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世界中の本好きのために

酒井邦嘉

Profile

1964年、東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。96年マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、97年より東京大学大学院総合文化研究科助教授・准教授。2002年第56回毎日出版文化賞、05年第19回塚原仲晃記念賞受賞。脳機能イメージングなどの先端的手法を駆使して、人間にしかない言語や創造的な能力の解明に取り組んでいる。著書に、『言語の脳科学』『科学者という仕事』(中公新書)、『脳を創る読書』(実業之日本社)などがある。最新刊に、『芸術を創る脳―美・言語・人間性をめぐる対話』(東京大学出版会、共著:曽我大介・羽生善治・前田知洋・千住博)がある。

Book Information

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ミッションは、分からないことを分かるようにすること



酒井邦嘉さんは、脳機能イメージングなどの先端的手法を駆使して、人間にしかない言語や創造的な能力の解明に取り組んでいる、言語脳科学者です。『科学者という仕事』『脳の言語地図』や『脳を創る読書』など、数々の本を執筆されてきた酒井さんは、2002年、『言語の脳科学』で毎日出版文化賞受賞。2005年、脳機能マッピングによる言語処理機構の解明により第19回塚原仲晃記念賞を受賞されています。どのようにして今の道に至ったのか、また読書遍歴や電子書籍などについてお聞きしました。

「自然界の謎」へのあこがれが、サイエンスへ進むきっかけに


――最近のお取り組みについてお聞かせ下さい。


酒井邦嘉氏: 専門は言語脳科学といって、人間の言語を脳から明らかにすることが目標です。いわゆる言語学は文系で脳科学は理系ですから、両者のちょうど狭間になっている研究です。主力となる手法は、脳機能イメージングといって、安全に脳内の働きを調べて画像化するMRIなどの技術です。

――こちらの研究室はこだわりを感じる空間になっていますが、普段からこちらに居る割合はどれくらいですか?


酒井邦嘉氏: 講義や会議、そして実験以外の時は、大体ここに居ます。部屋では、いつも自分の好きなクラシック音楽をCDで流しています。几帳面な性格なので部屋が片付いていますが、あまりに物を整理し過ぎて、探し物が見つからないことも最近多くなりました(笑)。目に見えるものだけでなく、脳の中の情報を整理しておくことも大切ですね。

私にとってのヒーロー


――幼少期は、どのようなお子さんでしたか?


酒井邦嘉氏: 子どもの頃は、好奇心が強かったと思います。物心ついた時には、例えば「なぜ虹が見えるのか」といった、自然界の謎に対して強い関心がありました。そういう不思議な現象が私の関心を惹きつけて、サイエンスに憧れを持つことになったのだと思います。それから、実際にサイエンスの世界を開拓した人の伝記などを読むのが特に好きでした。
高校時代、私はアインシュタインが大好きで、とにかくアインシュタインに関する本を片っ端から読んでいました。そうするうちに、アインシュタイン自身が書いた本に行き当たりました。アインシュタイン自身が書いた入門書ですが、他のどの本よりも分かりやすく書いてあって感動しました。「自分でも分かるんだ」と思ったのが、今の道へ進んだ最初のきっかけです。

――読書を通して科学者が身近に感じられるという点で、本という存在は大きかったのではないでしょうか。


酒井邦嘉氏: そうですね。周りには、学校の先生以外にサイエンスを教えてくれる人がいなかったので、本の世界が、本当に身近に感じられました。サイエンスを開拓していった人々が、実際にどうやって謎を解き明かしたのか、どんなことに悩み、そして何が分かったのかというような、ドラマチックな人間の営みを知るのが凄く好きでした。
ちょうどその高校生の多感な時期に、みすず書房から、朝永振一郎先生の全集が出ました。毎月、学校の図書室に寄贈されていたので、新刊が出るのを毎回楽しみにしていました。高校生でも読んで本当に面白かったので、大学生になって自分で買い揃えました。読むだけではなくて、いつでも読めるように持っておきたいのです。研究室だけでなく院生室にも、もう一セット置いています。学生たちが自分で宝の山を発見していくという楽しみがあります。

――書棚に飾られている写真なども含めて、空間にある全てが訴えかけてくるように感じます。


酒井邦嘉氏: このアインシュタインの写真は、『アインシュタインの生涯』(東京図書)という本の表紙になっていたものですが、高校生の時にとても気に入って東京図書に手紙を出したところ、印画紙に写真を焼いたものを送って下さったのです。アインシュタインが生きていたら、会いに行ったでしょうね(笑)。そのぐらい憧れていて、自分のヒーローみたいな存在でした。サッカー少年が有名なサッカー選手に憧れるのと同じで、私の場合はそれが科学の世界だったということです。その人物像が、本から想像できるというのは、とても大事なことだと思いました。

――色々な本を読める環境にあったというのは、親御さんの影響があったのでしょうか。


酒井邦嘉氏: 幼少の時に、親が好んで偉人伝などの本を与えてくれたのがきっかけだったと思います。色々なジャンルの偉人がいた中で、特に惹きつけられたのは、ベートーヴェンとキュリー夫人でした。他には、ノーベルや湯川秀樹などが強く印象に残っています。サイエンスや科学者に惹かれるようになった芽は、幼少期からあったと思います。

仕事に対して、辛いと思ったことは一度もない


――いつ頃から研究者になろうと考えていたのでしょうか?


酒井邦嘉氏: 作文などで科学者になりたいと書いたのは中学1年生の時でした。子どもの頃ですから、サッカー選手になりたいというのと同じ気持ちだったのでしょう。私のヒーローが科学者だったから、自分も科学者になりたいという純粋な思いでした。好きなことを職業にしたいという憧れと共に、サイエンスが本当に好きだったのですね。

――幼少期の頃に憧れたことを今でも続けられて、第一線で活躍されているということは、夢が実現されているということですね。


酒井邦嘉氏: 確かに、やりたいことをやれるのは一番幸せでしょう。実際には、歯を食い縛って頑張らなくてはならないことや、辛いこと、上手くいかないことも当然あります。スポーツ選手と同じで、プレッシャーもあれば、常に結果を求められるということもあります。国の税金で研究している以上、何の役に立つのか説明する義務もあるわけですから、自分だけで楽しんでばかりはいられません。けれども、その大変な部分も含めて楽しいと思えれば一番だと思います。科学者に限らず、どんな仕事でも楽しむということは重要なことでしょう。
事実、私は科学者という仕事に対して辛いと思ったことは一度もありません。人との軋轢はとても辛いですが、純粋にサイエンスに対しては、いつも恋い焦がれているところがあります。

――執筆だけではなく、教育、研究など、様々な活動を通して、ご自身のミッションというのは何だと思われますか?


酒井邦嘉氏: 分からないことを分かるようにすることがミッションです。自分が分からないことを分かるようにするのが研究で、他人が分からないことを分かるようにするのが教育です。


編集者とは極めて密な関係


――様々な本を出されていますが、普段、編集者さんとはどんなやり取りをされていますか?


酒井邦嘉氏: 極めて密な方だと思います。編集者から直すべき指摘を受けたら、私はそのすべてを直すようにいつも努めています。自分では盲点になっている所を指摘してもらうのですから、それにまさる文章修行はないでしょう。あらゆるところに改善の余地はあるものです。出版されてからもなお、徹底的に直したことがありました(笑)。ベートーヴェンもそういう性格だったそうです。

――執筆される上で、ポリシーなどはありますか?


酒井邦嘉氏: 真のコミュニケーションとは、言葉を伝えることではなく、心を伝えることです。心がしっかりとしている人は、言葉が足らなくても伝えられるものがあります。短い言葉でも、心に響く言葉がベストではないでしょうか。
 私は筆が遅い方だと思います。常に読者がいることを想定して、その「読み」をシミュレーションしながら、「どこまで噛み砕けば分かりやすくなるか」ということを意識できるようになったのは、最近のことです。「話せば分かる」ということは、決して当たり前ではないのです。ですから、経験豊かな編集者が引っ掛かりを感じた表現は、徹底的に直さない限り自分の真意が伝わらないでしょう。

――そういう意味では、編集者は、共同作業で本を書いているような大きな存在ということですね。


酒井邦嘉氏: 本当にそうですね。
3年かけて絵本を3冊出したのですが、制作スタッフとの共同作業が実を結んだと思います。毎回の打ち合わせでは3時間以上をかけて、「このストーリーでは分からない」、「伝えたいことを詰め込み過ぎだ」とか、喧々諤々と議論しました。しかも絵本では、言葉だけでなく絵も使って伝えるわけですし、子供から大人までを読者対象にしていることもあって、本作りとしては究極の面白さがありました。

サイエンスの命、3つの大原則


――本を書くということ、また伝えるということに対して、何かこだわりはあるのでしょうか?


酒井邦嘉氏: 「一に正確、二に分かりやすく、三に短く」が大原則です。この順番も大切です。分かりやすさのために正確さを犠牲にしてはいけませんし、簡潔だからといって分かりにくくてはいけません。



例えば、子供向けの絵本だからここら辺は適当に、などということは絶対あり得ません。事実や科学的知見を歪めないことが第一です。それから第二は、読者の目線で分かりやすく書くこと。そうした制約の中でも、第三に短くして余分な所を削ぎ落とすこと。読者の想像力に任せる余地を残して、本当に必要なことだけを残した時に、伝えるべきことがはっきりします。この3つのプロセスは、科学論文の基礎だと考えていますが、文芸作品にも似たことが言えるでしょう。

――例えばどういった部分が似ているのでしょうか。


酒井邦嘉氏: フィクションだからといって、嘘を書いていいことにはならないでしょう。あり得ないことや絵空事ばかりでは、興をそがれてしまいます。人間に対する深い洞察は、日常の正確な観察に基づくものです。そして、読者に対して分かりやすく、心に響く表現が求められます。その上で、研ぎ澄まされ抑制された描写が味となります。受け手側の感性も必要になりますが、究極は、和歌や俳句のような世界観でしょう。言葉や芸術の世界には、いくらでも奥の深さがありますから、良い作品ができたとしても、それで満足してはいけません。私も、まだまだだと思っています。

――数々の実績がおありなのに、「まだまだ」と思われるのはなぜでしょうか?


酒井邦嘉氏: それはサイエンスに終わりが無いからです。一般的には、完成された作品がゴールだと考えがちですが、サイエンスの場合は、完成された論文が新たな出発点となります。一度世に問うたら、そこからどう展開するかが常に問われます。その意味では、まだまだ分からないテーマに取り組む方がはるかに楽しいですね。分かりそうにないことが分かるようになることが、サイエンスの命です。

電子化の技術をフルに活かす


――電子書籍の可能性について、お聞かせ下さい。


酒井邦嘉氏: 電子化した場合のメリットの中では、保存性の高さが重要です。それは検索性などの利便性以上に大事なことだと私は思っています。本の各ページのレイアウトはもちろん、紙の本が元々持っていた風合いや質感を切り捨てることなく、できる限り電子化して保存していくことが大切でしょう。
写真の世界がフィルムからデジタルに移行してからも、単に画素数だけでなく、豊かな階調や質感を再現するための努力は絶えず続けられてきました。本も同じことだと思います。

――どういった場面で、電子化の技術を活かせると思われますか?


酒井邦嘉氏: 劣化することのない電子化技術を生かして、作家の自筆原稿のように貴重な一次資料を、できるだけ忠実に保存するという方向が考えられます。限られた図書館にしか置いていないような稀覯本や初版本などを電子化して、世界中の人が閲覧できるようにしたり、後世に伝えていったりするようになったら素晴らしいことでしょう。
他には、油絵のような一点物の作品を退色させずに保存したり、絵の具のディテールなどの3次元的な情報を電子化することも考えられます。紙での印刷では、実物の大きさや色を再現する際に、明らかな限界がありました。近い将来、電子化された高精細画像を壁に投影して、本物と遜色ない形で再現できるようになるかもしれません。そうしたら、自宅が美術館に変わることでしょう。

――本と電子書籍は、もっと使い分ける必要があるのでしょうか。


酒井邦嘉氏: 作品に対する価値観や読み方に合わせて、紙の本と電子書籍を使い分けるのが一番だと思います。今あるスマホやタブレットのような画面で読書を楽しむには、どうしても限界があります。紙の本の方が、はるかに情報量が多くハイテクな製品であるということを忘れてはいけませんね。

言語を通して、人間が見えてくる


――普段、何か面白いなと思って手に取る本の基準はありますか?


酒井邦嘉氏: 基本的に流行は追わない方ですが、好きな作家の場合は、できるだけ発売時に単行本を買うようにしています。同時代の著者と考えを共有できるのも、読書ならではの醍醐味です。

――本屋さんへ行かれることは多いのでしょうか?


酒井邦嘉氏: 不思議なもので、書店に行って選んだ本を読むと、探していることの答えが書いてあるものなのです。脳が無意識に働いて、その時に必要な本を勝手に選別してくれるように思えてきます。なぜ通販で本を買うのに限界があるかというと、キーワードで検索して本を探そうとするからです。本屋さんで書棚に並ぶ沢山の本の前に立てば、その中から自分が読みたいと思うような本だけが目に飛び込んで来るものです。脳の情報検索システムの方が、はるかに優れているのです。それに、リアルな本をすぐに手に取って買えるという贅沢を思えば、行きつけの本屋さんは貴重ですね。

――知識との出会いの場としての価値など、通販サイトとは違う所に、本屋さんの価値があるのでしょうか。


酒井邦嘉氏: 出会いの場という意味では、図書館も大切でしょう。ただ、網羅的な図書館に対して、本屋の品揃えから、その本屋さんのメッセージが伝わってきます。違うジャンルの本を一緒に並べてみただけでも、新しい発見があるものです。ですから、網羅的な通販サイトでは、かえって物足りないのです。そして、自分のお気に入りの本だけを集めた本棚を作るのも、今なお贅沢な読書の楽しみですね。

――今後の展望をお聞かせ下さい。


酒井邦嘉氏: 言語学者のチョムスキーは、言語学を通して人間を理解したいと言っています。人間の本性(ほんせい)を理解することがサイエンスの究極の目標だと、私も考えています。「人間らしい」とは一体何なのかと考えた時に、芸術のように、何かを新しく創造して生み出すという営みが思い浮かびます。その不思議を、今後の研究で分かるようにしたいと思います。

――著書としては、どういったものを出そうと思われていますか?


酒井邦嘉氏: まさに今お話したテーマで、『芸術を創る脳』という本を出しました。芸術を究めた素晴らしい4人の方々と対談して、その極意を教えていただきました。私だけでお話を聴くのはもったいないので、それを読者の皆さんと共有できたらと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 酒井邦嘉

この著者のタグ: 『大学教授』 『科学』 『研究』 『教育』 『言葉』 『理系』

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