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世界中の本好きのために

井上理津子

Profile

1955年、奈良県生まれ。京都女子大学短期大学部卒業。航空会社勤務を経て、大阪のタウン誌『女性とくらし』編集部勤務後、フリーに。人物インタビューやルポを中心に活動を続けている。2003年〜05年、生活環境文化研究所の外部スタッフとして国土交通省東北地方整備局広報誌『Bleu vague』編集長を歴任。 著書に、話題になった『さいごの色街 飛田』のほか、『遊廓の産院から―産婆50年、昭和を生き抜いて』(河出文庫)、『名物「本屋さん」をゆく』(宝島SUGOI文庫)、『関西名物』『新版 大阪名物』(共著。創元社)、『旅情酒場をゆく』(ちくま文庫)など。

Book Information

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編集者との二人羽織


――ライター、書き手にとって編集者というのはどのような存在ですか?


井上理津子氏: 伴走してくれる存在であり、第一読者です。まずは、編集者が気に入ってくれる原稿に仕上げることがミッションだと思っています。二人羽織みたいな感じで、一緒に1つのモノを作るのです。2011年に出版した『さいごの色街 飛田』は12年かかり、筑摩書房の編集者は本当によく付き合ってくださったと思います。取材期間のみならず、脱稿してからのやりとりにも頭が下がりっぱなし。最初に650枚も書いた原稿を「長すぎるので圧縮していきましょう」ということになって、脱稿してから最終形になるまでに校正8回、10か月かかりました。何度も読み合わせをして、意見をもらって、切ったり貼ったりしました。切るのみならず、さらに本に入れたい部分も出てきて、追加で取材したり、調べたり、コメントを取ったり。あれほど丁寧な精査は、私の場合は今のところあの本だけです。ちゃんと表現できて、あれが形になったら死んでもいいくらいに思っていましたが、終わったらまた次の欲が出てくるんですから困ったものです(笑)。

――本を書く上で、重要だなと思うことはありますか?


井上理津子氏: 『さいごの色街 飛田』に関して、例えば1956年の売春防止法の成立についての記述のところに、非常に重要だと思う点があります。正論なので、結果的に賛成が多数でしたが、筑摩の編集者がふと、遊廓業者とは違う立ち位置から反対する文化人もいたんじゃないかと、5校くらいの時に言い出しました。それで、国会図書館などで古い文献を再度調べまくると、無所属議員だった羽仁五郎が浮かび上がりました。「社会的・政治的条件が未整備のまま、法律と警察で売春を防止するのは不可能に等しい。警察権限の強化や人権侵害につながる」と反対意見を述べていたことが判明したんです。私だけでは無理で、編集者の知識の中に隠れていたからですよね。何日も調べて、原稿に反映したのはほんの数行でしたし、多くの読者は読み飛ばすだろうけど、「ほ〜」と思う一握りの人もいるはず。そういうこともありました。
飛田に関して言えば、繊細な感情を含んだ地域の文章化なので、「この表現で本当にいいかどうか」というところに、非常に神経を使いました。でも「ここまで取材をしたのだから、なんとしてでも書かなければいけない。しんどい思いをしている人たちの話を聞いてしまって、それを私が葬り去ったらあかんやろ」という思いが、取材すればするほど大きくなっていきました。繰り返しますが、本にすることができたのは、編集者との二人羽織のおかげです。催促があったり、時々大阪に仕事に来ては一緒に飛田で飲んだり。つかず離れずの長い応援があったから、本にできたのだと思います。

「書くこと」は、しんどい。けれど、喜びも大きい


――電子書籍を利用されることはありますか?


井上理津子氏: 機械音痴なので、なんとなく食わず嫌いで利用していなかったのですが、対談相手の著書を急いで入手しなければならなかった時があって、対談の前日の夜にイーブックから電子書籍を初めて買ったんです。一瞬にして購入して読めるし、安い。やっぱり便利ですね(笑)。
これは五木寛之さんの受け売りですが、今は電子書籍でも、文字は紙媒体と同じ明朝体などの書体が主じゃないですか。あれは、紙の本の歴史の中で「一番読みやすい書体」として定着したものであって、今後、電子書籍専用の書体が開発されれば、グンと読みやすくなるかもしれない、と。確かにそうだなと思うんです。
亡くなった母は、昭和4年生まれでしたが、晩年はずっと電子書籍をタブレットで読んでいました。老眼で小さい字が読めなくなってきても、電子書籍なら拡大できるから便利だと言っていました。母は、70代になってから、古典的な文学作品を電子書籍で読み直していたようで、急死した後タブレットを開くと、読んでいる途中だったに違いない夏目漱石『こころ』のページが出てきて驚きました。

――最新技術は若者だけのものではないですものね。


井上理津子氏: そうですね。世間では2010年が電子書籍元年でしたが、私にとっては今年が電子書籍元年。私も今回電子書籍の1冊目を買いましたが、安いから数多く買えるし、1人をインタビューしようと思ったら何冊も読むじゃないですか。ですから、流し読みの方は今後、電子書籍に変えて行こうかなと考えています。でも、一所懸命に読む本は、私にはまだ少し早いかなと思います

――井上さんにとって、書くという行為はどのような意味を持つのでしょうか?


井上理津子氏: 子どもを産み落とすのと似ているかも(笑)。しっかり産み落とさないと気持ち悪いのです。取材をして知り得た、感銘を受けたことなどを私が一人占めしてはいけない。より多くの人に知ってもらいたい。取材した相手が、一所懸命に語ってくれた大切な話を、私だけで留めては申しわけない、ちゃんと伝えねばと思うのです。私が本にしたくなるのは、そういった思いからなのだと思います。でも、書くのは酸素の少ない高地を歩いているような感じで、ものすごくしんどいです。ペンは人を殺すことも生かすこともあるのだと、近頃改めて思えます。読者に何をどう訴求したいのか。組み立てて平易な言葉で書くこと。その難しさ、自分の下手さを今さらながら感じます。でも、形になった後の喜び、読者に伝わるうれしさは大きいですね。私にとって書くことは、趣味ではなく仕事です。これで食べているのだから、編集者の要求に応えなくてはいけないといつも思っています。



――今後、力を入れていきたいテーマなどはありますか?


井上理津子氏: 私には、自分が直接遭遇したこと、感じたことが発端になったテーマしかないと思うんです。この年だから興味が出てくること、目が向くことがあります。例えば、これからさらに年を重ねていく中で、どうやってみんな生きるのかということや、死、見送ること、あるいは、縁ある町の重層的な事柄や、手が届く世事など。
おそらく、元気でいる限りテーマは数限りなく出てくると思います。身の丈の中の色々なことに興味を持ち続けていきたいです。

(聞き手:沖中幸太郎)

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