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木山泰嗣

Profile

1974年、横浜市生まれ。上智大学法学部法律学科卒業。2003年弁護士登録(第二東京弁護士会)。専門は税務訴訟及び税務に関する法律問題。「むずかしいことをわかりやすく」をモットーに、法律の入門書やビジネス書など幅広い執筆活動を行っている。『税務訴訟の法律実務』(弘文堂)で、第34回日税研究賞「奨励賞」を受賞。 著書に『小説で読む民事訴訟法』(法学書院)、『憲法がしゃべった。』(すばる舎)、『反論する技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『分かりやすい「所得税法」の授業』(光文社新書)など。

Book Information

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あきらめないことでチャンスを捉える



税務訴訟および、税務に関する法律問題を専門とする弁護士の木山泰嗣さん。2015年4月からは、青山学院大学法科大学院客員教授から、同大学の法学部教授に就任されました。トイレ連載から始まる漫画家への夢、自分の道を考えるきっかけになった恩師の言葉、司法試験合格に至るまでの道のり、「あきらめない」木山さんの想いを語って頂きました。

トイレ連載で漫画家を志す


――弁護士として憲法、法律、さらに文章術など多くの本を執筆されています。


木山泰嗣氏: 単著は39冊になりました。監修や共著も含めると50冊は超えていると思います。昨年末の『マンガでわかる日本国憲法』、他にも小林麻耶さんに朗読してもらったCDが付いた『「聴く」日本国憲法』や、同じセントフォースさんの女性アナウンサーに民法を読んでもらった『耳から覚える〈合格〉 民法 条文・女子アナ読み上げCD&BOOK』の監修をしました。

――4月から青山学院大学法学部教授に就任されました。


木山泰嗣氏: 私は法律を勉強したいと思って法学部に入ったのに、難しすぎてすごく苦労しました。今の法学部の学生にも、同じように苦しんでいる学生がいます。もちろん最初は難しいのは当然で、量を確実にやらないと専門家にはなれませんから、難しいものを完全に難しくなくすることはできません。けれども、やる気のある、やればできる可能性がある人の芽を摘んでしまうのは、本当にもったいないと思います。私はできる限り、そういう興味を持ってやりたいと思っている人たちが、その人のペースで個々に成長できる手助けをしたいと思います。学ぶことで自分が成長する楽しさを味わうことで、少しでもいいので、学生が自信をつけてくれればと思っています。そのきっかけを与えることが、私の役割だと思っています。

――法曹界を志したのは。


木山泰嗣氏: もともとは漫画家志望で、私の子供時代は『週刊少年ジャンプ』の世代でした。「キャプテン翼」、「キン肉マン」そして「Dr.スランプ」。藤子不二雄アニメも人気で『ドラえもん』とか、とにかく漫画が好きでした。小学校では漫画クラブに入って、漫画やイラストを描いていました。恥ずかしくて友だちには見せていませんでしたが、自分で描いた漫画を家のトイレットペーパーのホルダーのところに入れておいて、家族に読んでもらうという「トイレ連載」をやっていました。両親がどこまで読んでくれていたかは分からないですし、感想をもらった記憶もあまりなく、読んでくれていたと思いますが、勝手に連載していました(笑)。

小学6年生のころから、本格的にスクリーントーンやペンを使って描き、投稿もしていました。小学生のころに出会った手塚治虫さんの『火の鳥』をくりかえし読むうちに、圧倒的な人生経験と膨大な専門性に裏打ちされているからこそ、壮大な作品に仕上がっていると感じるようになりました。「手塚治虫さんは、お医者さんで漫画家になっている」ことにも驚きました。自分も将来、例えば弁護士で小説家とか、何かの専門分野を経験した上で、表現活動に入れば、自分のオリジナルのものが出せるのではないかと思ったのです。それで、中学2年生のころに、まずは人生経験を積み、専門性を身につけないとダメだと、筆を置きました。

得意なものを伸ばし勝負せよ 節目となった教師の言葉 



木山泰嗣氏: 高校は公立の進学校に進みました。本当に勉強ができない生徒で、最初に受けた学校の統一試験では、1学年450人中400何番という悲惨な成績でした。最初の三者面談で、先生に「この成績ではどこの大学も行けませんよ」と言われる始末で、当然、弁護士という職業など自分のなかでは圏外でした。

数学は私の天敵で、成績が悪くても「嫌なものはやりません」と言って追試も受けない頑固な高校生でした(笑)。数学の授業でみんなが問題を解いている時に、私は『三国志』や『宮本武蔵』を読んでいました。「漫画じゃないからいいだろう」くらいの感じで読んでいると、先生が「うーん」と唸りながら後ろで腕組みをして見ていたのです。怒られるのかと思ったら、そのまま前の教壇に行って話を始めました。「誰にも不得意なものはあります。自分は数学が得意でそれを伸ばして数学の教師になりました。皆さんは数学が不得意だったとしても、自分の得意なものが何か1つでも見つかるかもしれない。得意なものを伸ばし、圧倒的な力で活躍する人が世の中にはいます」ということを言ってくださいました。私は、その話を自分へのメッセージだと受け止め、「数学はやらなくていい」と確信しました(笑)。

そのかわり、先生の言う「何か得意なもの」を見つけなければと思って、図書室で本を借りたり、政治や法律など思想書のような書物を読み漁りました。日本国憲法制定の時に総理大臣になった、幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)さんの憲法制定の経緯などが書かれた本を読んで、文章や言葉が世の中にこれほどの影響を与えられることに興味がわいたことを覚えています。文章が持つ力の不思議に迫りたい、知りたいと思い始めました。「法律家になりたい」というより「勉強したい」と思って、高校2年の終わりごろ、法学部に進むことを決めました。当時は、憲法について「法律みたいなもの」というぐらいの認識でした。

――大学での講義はどうでしたか。


木山泰嗣氏: 打ちのめされました(笑)。法律を勉強したいと思って一生懸命やりましたが、難しすぎてついていけず、1年生の時に必須科目である憲法の単位を落としてしまったのです。ですから、司法試験などはおよそ考えられませんでした。2年生の時に有名な東大の先生が来られて、違う角度で話を聞くことができ、何とか憲法の単位は取ることができました。ところが、次は必修の民法の単位を落としてしまって……。こんな大学生だった私が40歳で法学部の教授になることなど考えられませんでした。必修の単位を二つも落とした学生でしたが、法律の仕事には就きたいと思っていて、2年生の春休みに司法試験を受ける決心をします。大学後半の2年間はたくさん勉強しました。卒業後に受験を開始し、4回目で、ようやく合格することができました。

著書一覧『 木山泰嗣

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