BOOKSCAN(ブックスキャン) 本・蔵書電子書籍化サービス - 大和印刷

世界中の本好きのために

柴田昌治

Profile

1979年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。 大学院在学中にドイツ語学院を起業し、30代の頃はNHKテレビ語学番組の講師を務める。その後、ビジネス教育の会社を設立し、80年代後半からは組織風土・体質改革の支援に本格的に取り組む。 2009年にはシンガポールに会社を設立、対話によるチームづくりを通じて日本企業のグローバル化を支援している。 主な著書に『なぜ会社は変われないのか』『トヨタ式最強の経営(共著)』『なぜ社員はやる気をなくしているのか』『考え抜く社員を増やせ!』『どうやって社員が会社を変えたのか(共著)』(以上、日本経済新聞出版社)など。

Book Information

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

自分の頭で考えられるような状況、
環境作りをして日本を変えていきたい



1979年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。大学院在学中にドイツ語学院ハイデルベルグを起業、その後1986年、(株)スコラ・コンサルトを設立。プロセスデザイナーとして「組織風土・体質改革」というソフト面から改革に取り組み、2009年にはシンガポールに会社を設立、日本企業のグローバル化を支援していらっしゃいます。著書には、大ベストセラーになった『なぜ会社は変われないのか』『なんとか会社を変えてやろう』『トヨタ式最強の経営(共著)』『なぜ社員はやる気をなくしているのか』『考え抜く社員を増やせ!』『どうやって社員が会社を変えたのか』(日本経済新聞出版社)など多数あります。「対話によるチームづくり」を通じて組織が変化していくプロセスのサポートをし続けている柴田昌治さんに、仕事や執筆に対する思いをお伺いしました。

お客様と一緒に、新たな価値を創造していく


――早速ですが、プロセスデザイナーというご職業の取り組みも含め、近況をお伺いします。


柴田昌治氏: 答えを提示することを仕事とするコンサルタントではなく、お客様と一緒にチームとなって、新たな価値を創造していく、そういう意味合いで「プロセスデザイナー」という言葉を使っています。普通のコンサルティングとどこが違うのかと言いますと、コンサルティングというのは、こちらが用意した答えをお客様に提示して、教えたり導いたりする要素が強いと思います。でも我々は、お客様が気がついていない自身の潜在的なパワー、能力などをお客様が自ら発見するといったことも含めて、お客様とチームになって新たなものを作っていきます。権威となって対立的な立場で指導する、説得するなどという感覚ではなく、お互いに学び合いながら、一緒にいいものを作り上げていくという感覚です。

――昭和型の営業、仕事の仕方とは全く違う新しいものですね。


柴田昌治氏: 営業ということに関して言えば、全く違うやり方です。昭和型営業は、まずお客様のキーマンをゴルフに連れていくなどして、人に取り入って仕事をもらう。需要が拡大している時はそれでもよかったんですが、そういう状況ではなくなってくると、意味もなく歩き回るだけのまさに徘徊営業になってしまう。我々は営業ではありませんから、お客様と話をして、お客様の悩みを聞きながら、一緒に解決策ややり方を探ります。会社の中がバラバラで社長の言っていることがまったく下に伝わっていなかったり、言われたことしか誰もやらないという状態はよくあります。それを解決するべく、自分の頭で考えられる環境作りを我々は提案しています。こうした環境は、社員個人の人生という意味でも、自分がどんどん成長していることを実感できますし、会社にとっても成長の力になるわけです。そういうことを議論しながら、環境作りをするお手伝いをさせていただいています。
時には、会社の軸、会社にとって重要な戦略的方向性なども、考える意欲を持つ人と一緒に、考えていきます。方向性も、ある一定の時期がきたら古くなってくるわけですが、自分たちが中心になって考えてきたことで能力もついています。古くなった時には自分たちで更新できるわけです。コンサルティングだと、社員は知恵を引き出すヒアリング対象でしかありませんが、我々の場合は、みなさんが当事者なのです。当事者同士がプロセスを作り込んで、戦略や会社の風土などを一緒に新しいものに変えていくことをプロセスデザインと呼んでいます。

読むと没頭するということが分かっているから、今は小説を封印


――幼少期の頃からさかのぼって、読書遍歴も含めてお伺いできればと思います。どのようなお子さんでしたか?


柴田昌治氏: 子供の頃は、僕はすごく本が好きでした。まだ本を買うことは大変な時代でしたが、当時は貸本屋というのがあったので、安い値段で本を借りて読んでいました。しばらくすると読むものが子供の本では1冊もなくなってしまって、まだ小学校の低学年の頃でしたが、ルビをふってある大人の講談本を、おばさんに貸してもらって読んでいました。
難しい本を読み始めたのは、中学2年生ぐらいからです。あまり記憶がないのですが、列車から落ちて、僕は1週間くらい入院したんです。その時に、僕の姉の今の旦那から、山本有三さんの『路傍の石』や下村湖人さんの『次郎物語』をもらったのをきっかけに、随分と読むようになりました。本をくれた兄は高校の先生で、本を書いたりしていて本をたくさん持っていたので、高校の頃は日本文学全集などを借りて、高校の時に全部読んだと思います。
パール・バックの『大地』は、小学6年生と中学3年生それから高校3年生という、いつも入試の前という時期に読んだ記憶があります。結構分厚い本なので、中学の時は3日くらいかかった記憶があるのですが、高校3年生の時は、夜を徹して1日で読んでしまいました。
今は、読むと没頭するということが分かっているから、怖くて小説を一切読みません(笑)。今はもっとやりたいことがたくさんあるので、封印しています。

――大学時代の読書で印象に残っているものはありますか?


柴田昌治氏: 大学生から20代の頃は、読書の傾向が変わり、政治や経済など、社会的なものを随分読みました。大学院に行ってからはドイツ語をたくさん読みました。ドイツ語の本は、当時は随分読むのが早かったと思います。僕がドイツ語を選んだ理由は、大学院に行こうと思ったら2カ国語必要で、たまたま大学の時に第2語がドイツ語だったという理由からで、当時はドイツ語はあまりできませんでした。

――ドイツ語は苦手だったとおっしゃいますが、大学院に在学中にドイツ語学院を起業されたそうですね。


柴田昌治氏: 僕は大学の時は、せざるを得ない時にしか勉強しないタイプでした。記憶力が人より優れているかというと、そうでもないので、もし人より優れている点があるとしたら、おそらく集中力だと思います。ドイツ語も、大学の時は、授業にもほとんど出ず、単位を取る時の試験は周りの友達が見せてくれました。そんな私でしたから、NHKのドイツ語講座でテレビに出た時、何人ものかつての同級生から電話がかかってきて、「お前がテレビに出ているのを観て椅子から転げ落ちた」と言われたほどです。

著書一覧『 柴田昌治

この著者のタグ: 『コンサルタント』 『コンサルティング』 『創造』 『営業』 『起業』 『きっかけ』 『プロセスデザイナー』

著者インタビュー一覧へ戻る 著者インタビューのリクエストはこちらから
Prev Next
ページトップに戻る