、「書き記そう」としている訳ですよね。特に17世紀頃は、顕微鏡や望遠鏡が作られたり、天動説が地動説になったり、デカルトやパスカルやニュートンが現れて科学が非常に発展していった時期なんです。

とても豊かな時代で、フェルメール自身もその真っ只中にいた人物。パラダイムシフトが起きる、そういう時に居合わせた人だと思って見ると、また違った形でフェルメールを評価できるんじゃないでしょうか。

――17世紀のヨーロッパは文化的にも飛躍的に進歩を遂げたころだったのですね。


福岡伸一氏: ちょうどそのころ、人間の世界認識の大きなうねりが曲がり角に来ていたということですよね。それは大きく言うと、「宗教vs.知的好奇心」の戦いだったと思います。

それ以前の時代は、『この世界はすべて神様が作りました。だからみなさんそれを信じましょう』という宗教的な見方が信じられてきた時代でした。でも、世界をよく観察してみると、世界は絶え間なく変化しているし、流転している。また、生命も少しずつ進化しているということが、認識されるようになってきた。

それで宗教もそれまでのカトリックが支配するルールと規則の時代からプロテスタントという宗教革命が起きていくんです。

もちろん、当時はみんなまだ神を信じていました。でも、世界の在り方が単に神話や聖書のなかで語られてきたものより、もっと動的なものだということに人々が気が付いた時期だったんですね。

著書一覧『 福岡伸一

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